帰還
なまぬるい風が荒野をなでて、赤茶けた砂粒をからからと転がした。まいあがった砂ぼこりがほうぼうで渦を巻き、煙が散るようにして消えていく。
乾ききっていた。あたりをおおいつくす大気も、夜をつらぬいてある赤銅色の月も。
その荒野のかたすみに洋館が佇んでいた。多くの子どもたちが暮らす孤児院である。等間隔に並んだ窓は暗く閉じられており、ちいさな寝息がしまわれていた。唯一、二階の角部屋からは明かりが漏れている。孤児院を運営する女の部屋だ。
室内にある暖炉が、家具達の影をあちこちに投げて、白っぽい壁紙をだいだい色に染めている。壁ぎわの木椅子では、女主人が背もたれに頭をのせて眠っていた。
「兄さん」
女主人がこぼした。薄くひらかれた唇から寝息がもれて、口のところにある前髪をゆらした。
かちかちと、かけ時計が秒針をすすませている。
暖炉にあった薄茶色の薪がはじけて蒸気をはいた。手前のほうにあった炭が、すかすかになって崩れた。口のなかにいれた綿菓子が崩壊するような、やわらかいできごとだった。生じた灰が舞いあがり、開けはなたれたドアのほうへ飛んでいく。その一片が、敷居をまたぐときに大きくひるがえった。
いれかわりに、黒髪の少年がはいってきた。部屋の奥にいる女主人を見ると、両手でドアノブを握って静かに戸を引いた。
女主人がうめきをもらした。身をよじくった拍子に、肩にかけられていた毛布が膝までずり落ちた。膝には空っぽの酒瓶が乗っている。
「頭、痛い」
女が言った。目をつむったまま、頭をかきむしる。指のあいだを金髪が踊った。
「最悪、飲み過ぎた」
「あいかわらず飲んだくれてるのか」
少年が言った。
「ただいま、ミーナ」
女――ミーナは暖炉のほうに視線を投げた。革ばりのアームチェアに先程の少年が座っていた。
「なんだよ、ふぬけた面をしているな」
少年はだらりと下げた手にリボルバーを握っていた。異様な銃だった。細見の銃身が、極彩色のまだら模様におおわれている。
「夢じゃないよね」
ミーナはまどろむような口調でつぶやいた。
「おかえり、フーマ」
ミーナが立ちあがった。床にころげ落ちた酒ビンをまたいで、フーマに歩み寄る。床にひざまづいて、彼の手にある銃を見つめた。
「ユーマもおかえり」
銃身が返事をするように輝いた。
(了)
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