上方衛星
闘技場での試合があった翌日、シェリングは死んだ。医者はろくに調べもせず、頭部の傷が原因のショック死だと断定した。看病をしていたはずのミーナは行方をくらませていた。ユーマには、真相を探るだけの動機がない。彼は上方衛星への移住権を購入するため、すぐに町を離れた。
大陸の中央にある都市で、ユーマは二人分の移住権を手にいれた。フーマの記憶片を連れていくために、そうする必要があったからだ。発着駅で宇宙船に乗ってから、すでに幾日かが経過している。
宇宙船の客室はシンプルなつくりをしていた。球形をした部屋に、スプーンのような形状をした椅子がふたつ、むかいあっているだけだ。椅子の片方にはアイマスクをしたユーマが座っており、もう一方には模様をなくしたリボルバーが置いてある。高速で動いているわりに、船は静かだった。離陸時の騒音すらなかったし、走行時の振動もない。壁のどこともいえない場所から、さざ波の音が流れている。
--まもなく上方衛星に到着します
船内放送がいった。ユーマはアイマスクを外した。
--上方衛星に到着しました
ユーマは船尾へと向かう。
--足下にお気をつけください
搭乗口には、蛇腹になったトンネルが連結されていた。それをくぐると、広いホールがあった。そのやたらと白いだけの部屋は、天井と壁との境目がわからない、半球型をしている。ホールの中央にぽつんと置かれた椅子に、ユーマは腰をおろした。
--ようこそ。上方衛星へ
男の声が反響した。
--映像を反転させますので、そのままお待ちください
ちかちかっと、白い光が部屋中を走った。
--上方衛星へようこそ
声が女のものに変わった。
ユーマの目の前には、不可思議な構造物が現れていた。一見すると、セラミックでできた大木のようだった。全体にツヤのある質感をしており、形状はセコイアの木に似ている。また、枝のひとつひとつからはブドウが実るようにして、白い球体が生えだしている。ユーマはその足もとに立つと、白い球体を凝視した。
--生体を保存するためのカプセルです
女の声が勝手に説明した。頭のなかの疑問に反応してくれるらしい。
「そうか。まだ聞いてないけどな」
ユーマが不快を隠さずにいった。女の声は、これには反応しない。
「虫の卵みたいだな」
ユーマがぽつりと呟いた。すると、球体のひとつが降下してきた。
「死んでいるみたいだ」
球体の中には老人が横たわっていた。体中のいたるところからコードが飛び出している。
「ただいま、じいちゃん」
ユーマは、カプセルのなかにいる老人に手を伸ばした。途中にあった透明な壁にはばまれ、触れることはできなかった。
--死んではいません。仮死状態にしているだけです。この星を永続させるためには、不可欠な処置です。人間が生命活動をおこなうと、星には多くの負荷がかかります
「ほんと、死んでいるみたいだな」
ユーマは、老人を見下ろしながらほほえんだ。
「これじゃあ抜け殻だ」
握りしめたこぶしが震えた。
--我々は精神的な存在です。これこそが本来のありかたです。あなただって知っているはずです。その拳銃のなかで生き長らえているのも、肉体を失った記憶なのだから
女の声は、感情をまじえずにいった。構造物に実ったカプセルがふたつ、ユーマの目の前に降下してきた。
--どうしますか? 上方衛星に移住しますか?
「ああ」
ユーマは、片方のカプセルにリボルバーを投げこんだ。
「俺たちをつれていってくれ」
もう片方に自分の体を寝かす。
--かしこまりました
カプセルのなかが、白い煙のようなもので満たされた。いつのまに蓋がしまったのだろうかと考えているうちに、ユーマは意識をなくした。