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いつもとは違った日常 5

 依頼の報酬をもらった後、イワさんの家へと帰って依頼達成の報告をした。

 そうしたらイワさんはまるで我が子のように歓喜し、キッチンへと足を運ぶと鼻歌交じりに料理を始めていた。


「手伝うことはないわ。今日は主役なんだから座っていて」と言われたので、特に何をすることもなく食卓でただ座っていた。


 一度、「ケイジ」で自身のステータス表を覗き込むと未だレベルは十五のままだった。小鬼を気絶させただけでは、経験値を獲得できないようだ。


 さらに自身が持っているスキルを確認して見る。先ほどゴブリンに食らわせたあの技はスキルから来たものかと思ったからだ。だが、それは的外れで俺はスキルを一つも持っていなかった。


 確認し終えたところで後は特に何もすることがなく、今は途方にくれながら部屋に置かれた機械から流れる情報を聞いていた。


 どこかの地方でこんな事件が起きた、どこかの場所で謎の怪物が出現したや市場で今レアなアイテムが出回っている何度情報は多種多様だった。


「はい、できたわよ」


 そうこうしているうちにイワさんは料理を作ってくれたらしくこちらへと運んでくる。


「俺も手伝いますよ」


 運ぶくらいなら俺もできそうだと待つのにうんざりしていた俺は体を動かそうと席を立つ。


「何言ってるの。ショウくんは今日主役なんだからしっかりここで休んでいてね」


 だが、イワさんにお灸を据えられ再び席でじっとしていることとなった。

 待っていると次々と料理が運ばれてくる。

 最初は二つ三つだと思われていた料理は次第に七、八個へと増えていった。


「さ、今日は初依頼達成祝いよ。たくさん作ったからちゃんと食べてよね」


 イワさんは久々の多料理にやりがいを噛み締めながらにっこりとこちらを向いた。


 それにしても作りすぎではないだろうか。どう考えても二人で食べる量を逸している。


 だが、四の五の言っていられない。イワさんが席に着いたところで「いただきます」を唱え、二人で食事を始めた。


「これはなんですか?」


 俺は自分の一番近いところに置かれた料理を取り、イワさんに聞いて見る。


「それは小鬼の肉を炒めたものよ」


 口に入れようとした瞬時、一度手が止まる。反射的に一度手放し、手に取ったそれを覗いた。


 確かに今イワさんは小鬼と言った。今日俺が退治していた小鬼のお肉を炒めたものと。本当に俺は祝福されているのであろうか。

 あんな不気味な姿を見た後にそれを食べるのはかなり至難の技なのだが。


「おいしいわよ。一回食べて見て」


 イワさんは今の俺の気持ちを汲んでくれず、微笑みながら食を促す。微笑んでいるイワさんが悪魔のように思えて来た。


 食べたいと思う気持ちはかなり薄い。とはいえ、食べないのはせっかく作ってくれたイワさんに失礼なことだ。


 一度心を落ち着かせて、ゆっくりとそれを口の中へと入れる。

 瞬時、思わず手に持っていた箸を落としてしまった。


 美味だった。自身が思い描いていたものとは全く反対でとても美味しく、俺は再び手に取り、口の中に入れた。


 溢れ出る肉汁は口全体に澄み渡り、歯ごたえは柔らかくとても食べやすい。


「すごくおいしいですね」

「でしょ。小鬼ってあんな見た目しているけど、中身はとても美しいものを秘めているのよ。これぞ、『小鬼は見た目によらない!』ね」


 イワさんは料理にかぶりつく俺を見ると自分は食べることを忘れて俺の方をただただ見ていた。


「男の子を持った家庭ってこんなんなのかしらね?」

「そういえば、イワさんはご家族とかいないのですか?」

「昔はいたんだけどね。今はいない。夫はいなくなり、娘は出ていってしまったのよ」

「そうだったんですね」


 あまり聞くべきことではなかったかもしれない。歓喜に満ち溢れていた雰囲気はすぐさま崩れ始めていっていた。


「そう。だからショウくんが来てくれたことは私に取ってはとてもありがたいことなのよ。今はあまり寂しくないから」

「まあ、拾われた身なんですけど」

「はははっ。あまり小さいことは気にしない。だからね、いつまでもここに居ていて構わないからね」

「ありがとうございます。俺きっとここがなくなると何もできなくなってしまうので」

「またまた、世話の焼ける男の子が来たね」

「存分に甘えてしまいますよ」

「じゃあ、今日は私と一緒に寝る?」

「いえ、それはやめておきます」

「即答! 全く、思春期ね」


 その行為に甘えるのはちょっと気がひけるが、こうやって料理とかをふるまってもらうのはありがたく甘えさせてもらおう。


 俺は再び、別の料理に手を伸ばし始めた。先ほどの心得として、何も聞かずに食べることにした。余計な先入観なしで美味だったのだから何も考えずに食べるときっとそれ以上のものが期待できるはずだ。


 うん。確かにおいしいが、今回の場合は先ほどの小鬼のギャップによる影響か美味まではいかなかった。これは聞くにしろ、聞かないにしろ関係ないのかもしれない。


「ショウくんは木刀を買ったのね」


 するとイワさんは俺の腰に携えられた木刀へと目をやった。どうやら誰もが気になるらしくここへと帰る中でも訝しむような視線をいくらか向けられて来た。


「ええ、まあ。イワさんからもらったお金ではこれを買うのが限界でしたから」

「そういうことね。私は市場で食料や回復薬のために渡したものだったのだけれど」


 どうやら武器の調達目的ではなかったようだ。通りで金額が全く足りていなかったわけだ。


「ショウくんが持っている刀ではダメだったの?」


 イワさんの問いに一度、口が噤む。いうべきか言わないべきか。


「なるほど」


 イワさんは口を噤むという動作から答えを見出したらしい。ならば、隠す理由もないか。


「血を見るのが怖いんです。理由はわからないのですが、誰かの血を見ると気分が悪くなるんですよ」

「そうだったのね。倒れていた理由は自分が切った狼の血を見た恐怖による気絶だったわけね」


 俺はイワさんの問いに頷くことで肯定した。


「これから先やっていけそう?」

「一応、今日の小鬼は木刀で倒すことができたので、イワさんの言う通り依頼を達成して報酬をもらうと言うことはできそうです」

「そう。それなら良かったわ。でも、無茶はしないようにね。いざとなったら私がショウくんを養ってあげるわよ」

「ありがとうございます」


 イワさんの優しい言葉に心うたれながらも食べる料理は身に染みる。小鬼と戦ったあの時、抉られた精神が徐々に回復して言ったように感じられた。


「では、続いてのニュースです。近頃、智桂周辺の地域で『通り魔』による被害が続出しています。通り魔は無差別にアニマテスに決闘を申し込んでアイテムを得ていると言う噂です。同じアニマテスの皆さんはくれぐれもご注意ください」


 食を楽しんでいるとふとラジオからそんなニュースが聞こえてきた。


「通り魔か、それは大変なことになっているわね。ショウくんもアニマテスなんだから気をつけてね。小鬼は木刀で倒せたとしても彼女は木刀では倒せないと思うから」

「そうですね。でも、決闘って必ずやらなければいけないものなんですか?」

「いえ、両者の賛同を得てようやく行われるものよ。多分襲われた人たちは通り魔の持っているアイテムに目を奪われたのだろうね。それかただただ慢心な者だったか」

「なら、俺は安心ですね。今は特に欲しいアイテムとかないですし」


 そもそも、目を奪われるほどのアイテムとかもよくわからない。


「ただ、懸念なのはなぜ通り魔をするのかと言うところなのだけれどね」

「どう言うことですか?」

「いえ、この一帯の地域では、物珍しいアイテムが取れる可能性は少ないのよ。だから決闘で得られるアイテムはそんなにいい物であるとは限らない。今すぐ欲しいのなら話は別になってくるけれど、そうでなければ普通にその地域のモンスターを倒した方がいいのよ。賭ける自分のアイテムが希少な物ならより一層ね。わざわざ無差別に人を狙うと言うのならそれ相応の理由があるってちょっと思っちゃったのよ」

「それ相応の理由?」

「ええ。その真意はわからないけれど、『アニマテスと戦うこと』これだけはきっと揺るぎない。と私の心が訴えかけているわ!」


 キラッと目を光らせ、イワさんはこちらを覗く。思わず、たじろぎそうになるが「どう? この推察。名推理でしょう」と言わんばかりの表情の煌めきがイワさんらしからず、おかしくてつい見とれてしまった。


「ま、つまりは決闘でなくても狙ってくる可能性があると言うこと。それこそ本当の通り魔ね」

「決闘を拒否できるからと言って、安心はできないってことですね」

「そう言うこと」

「かなり厄介ですね。正直、出るのが怖くなってきましたよ」

「ならやっぱり私が養うべきかしらね」

「それもそれで、申し訳ないの気持ちで怖いんですけどね」

「いいのよ。いいのよ。ショウくんが可愛いから私頑張れる気がするわ。ならいっそこのまま付き合っちゃ……」

「それはやめておきます」

「また即答! ほんとショウくんはガードが固いね」


 和やかに話すイワさんの様子を楽しみながらも、まだ食事は続ける。なんだかんだ会話を楽しみながら食をすると満腹感というものはあまり訪れなかった。


 アニマテスと戦う理由。なぜだか俺はその通り魔に少し興味を持ってしまった。


 小鬼などのモンスターと戦うこの世界で一人、人間を狙う彼女は一体何を思ってこの世界で生きているのだと。


 とは言っても、通り魔と出会いたいと思いはしない。できれば、穏便に小鬼を狩っているだけの生活が遅れればいいと強く思った。


 今の俺にはイワさんと楽しく談話しているこの時間がとても愛おしく感じてしまったのだから。


 母親と食事をする時ってこんな気持ちだったなと自分の身の上話のことを考えてしまった。


****


 こうして一週間、俺は小鬼退治に専念していった。

 一週間の間、通り間に合うことがなかったが、ラジオでは通り魔について紹介されることが多くなる一方であった。


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