いつもとは違った日常 4
「ケイジ」
店を出るとマップを表示させ、洞窟のある位置を確認しながら歩いていく。テツさんがどこを行くとたどり着けるか聞いておいたためある程度理解することはできたが、初めての場所で人の言葉だけで位置をはっきりと定めるのは至難だ。
マップの情報を街全体図に拡大させ、まずは南へ向かっているかを確かめる。パッと見ただけで東西南北がわかるほど俺は方向感覚が優れてはいない。
どうやらこの位置で正しいようだ。
マップから道をまっすぐ進むだけだとわかったので、マップを消して前を向きながら歩いていく。
街の風景に目を通しつつ、心はどこかへ行ったままぼーっとしながら歩いていく。
そのまま歩いていくと気がつけば、住宅街は消え始めており、森が現れた。
少し向こうの方に目をやると岩で固められた大きな屋敷が見えてくる。どうやらあれが洞窟のようだ。
洞窟の前にある森では『アニマテス』の何人かが話し合いをしている様子が伺えた。ギルドで仲良くなってチームを組んだと行ったところだろうか。
そう言うのもアリなのか。俺も誰かとチームを組んだ方が良かったかもしれないな。初心者は最初に上級者に指導してもらいつつ、強くなっていくと言うパターンが定石なのかもしれない。
しかし、ここまできた手前またギルドに戻って仲間を作ると言う行為は面倒臭いな。
帰ったら、一度声でもかけてみるかな。
それにしても。
俺は一度彼らの方へと視線をのぞかせた。すると彼らは『俺へと向けていた視線』を戻し、再び話し合いを始める。
何かあったのだろうか。その疑問はすぐに解決した。
俺の持っているこの黒い刀に目を向けたのだろう。テツさんの言っていた通り、この刀を使うのは常軌を逸していると言うことなのだろうか。
とはいえ、他の武器を使うことができないのだから仕方がない。
この武器で通じるかどうかは実践しないとわからないものなのだから。
俺はそのまま歩き続けていくことで、洞窟の中へと足を運んでいった。
中に入ると、最初に抱いた感想は『暗い』と言ったところだろうか。
先ほどまでうざいほど光っていた太陽が消え、それに影響されていた瞳孔が働くことを忘れて視界は真っ暗になってしまっている。
一度踏みとどまろうと思ったが、多分今は慣れていなくても問題はないだろう。
生き物の気配がしない。こんな序盤から小鬼が現れると言う可能性は薄いと言うことか。
暗い視界からわずかに見える障害物をかき分け、道を伝っていく。どうやら洞窟は分かれ道が多いらしく視界がある程度慣れてくる段階で、いくらか分かれ道に遭遇したように思われた。
ある程度、鮮明に見え始めると同時に視界にはあるものが入ってきた。
洞窟内で無数に散りばめられた灯。そして、同時に生き物のいる気配が肌に伝わる。
ここからが依頼の始まりのようだ。
歩みを進めることをやめず、さらに奥へと進んでいく。一番の難所はここにくる段階で道がわからなくなってしまったことだ。
小鬼と戦いながらのマップ探索は難しい。だからこそ襲いかかる奴らは全滅させる必要がありそうだ。
分かれ道はさらに続いていく。道のどちらも照明で照らされていることからやはりここらが彼らの縄張りであることが理解できた。
さらに進んでいくと今度は足音が聞こえてくる。明らかに俺の足音ではない無数の足音が。それに一層、気配が多くなっているように思われる。
メノウ十個と言いつつももしかするともっと多くのメノウが取れる気がしてくる。
俺は身構えつつも奴らが襲いくるその時を待ちながら進んでいく。
にしても道が狭いな。こうして歩いている分には構わないが、戦うことになるとすると刀を振る動作をわきまえていかないと足元をすくわれるかもしれない。
そして、再び分かれ道が見えた。今度もまた二本か。
しかし、なぜだろうか。分かれ道には何も見えないはずなのに妙な殺気を感じる。
少し注意しながら進んでいく。きっとあそこの分かれ道の地点が起点となるだろう。
一歩、二歩、ゆっくりながらも確実歩んでいく。徐々に敵地に近づいていく。
最後に一歩、その動作だけは先ほどのゆっくりの動作に比べて別段早く動いた。
瞬時視界に小鬼が入ってくる。
そう言うことか。分かれ道の地点に入った瞬間、何があったのかすぐに理解することができた。
どうやらこの分かれ道は計四つの分かれ道になっているようだ。最初見た段階で視界に入るのは二つだが、蓋を開けてみると視界に入らない二つの分かれ道があった。
その分かれ道二つから俺が出るタイミングを見計らって、待ち伏せしていたと言うわけだ。
すぐに方向転換。襲いくる小鬼は計二体。さらに待機している奴らが一方向に二体ずつといったところか。
彼らは短い木の棒を携えてこちらへと振り払う。
きっと彼らの作戦は初心者のアニマテスにとっては有効なのだろう。戦闘に不慣れな彼らは不意打ちに弱く、うまく行動することができない。それを学習した小鬼たちはこういった作戦を取り始めた。
だが、一つ。こんな分かれ道のポイントという広い環境での戦いはこの洞窟をうまく生かして切れていない。
構えた黒い刀を横に振り払う。黒い刀は小鬼の持つ棒を砕いていく。そのまま刀は小鬼自身へ。小鬼の首元めがけて打つ。
小鬼の首は切れる、ということにはならず打撃を受けることによって、後ろへと引っ込んでいく。押し込む形にすることにより二体の小鬼は待機している別の小鬼たちの元へと飛ばされた。
彼らもまた自身の仲間の体当たりによって押し倒される。
切ることがなく、打撃を与える。それがこの黒い刀の特徴だ。
『木刀』
木製の黒い刀。普通の刀に比べて、格段の安さを誇っていた理由はここにある。
だが、これでも十分奴らに対抗できることはわかった。
仲間の体当たりを後ろの方で防いでいた小鬼が、今度は襲いくる。抜け出すのに手間がかかったのか先ほどの同時タイミングに比べて今度は若干のラグがある。
一体の小鬼の攻撃、相変わらず馬鹿の一つ覚えで木の棒を振る。それを再び木刀で一振りすることで砕いていく。
そして、もう一振り。小鬼の首元を狙うことにより気絶させていく。
さらにきた小鬼。それに関しては棒を震わせることなく、素早い一振りで敵の顔面に打撃を食らわせた。吹っ飛ばされた小鬼は洞窟の天井に激突し、そのまま地面へと落ちていく。
それにしても、彼らを間近で見ると禍々しいものだ。一本角にギラギラとした瞳。緑色の肌は、色に違いはあるが、人間のそれと同じ。人に比べればやや乾燥しており、カサカサした感じはあるかもしれない。
人と同じような作りをしているからこそ若干の違いが逆に気味が悪い。
ふと後ろから気配を感じる。反射的に後ろ方向に目を向けると小鬼がこちらへと襲いかかってきていた。
それを見逃さず、前にいる小鬼たちも体制を整わせ、こちらへと向かってくる。
この場所を使ったのは、四方八方から俺を囲うように攻撃するためのものということか。それでも、前後からの攻撃に若干のタイムラグがあれば、俺には通用しない。
視線を向けた方向に体をも向けさせる。その勢いを利用し、小鬼に一閃。
先ほどと同じで振った木の棒は砕かれ、勢いを崩すことのない木刀はそのまま小鬼に直撃し、横へと吹き飛ぶ。そして、視界が遮られた一瞬のうちにさらに小鬼は襲いかかってくる。
俺は一度、足に力を入れて横へと飛んだ。
これにより小鬼が狙いを定めた場所には誰もいない。それは俺の背後にいた小鬼も同じ。
加えて、横に飛んだことで俺の目の前には小鬼が三体並ぶか形となる。木刀を両手で構え、横へと再び一閃。
背中に強打を受けた小鬼は前にいる二体の小鬼に激突して、三体が同時に吹き飛び、壁へとぶつかった。
これで二つの道からきた小鬼は全滅。
意識を集中させるのは、もう二つの道にいる小鬼だけだ。
彼らは俺の方を見ると、怯えているのかこちら側に近づく気配を見せない。それどころか少し逃げるように後ろへと下がっているような気がする。
そうして、背を向け一気に逃げ始めていく。
俺は片方の道の方は無視して、一つの道に集中する。逃げる小鬼にすぐさま追いつき、木刀を縦に一振りすることで同時に二体の頭を打撃。二体の小鬼はその場で崩れ落ちる。
十体の小鬼を仕留め、ジェムを多く、収穫できる可能性は高くなった。二体の小鬼が携えている小袋をとり、中身を確認すると紫色に輝くそれが入っていた。だが、数は数個入っており、どうやらこれは十個以上手に入りそうな予感をさせられる。
さらに一体、一体と調べていく。
調べている間、小鬼が俺を襲ってくるということはなかった。
見つかったジェムは全部で十三個。小袋には中に数個入っているものもあれば、中に入っていないものもあった。
依頼に記載された通り、十個のジェムを収穫できたのであとは戻るだけだ。
しかし、またあの暗い道を辿ると考えるとここから出られるのか疑問なところだ。
そう思いながらも戻るために歩み始めた。
「きゃっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
直後、洞窟に悲鳴が響きわたった。
思わず、動き始めた足を止めてしまう。洞窟から響きわたった声がどこからのものなのか悲鳴の響き渡り加減からある程度推測することができる。
きっとあの時の狼みたいに誰かが小鬼の作戦にハマり、迎撃を受けているに違いない。
初心者アニマテスにとっては一歩踏み間違えれば、大惨事なのがこの場所なのだろう。
とにかく助けに行かないと。
そう思ったものの体は言うことを聞かなかった。動くことを拒んだ体に驚かされる。なんで動いてくれないのだろうか。
先ほどの小鬼の時は全く焦りを感じなかったが、今になって初めてそう言う類のものを感じた。
あの時の少女が狼に襲われている様子を見てしまったからだろうか。自分が行って、もし手遅れだったらまた同じ惨劇を見なければならないのが怖いからだろうか。
いや、違う。きっとその場所に行って、血を見てしまうのが怖いのだろう。
狼を切った時の記憶が蘇る。俺の手は刀を振りつつもとても震えていた。俺の記憶にない何かがきっと俺が血を拒む原因となっている。
刹那、後ろから再び気配を感じる。
気配は強い。きっと俺がこうして足を止めている間に生き残っていた小鬼が襲いかかってきたのだろう。
だから反射的に俺は動作を行なっていた。後ろを振り向きつつ刀を沿わせるような形で小鬼に向ける。若干の遅れは刀を振るための力を入れる動作を失くし、体を沿わせることによってできる限り早い動作を可能とする。
振られた小鬼の木は木刀に当たると軌道を変えていく。まっすぐだったのは次第に右へと逸れていった。
攻撃は回避。俺はそのまま両手に刀を持ち替えて、小鬼の首元を打撃する。
小鬼はそれによって、あっけなく散っていった。
それにしても今の攻撃はなんだったのだろうか。とっさの自分の動きに感心してしまう。
『親和流』
ふと頭の中でその言葉が浮かんだ。一度、自分の手元を見る。この世界についてもそうだが、自分自身についてもこれからは知っていかなければならない。何故自分がここまで刀に優れているのか。何故、血を見るのをためらってしまうのか。
葛藤の中、悲鳴はいつの間にか治ってしまっていた。
どうやら今の俺には正義を気取る資格はないようだった。
依頼達成に歓喜になれるわけもなく、途方にくれながら俺は洞窟への出口を探し始めた。