いつもとは違った日常 2
家を出ると自身に光が降り注いで来る。空を見上げると太陽の光が凛々と輝いていた。部屋はカーテンになっていたため気づかなかったが、すっかり一夜眠ってしまっていたみたいだ。
太陽から目を背けると今度は街中の様子が視界へと入った。
人の数はちらほら見られたが、それより気になったのは人ではないものの存在だった。
大人の人間よりはやや小さいが、それよりも形が人のそれではない。顔、腕、足それらのパーツのようなものはあるがそれは肌ではなく、明らかに鉄製のようなもので構成されていた。
ロボット。頭の中で『ロボット』と言う単語が浮かんだ。
そのロボットと同じような構成をしているのが、もう一つ。
俺が先ほど出てきた建物、あるいはその隣にあるもの全てが彼らに類するもので構成されていた。
この街並みを見ただけである程度のこの街の特徴が見えてきた。
「ケイジ」
ひとまず、イワさんに言われたギルドというところに行くために地図を表示させるよう試みる。
この「ケイジ」と言うのは、唱えることによって情報を表示できるものだと言う。表示される情報は多々ある。
まずは自身のプロフィール。
ヒビキ・ショウという名前の他、職業のところには『アニマテス』と書かれている。
その下にはレベルが記載されており、レベルは二種類に分けて表示されていた。
一つはプライベートレベルと書かれたもの。そのレベルは十五だった。
もう一つはアニマテスレベルと記載されている。レベル表示は不自然で、傍線
が引かれていた。不明ということだろうか。
レベルの下には今度はステータスが記されている。攻勢、防御、敏捷、精神と全四種類からステータスは成り立っている。
一通りプロフィールをのぞいたところで俺は目的であるマップを開いた。
マップには三種類の見方があると言う。
一つはこの世界全体から自身を見渡すもの。もう一つはこの街から自身を見渡すもの。最後が自身から半径一キロメートルの場所を見渡すものといったところだ。
俺はその中から街から自身が見渡せるものを選択し、表示させる。
マップを表示させたのち、次は横にある検索バーから『ギルド』を記入し、探っていく。
ギルドの位置はここから中心にある王宮へと歩いていく通りにあるようだ。下手な道をたどることがないのが幸いだ。
一安心したところで俺は足を動かすことにした。
街を歩いていると様々な景色が見える。
街中で遊んでいる子供達。家の前で商売をしている商人。彼らの売っているものは見知ったものではなくなんだかおかしな感じがした。とは言っても、記憶のない俺がそう思ってしまうのもおかしな話ではあるが。
またロボットの動きにも一定のものが見られる。
一つは街中に捨てられた廃棄物を自身の中に取り込んでいるロボット。いわゆる『お掃除用ロボット』である。そのため今現在歩いているこの空間には清潔感があった。
もう一つはこの街の住民を監視しているロボット。動くことはごく稀で、常にある一定の場所で待機している。最初は何をしているかわからなかったが、ロボットの視線の先を見たところそう言う仮説が立った。
街は清潔であり、常に監視下にある。だから市民は安心して暮らせる。
楽しそうに遊んでいる子供や仲良くおしゃべりをしている大人たちの表情は明るかった。
そんなほのぼのした日常を眺めながらもギルドへと近づいていった。
歩いて行くとやがて住宅街を抜け、市場へとやってきた。ここからは雰囲気がガラッと変わって、先ほどまではポツポツと行われていた商売がグンと拡大される。
「うおおおおおおおおおおおおおお」
ふと、歓声が耳へと聞こえてくる。思わずそちらの方へと目を向けた。よく見ると一部のところに人だかりができているのが見える。
一体何をやっているのだろうか?
少し気になり、一度進路を変え、人だかりの方へと歩いていく。
前へと歩いていくと歓声以外にも耳に入ってくるものがあった。
金属音。何かと何かがぶつかり合っている音だ。
人だかりをかき分け、音のする方を覗き込んでいく。
すると二人の男が対峙している様子が視界へと飛び込んできた。
激しくぶつかり合っていたのは彼らの持つ剣だった。俺が持っている刀とは違い、両刃刀となっている。
彼らは自身の持っている剣で相手を斬るために必死だった。
真剣な眼差しで相手を見ている。アドレナリンの力もあってか素早い動きを駆使して、剣を振るっていく。さらには口ずさむことで手から炎やら水やらを生成してはそれを相手にぶつけていた。
それにしてもあれだけロボットの監視が激しいところで争いごととは一体。監視しているロボットたちは彼らに対して全く動く気配を見せていない。
「これは一体?」
俺は隣にいた筋肉質の男に聞いてみることにした。
「あっ。にいちゃん知らねえのか。決闘だよ」
「決闘? けじめか何かでもつけるつもりなんですか?」
「いや、そんな精神的な話じゃねえよ。自分の持っているアイテムをかけて勝者がかけた相手のものをもらえるって単純なものさ」
「そう言うことですか。でも、大丈夫なんですか。手加減もなく斬り合ってたら、どちらかが死んでしまうかもしれないんじゃ」
「ははは、そんなことはないようにちゃんと計らわれているよ。ほら見てみろ」
男が戦っている者たちに指をさす。その方向を覗くと決闘に動きが見え始めていた。
一人が相手の剣を突き破り、肉体を切り刻んでいく。
思わずハッとしたが、俺の不安はすぐに解消された。
血は流れることがなく、代わりに電子的なものが体から飛び散っていた。どうやら決闘での血はああいった電子が担っているようだ。
さらによく見るとある一定の領域に薄い膜のようなものが見られる。その薄い膜をかけて外側に人だかりができているところからこれが決闘におけるフィールドであると言うことがわかる。
「うおおおおおおおーーーーーーーーーーー」
再び起こる歓声。どうやら決着がついたようだ。
さっき相手の剣を突き破った男の勝利。彼は観衆に向けて手を振っている。戦っているとは言え、穏やかな雰囲気がそこにはあった。
「色々とありがとうございます。参考になりました」
「おうよ」
筋肉質な男と短い会話を交わした後、進路を戻して再びギルドを目指す。
ギルドはそれほど遠くない位置にあり、歩くこと数分で目的地へとたどり着く。
建物の形式は住宅地のものと変わらない。強いて言えば、大きさが普通の住宅よりは二、三倍大きいところだろうか。目印としては『智桂』と言う漢字にマークのようなものがつけられた旗が立っているところだろう。
ひとまず、中へ。扉の前に立つと自動で扉が開いていく。
ギルドには若干名の人がいた。
内部構造としては全体的にテーブルが散りばめられてある。向かって右側にはカウンターがあり、左にはボードが設置されている。今は数人がそのボードを眺めながら悩んでいる様子がうかがえる。
「あら、新人さん?」
視界をウロウロさせているとふと横から声が聞こえた。
見るとドレス姿の女性が微笑みながらこちらをのぞいていた。ロングヘアで前髪のみヘアピンで止められている。男性の視線を集めそうな豊満な胸に引き締まった腰のライン。
「はい」
「新人さんならまずは登録が必要ね。こっちに来てもらっていい?」
彼女の指示に従い、カウンターの隅へと連れていかれた。
カウンター越しに彼女と向かい合う形をとる。彼女は手を動かし、ある画面を表示させる。それを横へスライドさせることによって、画面は俺へと向く。
「まずはこれにあなたのプロフィールを書いてもらっていいかしら?」
差し出された画面を見ると『名前』『職種』『年齢』『住所』と記された欄がある。
名前と職種はともかく、年齢や住所なんて知る由も無いのだが。
そう思ったのも束の間、頭の中で文字や数字が浮かび上がって来た。
気がつけば、俺は自分のプロフィールについて項目を埋め尽くしていた。
書かれたものが確かかどうかは確認するすべがない。それにこんな場所がこの世界にあるのかさえ不確かだ。
「ありがとう」
彼女の方は何を言わず、画面を自分の元へと持っていった。何も言われないと言うことはそういった場所があるのだと捉えていいのだろうか。
「じゃあ、次は右手を出してもらっていいかしら?」
言われるがまま今度は右腕を出す。彼女が『イン』と詠唱すると右手の甲の部分にマークが記される。
「これは?」
「それはあなたがアニマテスであることを示すマークとその下にこのギルドの名前が記されてあるわ。それが、あなたがギルドメンバーである証。これは他の街のギルドに行ったとしても適用されるわ。じゃあ、今からこのギルドについての説明を始めるわね。他の街のギルドも構造はこのような形をとっているわ」
彼女はまず、テーブルの方を指差す。
「あの場所は飲食に使われたりするわ。ギルドの料理は絶品なのよ。アニマテスの人たちはよく食事しながら情報交換を行ったりしているわ」
今度は指をスライドさせて、先ほどのボードのところへと持っていった。
「次はあれね。あのボードには依頼が貼られているわ。アニマテスの人たちはあの中から自分にあった依頼を探して受注するのよ。基本的には何を受けても構わないのだけれど、依頼内容に推奨レベルが書かれているからそれを参考にして受けることをお勧めするわ。特にレベル六十越えになるとギルドでは審査をすることになっているのよ。受注したいときは私のところに持ってきてね。そういえば、私の名前がまだだったわね。私の名前はテルイ・ミカよ。ミカちゃんって呼んでね」
テルイさんはにっこりと微笑みながらこちらをのぞいた。
「わかりました。テルイさん」
「んーー、全然わかってないわよ。でも、いいわ。もし呼びたくなったらいつでも呼んでくれて構わないからね。私はショウくんって呼ばせてもらおうかしら」
呼びたくなったらってそれは一体いつになるんだろうか。多分、一生こなさそうな気がするな。
「ふふっ。可愛い新人くんが入ってくれて嬉しいわ」
「かわいいですか?」
「うん、とっても可愛い。思わず抱きしめたくなっちゃうかも」
「俺はぬいぐるみではないですよ」
「あら、反応あまりよくないわね。他の子達だとほおを赤らめたりすんだけど。でも、そういう表情を崩さないところも私は好きよ」
相変わらず、笑顔を絶やさないテルイさんに少し苦手意識を覚えてしまったかもしれない。
「というわけで早速依頼でも受けてみたらどうかしら? 今なら私が紹介してあげるわよ」
テルイさんの言葉に甘えさせてもらうことにした。苦手云々より今はこの世界がどういうものなのかを知る方が得策だろう。
ボードの前に立つと無数の紙が貼られている。
紙には依頼の主な内容と推奨レベル、報酬についてそれぞれ書かれていた。
「ショウくんのレベルは今、十五だからこれなんかどうかしら?」
テルイさんは一枚の紙を取り、俺の方へと寄せてきた。
同時にテルイさん自身も俺の方へと近づいてきたためか彼女から漂う香水の匂いが一層強くなった。
内容は小鬼が持っているジェムを集めるというものだった。
「ジェムっていうのはなんですか?」
「ジェムっているのは石のことを言うわ。ここから南にある洞窟は小鬼の住処に
なっていてね、彼らは洞窟から取れるジェムを採取しているの。そのジェムの回収をするのがこの依頼よ」
小鬼が持っている石を手に入れると言うことか。確かにそれなら簡単そうな依頼だな。
テルイさんが持っているその紙を掴み、報酬や具体的な内容を覗いた。一応他のものも見てみるが、テルイさんの言う通りこの依頼が今の俺には一番あっていると思われた。
「そうですね。これにしてみようと思います」
「わかったわ。じゃあ、今から手続きするからこちらにきてもらっていいかしら?」
こうして、この世界における生き方に一歩足を踏み入れた。