いつもとは違った日常 1
場所:???
目が覚めるとバチバチと燃えるような音が部屋に響いていた。
敷かれた毛布の心地よさに思わず再び瞼を閉じてしまいそうになる。だが、そこであることに気づき俺は体を起こした。
どうやら俺は一室のベッドで寝ていたようだった。
部屋の構造は今俺の寝ているベッドと真ん中にテーブルが置かれているだけでとても簡素な部屋だった。燃える音はかまどから聞こえていた。部屋を暖めてくれていたのだろう。
それにしても俺は一体なぜこんなところで寝ていたのだろうか?
ひとまず、寝る前に起こった出来事について考えてみることにした。
確か、俺は森の中で狼と対峙していたはずだ。急所をつくことで、一太刀で奴らを倒していき、その光景に恐れおののいた奴らは森へと姿を消していった。そこでふと我に帰り、俺はその場で倒れた。
間違いない。この記憶は正しいものだろう。衝撃的だったからだろうか鮮明に思い出すことができた。
だとすると森で倒れていた俺を誰かがここに連れてきたということだろうか。
「ガチャンッ」
自身の中で折り合いをつけると不意にこの部屋のドアが開く音が聞こえた。反射的にそちらへと顔を向ける。
「あら、お目覚めのようね」
黒髪ロングヘア。すらっとした体つきの女性だった。紫を基調とした和風の服装をしている。
彼女は穏やかな目でこちらへと微笑みかける。
「体調はどう? 痛いところとかはないかしら?」
「いえ、特には。体も十分暖めさせてもらいましたし」
「そう。なら良かった。今、スープを作ってきたの。良かったら飲んでね」
「はい、お言葉に甘えて頂かせていただきます。すみません、何から何までしてもらってしまって。あなたが俺をここまで連れてきてくれたんですか?」
「そうよ。森を歩いていたら、偶然倒れているあなたを発見してね。血をつけていたから慌てて家まで連れてきたけど、あなた自身の血ではなかったみたいね。あなたの服は今洗濯しているからもう少し待っていてくれるかしら」
彼女の言葉を聞き、一度自身の服に目を向けると確かに前着ていたものとは違っていた。心なしかサイズはぴったりのように感じられる。
俺はベッドから起き上がり、テーブルに置かれたカップに手を差し伸べた。
ゆっくりと息を吹きかけ、少し冷ましたのちに一口いただく。
全身に染み渡る暖かさは気持ちを落ち着かせてくれる。味はややしょっぱく、コンソメスープのような味わいだった。
「それにしても、あなたはなんであんなところで倒れていたのかしら?」
彼女は俺の向かい側に座り込み、話をかけてくる。
「いえ、俺にもよくわかりません。気づいたら森で倒れていて、そこで狼に出くわして必死こいて奴らを倒してまた意識を失っただけですから。何故自分がこんなところにいるのか見当もつかないんです」
「ということは、あなたは『アニマテス』ということなのね」
「アニマテス?」
初めて聞く単語に俺は思わず聞き直してしまった。
「ええ。この世界ではね。稀に突如として身元の知らない人間が現れる現象が起こったりするの。私たちはそういった者のことを『アニマテス』と呼んでいるのよ」
「身元の知らない人ですか? 変な話ですね」
「あなたが言うべきことではないと思うのだけれどね」
彼女は口元を手で隠しながら微笑む。
身元の知らない者が不意にこの世界に飛ばされるか。でも、何故そんなことが起きるのだろうか。もう一度記憶をたどってみるが、森で目覚める前の記憶は全く思い出すことはできなかった。飛ばされた時の衝撃で記憶喪失にでも陥ってしまったのだろうか。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね。私の名前はイワ・カリンよ」
「俺の名前は……ヒビキ・ショウです」
真っ暗闇な記憶から不意にその言葉が俺の頭から浮かんだ。これが本当に俺の名前なのか自信はないがこれ以外の名前を俺は知らない。
「ショウくんね。よろしく。しばらくはここにいていいわよ。部屋はここを使ってくれるかしら。一階に行けば、洗面所もあるしお風呂もある。それらは好きに使ってくれて構わないわ」
「すみません。助けてくれただけでなく、こんな待遇までしてもらえるなんて」
「いいのよ。あ、でもその代わり少しあなたも働いてもらえるかしら?」
「働くですか?」
「ええ。アニマテスの人たちはギルドに入って、それぞれ依頼を受けることで報酬をもらって生活している人たちが多いのよ。ショウくんも一度行ってみるといいわ」
ギルドか。あまり聞き馴染みのない単語であるが、仕事場と言ったところだろうか。なんにせよまずはそこに行かないと何も始まらない。
「わかりました。ここに住まわせてもらう宿代はしっかり払わせてもらいますね」
「別にいいのよ。もしショウくんに困ったことが起こった時のために報酬は取っておきなさい」
イワさんは本当にいい人だ。この人に助けてもらったことはかなり幸運に恵まれていたと言っていいだろう。
長話によって、すっかり冷めてしまったスープだが、それでも俺の体は十分に温まった気がした。




