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決戦 4

 同時に一つの雫も地面へと落ちていった。

 雪解けの水の様に今まで溜まっていた思いが垂れていった様だった。


 垂れていった思いは、押し止まることなく多量へと変わっていく。

 俺はそんな燈を見て、刀を解く。


「怖いっていったからな。負けることが」

「だから止めたって、あなた正気じゃないですよ」

「かもしれないな」


 自分でもわかっていたが、さすがにあのまま切ることはためらわれた。無意識のうち彼女を傷つけてはならないと体が訴えていた。


「完敗ですね。私の負けです」


 燈は『ケイジ』を唱えて、画面を表示させた。

 決闘中の画面には『降参』というボタンが出る。文字通り、自身の負けを認める項目だ。


 そのボタンを押そうとする。

 俺は燈の手を握りその動作をやめさせた。突然の動作だったからか手がピクリと動く。


「何をするんですか?」

「この勝負は、そう簡単には終わらせたくないんだ」

「理解できません。私は、確実に負けました。あの攻撃からはもうどうしようもありません」


「そうだな。お前はなんで自分が負けたかわかっているか?」

「私があなたより弱かった。ただそれだけですよ」

「それは違うな」


 何を言っているのか理解に苦しむ様な目で俺を見つめる。無理もない。わかっていたなら、こういう状況になっているわけではないのだから。


「お前が負けたのは自分を過信しすぎて、失敗を恐れたことだ。俺の強さは関係ない」


 道場を訪れた時、師匠は最後に俺のこういった。


『もし燈が負の部分を見せ、お前が正の部分を見せればどうなるかはわからんがな』


 燈の負の部分。それはきっと、昔の俺を取り戻すために強くなったことで失敗した時の恐怖をより一層強くしてしまったことだろう。

 俺を見て億劫になるのはそのイメージをより近くで感じられてしまうため。


「失敗を恐れるって」

「事実だろ。刀同士でぶつかり合っている時に親和流を使えなかったのがいい証拠だ。それまでに二回も技を止められれば、仕掛けるのも怖くなる」


 核心を突かれたからか、言葉は返ってこなかった。


「だから俺の攻撃にも対応しきれなかった。防がれれば何もできないと自身の経験で憶測したために、二段階で行われる型に対処しきれなかった」

「仕方がないじゃないですか……」


 今にも消えてしまいそうな声音で、静かに燈は言った。


「次失敗したら今度こそ負けるかもしれない。そう思えば、体が動かなくなってしまうんです」


 握った手は強く振るわれることにより、離れてしまう。


「私は負けてはいけないんです。たくさんの相手を倒して、強くなって強くなって」


 吐き捨てる様な言い方で目の前にいる俺に向かって、言葉を放つ。今まで胸の中で隠していた思いが外へと出ていく。


「強くなって、どうするんだ?」

「……わかりません。でも」


 燈は自分の胸元を抑えて、言葉を続ける。


「私の中にある暖かな思いがそうでないと散ってしまいそうな気がするんです」


 何年もの間、必死に戦い続けてまで守ろうとしてくれてたんだな。

 悪かったな。


「俺は、別に強くなることでしかその気持ちを守れないなんてことはないと思う」


 現に今の燈に心を打たれてしまっているんだから。


「どうすればいいか必死に悩んで足掻いて、挫けそうになったとしても諦めず、守ろうとすれば」


 掴んでいた手を離して上げる。昔はよくこうして燈を励ましたもんだったな。

 上げた手を燈の頭置き、撫でる様な手つきで左右に動かした。


「その思いは散らないし、お前の中でずっと輝き続けるさ」


 燈は俺の方へと顔を向けた。流れていたはずの涙は気がつけば、止まっていた。


 潤った瞳がこちらを覗く。瞳孔が細くなり、何かを悟った様子が伺えた。口を

ゆっくりと開き言葉を紡ごうとする。


「……翔くん」


 心が乱れたのを感じた。不意打ちだ。まさかここでこの世界とつながるなんて。


 恥ずかしい気持ちになり、思わず手を離してしまう。

 だが、燈は両手で掴み離してはくれなかった。


「なんで離しちゃうんですか?」

「燈なんだろ。俺の知っている」

「……はい。なんていうか、不意に知らない記憶が頭をよぎって、私の知らない世界について知りました。もちろん、翔くんのことも」


「だったら、これはさずがに恥ずかしいんじゃないか?」

「いえ、そんなことは。むしろ撫でてくれた方が、心が穏やかになるんです」

「……そっか」


 そう言われてしまえば、やるしかない。自分で行った手前、彼女の意思に背いて止めるのは酷だ。


「翔くんは最初から知っていたんですか?」

「まあな」

「大丈夫なんですか? 刀握って」


「最初の頃は全くダメだったが、この決闘のために克服した」

「そ、そうだったんですね。私のために辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」

「こっちのセリフだよ。俺の方こそ悪かったな。たくさん辛い思いをさせてきて」

「そんなことは……でも、今こうしてもらえたことで私は頑張った甲斐がありました。良かったです。翔くんが私の初めてで」


 その言い方だと、かなり誤解を生みそうになるんだがな。

 燈もそれを察したのか、撫でてもらっていた手をほどき、こちらを覗く。頰は朱色に染まっていた。


「えっと、そういうわけじゃなくてですね。その初めて負けた相手ということで」

「俺は別に何も言ってないんだが」

「……」


 ここの気温のせいか、燈の頭から水蒸気の様なものが見え始める。


「まだ、負けてないだろ」


 俺は『ケイジ』を唱え、画面を表示させる。


「一緒に押すぞ。そうすれば、引き分けだ」


 決闘の降参はただ、負けを認めるだけではない。両者がほぼ同時に押すことで引き分けにすることができる。


「引き分けでいいんですか? 実際に負けたのは私ですよ」

「確かに決闘は俺の勝ちだが、なんていうかな現実世界でのことでは燈が勝ったってことで」

「なんですかそれ?」


「とにかく、勝負はおわずけってことだ。燈が本当に戦いたかったのは、ここでじゃないだろ」

「それは……」

「次の大会で俺を取り戻してみせろよ」


 そう言って、降参のボタンを押した。これより十秒以内に明かりが押せば、引き分けになる。


「はい! 必ず、勝ってみせます」


 燈も降参のボタンを押す。これで決闘は引き分けとなった。


「一つだけ。あまり俺を意識しすぎるなよ。今ある燈の力を信じて向かってくれ。人の心を変えるのは成功だけじゃないからな」

「それは……難しいかもしれないです。でも、懸命に頑張ってみようと思います」


 先ほどまで儚かった燈の表情は晴れ晴れとしていた。こうしている燈が一番輝いているな。


「ここにいたのか、随分と探したぜ」


 すると二人の空間を裂く様に、聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 俺も燈も声の聞こえた方へ反射的に顔を向ける。


 黒いフードを被った者たちがこちらへと向かってくる。

『スパイダー』と名乗る闇組織の一味だ。前は二人だったが、今回はざっと十人以上はいそうな雰囲気だ。


 先頭には見覚えのある二人がいる。


「なんだ、またお前も一緒か」

「都合が悪かったか」

「まさか、むしろ好都合って言ったところだ」


「好都合ね……」

「それで、通り魔さんよ。答えはどうなった?」

「それは……やめることにしました」


 燈は少し間をおくも相手の提案を拒否した。問題は少し前に解決した。こいつらとの約束を守る必要はない。


「本当にいいのか? 今まで以上に強い相手と戦うことができるんだぜ?」

「変わりません。きっと、私とあなた方の思う強さは違うものであると思いますので」


 冷静に返す燈には、前の迷いの様なものは見えなかった。

 きっぱり断られたことにより、前にいる男は怒りからか歯ぎしりする。


「お前がこいつに何か入れ知恵したのか?」


 標的は俺へ。この一週間で考え方が変わるとしたら俺の存在ということは前の経験からのものか。


「だったら、どうする?」


 歯ぎしりを浮かべていた男は不意に笑い声を浮かべる。


「だったらか、決まっているじゃないか? いいですか、シジョウさん?」


 男は後ろの方へと顔を向ける。


「構わん。通り魔をとりおさえろ」


 すると最後尾にいた大柄な男が命令を下す。奴がこの前言っていたシジョウか。見る限りこの組織のボス格的な存在だろう。


 十人以上いる敵が一斉に刀を抜く。

 燈も柄に手をかける。目は先ほどの晴れ晴れしたものを忘れ、通り魔として君臨していた時の目になっていた。


 俺は手を燈に向けることで戦闘体制に入っていた状態を元に戻す。


「翔くん……」

「ここは俺がやる。しっかり見ておけよ」


 一歩前へと出ることで燈よりも一つ手前で彼らと対峙する。


「お前がやろうっていうのか?」

「俺一人で十分だ。こいつに手出しはさせない」


 柄を両手で握り、彼らに刃先を向ける。相手は十人超、油断が命取りになる。


「木刀が刀に変わったからと言って、俺たちを倒せるとは限らないんだぜ。それに、これは決闘じゃない。どういう意味かわかるよな」


 何も喋らない代わりに、より一層力を込めることで肯定を示した。

 わかっているからこそ、燈には戦わせるわけにはいかない。


「行くぜ!」


 先頭の男の言葉と共に複数人がこちらへ向けて走ってくる。

 走ってくる時の動作に合わせて、俺は自身の刀を半回転させた。


 前に男が繰り出した刀の動作。そして、こちらへと迫ってくる時の動作からわかる。


 こいつらは俺の敵ではない。

 目の前に来た男が刀振り下す。


 先ほどの燈と比べれば、天と地ほど差がある刀のさばき方だ。

 親和流第三ノ型『上昇炎』。


 狙うは敵の刃先。強烈な一撃で攻撃を跳ね返す。

 刀を戻し、敵の腹部めがけて刀をかざす。峰打ちであるため強烈な打撃が敵を襲った。


 致命傷は抑えることができるが、一撃で仕留めるためには痛烈は不可避である。敵は吐血しながら、その場に倒れる。


 これで一人。まだ敵は多数いる。

 一つの攻撃が終われば、次の攻撃が俺に降り注ぐ。


 だが、動きにムラのある奴らの攻撃は手に取るようにわかる。

 避けるところは避け、型を喰らわせられるタイミングで確実に仕留めていく。


 第二ノ型『下降岩』、第四ノ型『閃光』、第五ノ型『突風』。敵の攻撃に合わせる様に技を繰り出していく。


「こいつこんなに強かったのか……」


 そうして、最後の一人を残して傷一つ負うことなく倒していった。

 吐血した時に手に付着した血をはらう。人の血であると少しだけ記憶が疼くのを感じる。大きく深呼吸することで呼吸を整え、視線は後ろにいた大柄な男へと向けた。


「あとは、あんただけだぜ」

「複数人を相手になかなかやるじゃないか?」


 男は腰に携えた剣を取り出す。体格にあった大剣だ。

 力技ではまず勝つことはできなさそうだな。

 俺は奴へ向けて走っていく。


 男は大剣を自分の身に寄せ、こちらへと振っていく。

 力比べで敵う相手ではない。ならば、取れる方法は一つだろう。


 大剣の軌道に沿う様にして刀を構える。刀は大剣に当たるが、引きずる様にして軌道から逸れていく。


 親和流第一ノ型『流水』

 大剣は振るってから次の動作までの時間がより一層かかる。

 軌道から逸れたことで敵の後ろ側に着く。


 地を踏み、相手に向かってジャンプ。

 狙うは首元。

 繰り出された刀の軌道はうまく急所に入る。力強い打撃が男に突き刺さる。


 勝負ありだ。

 刀を離し、地面へと着地する最中、男の表情が視界に映る。

 男は笑っていた。


 思わず、目を見開いた。勝負はまだ終わっていない。

 すぐに次動作へ。時間差があるとはいえ、着地時間には間に合わない。

 再び大剣がこちらへと迫る。


 避ける術はなく、力強い攻撃に襲われる。刀で防ぐものの吹き飛ばされ、天上へと激突する。

 背中に強烈な痛みが走る。


 力の強い相手とは今まで一度も戦ったことがなかったため思い通りにはならなかった様だ。さすがに急所に強打を喰らわせてもビクともしないなんて思いもしなかった。


 その場に立つものの少しだけふらついているのがわかる。呼吸が辛い。どうやら骨の一本は持ってかれてしまっている様だ。

 俺の置かれた状況に気づいたのか男は次の攻撃のためにこちらへと迫ってくる。


「こいつで終わりだ」


 目の前へとやって来た相手は再び大剣をこちらへと振りかざす。

 大剣に雷の力が宿る。


 生憎だが、持ち合わせているスキルに雷への体制はないため『流水』に属性技をもたせたとしても意味がない。


 ここは避けるしかない。だが、骨一本折れている以上ずっと同じ動作を続けるのは苦難だ。

 何か打開策を見つけないといけないな。


「お前、何をやった?」


 刹那、俺と男の間に人影が映る。視界にはポニーテールの髪がなびいていた。


「燈……」


 目の前に来た燈は柄を握ると、抜刀しながらその場で一回転する。

 回転を加えることで技の繰り出す威力を上げる。刀を力強く振り下ろしていった。


 狙うは大剣の刃先。

 刀同士が触れ合う時、大剣から出ていた稲妻が燈の刀へと侵食していく。


 燈は片目をつぶることで痛みから耐えている。どうやら、俺と同じく耐性を持ち合わせていない様だ。


 それでも、歯を食いしばり大剣の攻撃を地面へ叩きつけることで防いでいく。

 反動で俺は少しだけ後退する。

 逆に燈は、大剣を踏むことで男に向かって前進していた。


「翔くんに手を出すな!」


 大きな叫び声とともに刀は男の元へと一直線に進んでいく。

 このままではまずい。思考するも、短時間で最善手を見出すことはできない。


 刀は男の肩へと入っていく。

 すると男の肩から氷ものが生成されていく。氷は侵食する様に全身を蝕んでいく。


 燈が攻撃を喰らわせた頃には半分以上が凍っており、男は動けないままその場に倒れる。


「なんだ、この。くそっ」


 そう言っている間に氷は男の口を塞ぎ、全身を包み込んでいった。


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