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真実

「じゃ、じゃーん。今日は鍋にしたの!」


 イワさんは元気よくそう言うと、机の真ん中に大きな土鍋を置いた。

 ふたを開けると放たれる風味に思わず、食欲を注がれる。


 鍋の中にはたくさんの種類の食物が入っていた。野菜だけでなく、肉のレパートリーも豊かだ。ここで結構な時間を過ごして来たからかどれがなんの肉かは大体予想がつく。


「では、冷めないうちにいただきましょう」

「そうですね」

「じゃあ、翔くんのは私がよそってあげるね」


「子供じゃないんですから、自分で注げますよ」

「遠慮しなくていいのよ」


 イワさんは半ば強引に俺の持っている茶碗を取るとお玉と箸を使って、鍋から茶碗へと注いでいく。


「育ち盛りのショウくんはお肉多めにして置いたわ」


 中を確認すると確かに肉が多めだ。それに全種類のお肉が取り入れられている。


 猪、小鬼、馴鹿、しまいには今日まさに戦闘していた狼まで。

 いつもなら食欲がなくなるはずなのだが、全く食欲が落ちないのは主婦の鏡イワさんのおかげだろう。


 注がれた料理を美味しくいただく。

 ここで鍛えられた胃袋を駆使したことによって、土鍋に入っていた料理は綺麗になくなった。


「本当にショウくんはよく食べるわね」


 綺麗になくなった土鍋の中身を見ながらイワさんは微笑む。俺は「ごちそうさまでした。おいしかったです」と返事をして置いた。


 イワさんは「お粗末さまでした」と言うと鍋を持ってキッチンの方へと歩いていった。


 フーッと一息つき、しばらくテーブルでくつろぐことにする。

『ケイジ』を唱え、レベルを確認。


 レベル25。今日でレベルは8上がっていた。森で狼をずっと倒し続けていたおかげだ。この調子でいけば、レベル40はすぐに到達できるだろう。


 ステータスを見終え、次はアイテムボックスを確認する。何か使えるものはないか確認しつつ、整理していく。


「ショウくん、お風呂はいいのかしら?」


 食器洗いを終えたのかイワさんが再び、こちらへと戻ってくる。

 いつもならこのタイミングでお風呂をもらわなかった俺を疑問に思ってのことだろう。


「はい。少しだけイワさんに話したいことがあるので。お時間もらえないですかね?」

「大丈夫よ。でも、一体どうしたの?」


 イワさんはそう言うと再び俺の横の椅子へと腰をかける。

 さて、まずは何から話すべきだろうか?


「そういえば、ショウくん。今日、市場で決闘やったんですって?」


 すると俺が言うより先にイワさんがこちらへと話をかけて来た。


「よく知ってますね? まだ今日のできごとなのに」

「私の情報網は幅広いのよ。それで、何やら上級アニマテス相手に圧勝したらしいじゃない。さすがは我がショウくんね」

「運が良かっただけですよ」


 あれは、相手が短気で作戦にうまく引っかかっただけで実力はあまり伴っていない。


「決闘に運はあまり関係ないわよ」

「そうでもないですよ。ここに来てから恵まれていることが多いので、決闘のこともそれがうまくはまってくれたと思ってます」

「恵まれているね。私に拾われたこととか?」


「はい。とても恵まれていますよ。あの時、イワさんに拾われたことは。そして、そのイワさんが優しいお母さんみたいな人だって言うことが」

「優しいお母さんね。ショウくんにそう言って貰えるのはとても嬉しいことよ。前の娘にはきっとそうできなかったから」


 イワさんは少し儚げな表情を見せた。あまり見せないその表情から彼女が自分の娘のことをどれだけ思っているのか、それは俺が思っている以上だろう。


 だからこのタイミングで俺は言うしかなかった。


「それは……燈のことですか?」


 俺はしっかりとイワさんの目を見て告げた。視線は揺らぐことなくまっすぐ彼女を捉える。きっと揺らいでしまえば、また目を背けてしまうから。


 イワさんは儚げな表情を一変して穏やかな表情になり、俺の視線に自身の視線を混じり合わせた。


「どうやら、やっぱりわかっていたようね。いつから?」

「気がつき始めたのはここに転生して一週間ほどですかね。まだ確証ではなかったですけど」


「と言うことはショウくんが自分の世界とこの世界、二つの世界の存在を認知したことからかしら」

「っ! 知ってたんですか?」


 イワさんの言った言葉に驚きを隠せなかった。彼女の言う通り、地球とこの世界の存在を知ったことによって、イワさんと言う存在にかすかな懐かしみを覚えた。


「少し顔つきが変わったからね。今はわからないけれど、私が最後に見たあなたの顔はきっとあんな感じだったと思うわ」

「だからあの時『らしい』顔って言ったんですね」

「ふふっ。翔くんって案外記憶力いい方?」


「最近は勉学に励んでいることが多いので、それのおかげかもしれないです」

「そう。それで、確証を持ったのはいつかしら?」

「持ち始めたのは昨日で、今日それが確かなものになりました」


「聞かせてもらっていいかしら?」

「一つは、勝手にあなたの仏壇にお参りさせてもらった時に確認しました。イワさんの顔とそれから燈から名前も聞きました。東雲 凛っていう名前だって。でも、イワ・カリンという名前にはならない。だから旧姓も聞いておいたんです。そしたら、元は『岩賀』だったって」


 イワ・カリンじゃなくて、イワカ・リン。それが彼女の本当の名前だ。


「正解。でも、嫌だな。私、ショウくんに名前覚えてもらってなかったんだ」

「ご、ごめんなさい。燈のやつが『お母さん、お母さん』ってずっと言ってたんで聞ける機会なかったんですよ」


 涙ぐむイワさんに慌てて弁解する。さすがに親友の母親の名前覚えていないはまずかっただろうか。


「冗談よ。で、確証を持ったのは何かしら?」

「確証を持ったのは、『りんご』っていえば理解してもらえますかね」


 俺の言葉にイワさんは優しく微笑んだ。わかってはもらえているだろうが、もう少し細く説明した方が良さそうだな。


「今日、森に行ってきたんです。狼の住む、そして俺がこの世界に降り立った場所である。そこでは、歩けば歩くほど狼と次々遭遇してしまうかなり危険な場所でした。だから少し疑問に思ったんです。こんな危険な場所にイワさんは何をしに来たのかって。でも、今日行って見てようやくわかりました。あそこは果物がたくさん取れるんですよ。りんごがたくさん取れるんです。だからイワさんは行ったんですよね。

 燈は『りんご』大好きですから。

 それに、燈の家の前に行った時にカゴみたいなものが置いてあったんですよ。おとぎ話でよく果物が入れられているような形状をしているカゴが。あれはきっとイワさんが燈のためにおいたカゴなんですよね」


 イワさんはただ目を瞑って微笑んでいた。


「全部気づかれてしまったようね。私は燈のために彼女をこの世界に呼んで、自分もこの世界へと舞い降りたの」

「少し教えてくれませんか? この世界について。なぜ、他の世界にいる俺や燈がこの世界に飛ばされるのか。なぜ、死んだはずのあなたがここにいるのか?」

「そうね……」


 イワさんは説明するために頭の中で内容を整理しているのか目を瞑ったまま、じっとしていた。


 しばし、沈黙が流れる。

 ここでイワさんから聞ける事柄によって、これからの俺の道しるべが決まるだろう。

 燈をどうするべきか。その道しるべが。


「まずは、この世界について簡単に述べておこうかしら。

 この世界の名は『クラチェンフォート』。創世神クラチェンフォートが闇を抱えた人間の憩いの場所として作った世界よ。

 クラチェンフォートでは定期的に別の世界の人間を呼び起こしているの。

 この世界の転移方法は二つ存在するわ。

 一つが『神為転移』。クラチェンフォートが人間世界で闇を抱えた人間を無作為にこの世界へと呼び寄せること。闇が深ければ、深いほど飛ばされやすくなるわ。

 もう一つが『人為転移』。これは私たち死人が人間世界の誰かをこの世界へと呼んでくることができることになっているわ。でも、その代償として自身もこの世界へと降り立たなければならなくなる」


「つまり、イワさんはその『人為転生』を使って、燈をこの世界へと呼び出したということですか?」

「ええ、そうよ。私は苦しそうなあの子に何もしてあげられないまま去って行ってしまった。だからせめて、ほんの少しだけでもあの子に何かしてあげたかったの。とは言っても、燈をこの世界に呼んで余計に苦しませてしまったかもしれないのだけれど」


 イワさんの笑みには若干の弱さが見えた気がした。きっとここでの燈の姿を見てしまって自分の行ったことに罪悪感を覚えてしまっているのだろう。


「ごめんなさい。全てはきっと俺のせいなんですよ。燈が今こうなってしまっているのは紛れもなく俺が原因なんですから」

「そう自分を責めるものではないわよ。ショウくんにはショウくんなりのことがあったのだから仕方がないことなのよ……でも、そうね。だからと言って、翔くんへの憎悪がないと言ったら嘘になるわ」

「そうですよね。でも、だから……」


 理由が理由だから仕方がない。それでも、イワさんは一人の人間である。憎悪が芽生えてしまうのは当然だ。だから俺はその憎悪に答えなければならない。


「教えてくれませんか。どうしたら燈をこの世界から救えるのか」

「この世界のログアウト方法は簡単。その者の心の闇、あるいは転生させた死人の心の闇を消し去ればいいわ。今ショウくんのステータスには『アニマテスレベル』っていうものがあるでしょ」


 俺はイワさんの言葉に頷くことで肯定を示す。


「アニマテスレベルは人の心情を映し出すもの。自身の心が正に向けば、レベルが上がっていく。レベルは最大5まで。5になるとこの世界の援助は消え、ログアウトすることができるわ」


 アニマテスレベルはそういう指針を示していたのか。

 だいたいこの世界の真理について見えてきた気がした。同時に自分が行うべき目的も見つかっていく。


「近々、燈は『スパイダー』という闇組織の連中と会います。そこでもしかすると燈は取り返しのつかない事態に遭遇してしまうかもしれません」

「そうなの」

「だから、俺にチャンスをくれませんか? この一週間で俺が燈の闇を消して、奴らから救ってみせます」


 きっと、これがこの世界で今の俺にできる唯一のことだろう。

 俺がこの世界に呼ばれた理由はわからない。イワさんによって飛ばされたという事実が消えた今、呼んだのは神かはたまた別の誰かか。


 呼んだのは誰であれ、ここにいるということは、俺は自身の心の闇を打ち晴らさなければならない。


 その第一歩がきっと燈を救うことなのだろう。

 ならば、やるしかない。目的がようやく見つかったのだから。

 俺は真剣な眼差しでイワさんの瞳を覗いた。


 弱い笑みを浮かべたイワさんの瞳には薄い影のようなものが見える。これがきっと彼女の心の闇なのだと思わされた。


 その瞳は閉じることによって、消えていく。


「翔くんになら燈を任せられるわ。それに、もともとそういう運命だったと思うの。森でショウくんと出会った時から定められていた運命だと」


 閉じて開いた瞳には先ほどの薄い影は綺麗に消えていた。きっとイワさんの中で何か覚悟がついたのだろう。


「だから、燈を、娘をよろしくお願いします」


 イワさんは、そう言って静かに頭を下げた。

 元はと言えば、俺が犯した過ちなのに。頭をさげるイワさんに重し分けない気持ちになりながらも俺ははっきりとした口調で言った。


「はい、わかりました」


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