克服 2
テルイさんに『狼討伐』の依頼受注をしてもらたところでギルドを出た。
「おーい、ショウボウ!」
すると遠くの方から俺を呼ぶ声がする。この名前で呼ぶのだから誰が呼んだかすぐにわかる。
辺りを見回すとその人物はこちらへと手を振っていた。
見つけたところで俺はテツさんの元へと歩いていった。
「テツさん、どうしたんだ?」
「へへへっ。さっきの決闘見させてもらったぜ。と行っても、ショウボウが木刀で叩きつけるところだけだったけどな」
「それは見苦しいところを見せちゃったな」
「何も見苦しくなんかねえよ。むしろ驚きで見とれてたくらいだ。まさかショウボウがあそこまで強いとはな」
「いえ、あいつがそんな強くなかっただけだ」
「良く言うぜ。あのシンとか言うガキは決闘するところを何度も見ているが、勝てたのは数人だ。とは言っても、通り魔とショウボウと当たったことで最近の勝率はかなり低くなっちまったがな。それにしても、ショウボウ、なんでジェムなんかが欲しかったんだ?」
「いや、俺が欲しかったのは依頼だ」
「依頼? それと決闘になんの関係があるんだ」
「端折って話すと、推奨レベルに程遠い依頼を受けたかったから、推奨レベルを超えているあいつにかませ犬になってもらったってことだな」
「……ああ……なんとなく話は見えたぜ。ミカちゃんが依頼受注を拒否したんだな」
「そう言うこと」
「どうしてそうまでして依頼を受けたかったんだ?」
テツさんの言葉に即答することはできなかった。人に話すとなるとどう言えばいいのだろうか。
自分の思っていることを端的に表せる言葉を模索していく。
「強くなりたいから、かな」
見つけた言葉は至極単純なものだった。
強くなりたい。強くなって輝きたい。輝けることができたのならば、それは昔の俺に燈に元気を与えられた俺に戻れるのだと思う。
「そうか。それは、通り魔の影響か」
「……そうだな」
「ショウボウも立派に冒険者やってるな。ちょっと付いて来てくれるか?」
テツさんは喜んだように微笑むと、手招きして歩き始めた。
従うように付いていく。一体何をするのだろうか。
目指す場所はテツさんが運営する武器屋のようだ。
武器屋へやってくると「ここで待っててくれ」と一言置いて、自分は中へと入っていってしまっていた。
ぼーっと待っているのも嫌だったので、店内に置かれた武器を覗く。
依頼達成を多数行ったことでお金もかなり溜まって来た。今なら他の武器、武具に手を出せるかもしれない。
「待たせたな」
眺めているとテツさんがこちらへと戻ってくる。
武器選びに勤しんでいたが、「ドカッ」と何か重いものが置かれる音に思わず、顔をそちらへ向けた。いや、きっとかすかに聞こえた金属音が俺の反応を促したのだろう。
目を向けると白色の鞘に包まれた刀がテツさんの横に置かれていた。
「これは?」
「こいつは俺の家に代々伝わる代物だ。どうだ、かっこいいだろ」
テツさんは刀を手に取ると鞘を抜いた。刀の刃の部分が露わになる。
凛と光る刃は何をも切ると言う高揚感を与えるほどに輝きを放っていた。
「それでなんだが。ショウボウにこいつを渡そうと思うんだ」
テツさんの放った言葉に一瞬耳を疑った。言葉の意味がわからなかった。
「そんな……いいのか?」
「ああ。親父からこれを授かった時に言われたんだよ。もし、俺の目に光る逸材を見つけた時はこいつを渡してやれってな」
「光る逸材なんて俺はそんなに大した存在じゃないんだが」
「ショウボウの目にはそう見えていなくても俺の目にはちゃんとそう見えたんだ。シンのやつを木刀で一閃した消防はまさに賜物だったさ。だからもらってやってくれないか」
俺は目の前に差し出された白い刀に目を向ける。
胸の高鳴りを感じた。昔も刀を授かる時は心がざわついているのがわかるほどワクワクしていた。
俺は今、昔と同じ感覚に襲われている。これはきっと悪いことではないはずだ。
「それに、ショウボウ。木刀壊れちまったじゃねえか。どうするんだよ。武器は」
テツさんには初期の段階で持っている刀の存在は伏せてある。だからこう言われるのもの無理はない。シンとの賭けの時に表示されいたはずだが、木刀で叩きつけるところしか見ていなかったテツさんはそこまで見る余裕がなかったのだろう。
「そうですね。ちょうど困っていたところです。なんせ決闘に武器の治癒は行われませんもんね」
「だろ! なら」
「……はい。使わせてもらうよ」
俺は目の前にある刀に手を差し伸べ、ゆっくりと持ち上げた。
刀を持った感触には久しいものを感じた。以前、一度持ったことがあるのに不思議なものだ。
「大事に使わせてもらう」
テツさんは俺の表情を見て、唖然とした態度をとる。だが、すぐに表情を穏やかに変えた。
「大事にしてやってくれ。健闘を祈るぜ、ルーキー」
テツさんは拳を俺の前へと掲げる。
俺はその拳を見ると同調するように拳を重ねた。
****
テツさんとのやりとりを終え、智桂西側にある森へとやってきた。
地形を出てから森まではすぐだった。最初にここに来た時、イワさんが俺をここまで運んで来てくれたのだ。むしろ近くないのが不思議なくらいだろう。
前見たのが、夜だったから日中に見る森の景色は新鮮だった。
小鳥のさえずりに、チラチラ見える木漏れ日は平和そのものを予感させてくれる。
だが、この空間に平和なんてものはない。
おぞましい記憶が俺の脳に流れる。
叫ぶ少女の声に、獲物を狩る狼の姿。俺の中のトラウマを引き起こした手についた血。
景色を一見したところで再び前に歩き出す。
克服すると決めたのだ。自分の中に潜む闇を。
そのための一段階として、俺はこの依頼を達成しなければならない。
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
歩き始めてすぐ、叫び声が鳥のさえずりを打ち消すように響き渡る。
すぐに反応し、声のした方向を割り出す専念をする。
絞りきったところでそこへ向けて走り出す。
そう頭では考えたものの、体はすぐには動かなかった。
無意識の拒んだ体。ひたいから一滴の汗が垂れる。
言ったはずだ。前に進むのだと。
普段なら意識しないはずの足の動作。それを精一杯の神経を足に集中させて無理やり動かしていく。
「来ないでーーーーーーーーーー」
走っていくと再び、少女の声が聞こえる。距離はだいぶ近かった。
木々をかき分け、できるだけ速度を落とさないように走っていく。
見えた!
視界に入った、籠を持った一人の少女。腰が抜けているのか体を寝かせた状態で前へと進んでいる。
その少女に歩み寄るのは数匹の狼。ゆっくりとした足取りだが、少女との距離は確実に狭まっていた。
考えている暇どない。
足に力を入れ、少女と狼を隔てるように間に入り込んでいった。
正面を狼に向け、鞘を掴む。
「お兄さん、誰?」
微かに後ろから少女の声が聞こえた。
「しがないアニマテスさ。そこでじっとしてろ。こいつらは俺がやっつけるから」
「……わかった」
少し間を開けて少女は承諾する。どうやら信頼してくれたようだ。
ゆっくりと鞘を抜き、刃先を狼へと向ける。
狼は動きを止めているものの鋭い視線を俺へと向けてくる。
口からはよだれが垂れている。相当空腹な様子だ。
鋭い視線はそこまで恐怖の対象ではない。俺の注がれる恐怖は今目の前にある自分の持つ刀なのだから。
この刀に打ち勝つことが目標で狼は所詮足枷に過ぎない。
小刻みに震える手を抑えつつ、狼を見張る。
彼らは狙いを定めると、勢いよくこちらへと駆け抜けて来た。
出て来たのは二匹。各々の動きをよく観察し、自分の繰り出す技を模索していく。
一匹目が跳び、上から。もう一匹はそのまま突っ込んで真正面からそれぞれ俺を攻撃してくる。
後ろには少女がいる。迂闊に前へ出れば、彼女が危険だ。
刀を構え、前へと突き進む。迫り来る狼の見せる歯の部分に刀を合わせていくことで攻撃を抑えつつ、刀を抑えられるのを防ぐ。
体制を横へと流していき、旋回した後にしたから首を両断する。
血飛沫は視界を包み込む。光景に戦慄するが、まだ勝負は終わっていない。
その場で一度とび、死んだ狼を踏み台にしてもう一度ジャンプすることで上から襲おうとしていた狼の後ろにつく。
刀を両手で持ち、上から狼を一閃。
真っ二つに切られたことで、大量の血が俺を襲う。
顔や体全体に、血がつく。
まずは二匹。地面へ着くと少女には何も言わず、再び狼へと向かう。
余裕が出て来たところで体についた血の感触、匂いに呼吸を絡め取られる。乱れた呼吸は決して疲れから来たものではない。
構え直し、まだ攻撃のタイミングを伺っている狼たちと対峙する。
今度は数を増して攻めてくる。その数四体ほど。
数が増したとはいえ、これでは攻撃のタイミングに誤差が生まれる。俺相手ではその誤差が命取りだ。
牙剥く彼らに先程と同様、攻撃の勢いを欠くように刀を向ける。一匹の勢いが収まると後ろにつくものの動作がどうしてもブレる。そのうちに横から来た狼に
一閃をかまして、一撃で仕留めていく。
一連の動作を示すことによって、狼たちはあえなく散っていった。
「はあ……はあ……」
全員倒し終えたところで再び、平穏な雰囲気が流れる。
俺はその場から動けず、ずっと立ち尽くしていた。
すると草木を踏む音が聞こえてくる。反射的に顔をそちらへ向けると少女がいた。
抜けた腰はすっかりと治っており、しっかりとした足取りでこちらへと近寄って来た。
「あ、ありがとう。お兄さん」
少女は「へへっ」と少女は微笑みながらこちらをのぞいていた。
その表情に鼓動が高鳴るのを感じた。ほのかな温かみが胸部を浸透していく。
俺はこの少女を救うことができたんだな。それが無性に嬉しかった。
「ここで何をしていたんだ?」
「あ、あのね。果物を取ろうと思って」
「果物?」
「うん、お母さん風邪ひいててね。それで元気になってもらおうと」
「そういうことだったのか? でも、ここは危険だ。さっきみたいに狼に襲われるかもっしれない」
「でも、まだ果物取れてないか」
「それなら俺が取ってくるよ」
「いいの?」
「どのみち、ここに用があるからな。ついでだ」
「お兄さん、ありがとう」
屈託無い少女の笑みは誰かと重なった。彼女の表情を見ると穏やかな気持ちになる。
ここで少女と別れると再び、狼に襲われかねない。だから森を抜けるまでは彼女についていくことにした。
幸いか狼には会うことなく森を抜けることができた。
「じゃあ、ギルドで待っててもらっていいか?」
「わかった。絶対取って来てね」
「ああ、約束だ」
「うん!」
少女はそう言うと智桂の方まで走っていった。
一人になったところで複雑な思いにかられる。
他の血を見て乱れた心。少女の笑顔を見て晴れた俺の心。様々な心境の変化によって、自身の気持ちがわからなくなっていた。
ただ、血のついたその手は震えていなかった。
その手こそがきっと俺の心を一番に表してくれているのだと思う。
勇気を振り絞ってよかったのだと手はそう告げているような気がした。
振り返り、再び森へ。
きっと治ったのは一瞬で、狼と対峙すればまた手の震えは起きてくるだろう。
まだ足りない。今の俺ではまだ燈を救うことはできない。
自分の胸に刻まれた恐怖に打ち勝つため再び走り出した。
漆黒に染まっていた未来には、一筋の光が差していた。




