克服 1
場所:???
「よしっ!」
目が覚め、起き上がると一発自分の両ほおを叩いた。気持ちを沈めないように喝を入れて置くことにした。
気合が入れて一階へ。
「おはよう」
いつもどおり俺より早く起きていたイワさんから挨拶がある。「おはようございます」と返すとイワさんは俺の表情を一瞥した。
「どうかしましたか?」
「いえ、何かいいことでもあった?」
「そんな風に見えますか?」
「ふふっ。なんだか顔つきが変わった気がしたから」
「特にそんなことはないですよ」
今はまだ。その言葉は出さず飲み込んだ。「そう?」と微笑むとそれ以降は聞かず、朝食を促される。
それにしてもなんだか前と同じような展開だったと席につきながら考えてしまった。
いつも嗜んでいるイワさんの料理は心境の変化なんか関係なしに美味だ。
すぐに食べ終えたところで昨日サボった分、依頼のためにギルドへと向かうことにした。
「行ってらっしゃい」
用意をし終えたところでイワさんから声をかけられた。
「イワさん……」
俺はこの機会にと一度イワさんと面と向かう。「どうしたの?」という表情を浮かべつつも視線はそらさなかった。
「いつも美味しい料理をありがとうございます。きっとイワさんがいなかったら俺
はこの世界でこんなに不自由なく暮らすことはできなかったと思います」
深々と頭を下げた。
「どうしたの、急に? 何か照れちゃうわね。でも、やっぱり何かあったみたいね。私は応援しているわよ」
顔を上げるとイワさんは恥ずかしさからかほおを朱色に染めつつも屈託のない笑顔で俺を覗いた。
「はい、きっとイワさんが応援してくれるなら何とかなりそうです」
同調するように笑顔を向け、家を出た。
出てからはいつも通りの道を進んでいく。街中を行き交うロボットも今ではもう見慣れた光景であり、なんの驚きもない。
市場に出るとまた誰かが、『決闘』をしている。通り魔の時は驚きだったが、一般のアニマテスがしている分にはこちらはなんの驚きもない。
横目で戦っているところを見ながらギルドまで歩き、中へと入る。
まだ朝だからかテーブルを囲んでいるアニマテス若干。ほとんどのアニマテスは俺と同じく、依頼に用があり、ボードを覗いていた。
俺も同じくボードへと目を向ける。
自分が思う条件の依頼を探していく。消去法で大半を消したところで数個のクエストの中でさらに吟味を行う。
これが妥当だろうな。
自分の今までの経験から辿っていき、一番良さそうな依頼を手に取った。
紙を受付へと持っていくといつも通りテルイさんが顔を見せる。
「依頼ね」
「はい、お願いします」
言葉とともに紙を差し出す。受け取ったテルイさんは書いてある内容を覗くと、眉を動かした。慌てて俺の方を向き、訝しげな目を向ける。
「本当にこれでいいのかしら? 私としては、あまりお勧めはできないけれど」
「問題はありません」
「そう? ショウくん、今レベルは幾つだったっけ?」
「17ですね」
「……やっぱりやめておいたほうがいいんじゃないかしら? この依頼推奨レベルは30なのよ」
「大丈夫です。もし、ダメだったらその時はその時です」
「何かあったの?」
「冒険したくなっただけですよ。今の自分がどこまでできるのか試したくなっただけです」
テルイさんは心配そうにこちらを見つめる。推奨レベルから大きく外れたレベルを持っている俺を止めるのは当然なのだろう。
「その気持ちは分かるわ。でも、そう言ってこの世界から消えたアニマテスたちは何人もいるわ。だから……」
ギルドの運営を任されているがために嫌でもそういう報告を受けているのだろう。人が死んでしまう悲しみはこの世界でも同じ。
だからテルイさんは決して危険な目に合わせず、順々と確実にレベルを上げていくことを望んでいるのだろう。
だが、それでは間に合わない。
「どうしたんだ?」
お互い引かずにその場に立っているとふと誰かの声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声だ。
「あ、シンくん」
振り向くと金髪姿の槍を携えた好青年が立っていた。シンという名前と重ねて燈と戦っていたアニマテスであることはわかった。
「ダメだぜ。ミカちゃんを困らせちゃ」
男は俺の肩に手を乗っけて呟く。馴れ馴れしいやつだ。
「ん、なんだこれ。森の『狼討伐』か。ああ、あいつらか」
「そうなの。ショウくんがそれを受けたいっていうんだけど、その推奨レベルを大幅に下回っているから止めたんだけど」
「へえー、お前のレベルってどれだけなの?」
「17」
「ぷっ。17で受けるとかどれだけ自分美化してるの。やめとけって。お前みたいな低レベルであいつらには勝てないよ。ミカちゃんが悲しむだけだ」
いやらしい口調で罵倒を続けられる。腹立たしいものであるが、正論であるためあまり返す言葉が見えてこないのも確かだ。
でも、こいつがここにきてくれて良かった。
「なあ、あんたのレベルは?」
「42だ」
レベル42。つまり、危険区域ギリギリいけるレベルってところか。それなら燈が戦っている相手の基準になりそうだ。
「テルイさん、俺がこいつに勝ったらこの依頼引き受けてもいいですか?」
「なんだ、お前。俺に勝つつもりでいるのか?」
「これしか前に進む方法がないんだ。なら、やるしかないだろ。お前を倒せば、実質はレベル42以上と同義だろ」
「なるほど。なら、推奨レベル30の狼を倒しても問題ないと。いいぜ、前に通り魔に負けて腹が立ってるんだ」
「それはお前が弱いからだろ」
「何っ! 17が調子に乗ってるんじゃねえぞ」
「それでいいですか、テルイさん」
俺は一度シンという男から目を離し、テルイさんに声をかける。テルイさんは一度悩む素ぶりを見せるが、「わかったわ」と同意してくれた。
本当なら誓約書をかわしたいところだが、さすがにそれは野暮だろう。
「テルイさんを悲しませたくなかったら本気でやれよ」
「17のくせに偉そうにしやがって」
シンの怒りを高めたところで俺は外へと出た。
17という悪口はやっぱり心にくるな。
****
外へ出て、いつも決闘が行われている市場へと出ていく。まさか自分がこの場にいるとは思いもしなかった。
最初に俺とシンで条件交換を行う。
「賭けるアイテムは適当でいいか?」
「いいや、せっかく決闘をやるんだ。俺にもメリットくらいくれよな」
シンは俺のアイテムの物色を始める。するとすぐに怪訝な表情を見せる。
「お前、本当に何も持っていないんだな」
「それは17だからな」
「くっ」と不満を漏らして物色を進める。と今度は俺の持っている木刀へと目を向けた。
「お前、まさかそれを使ってやるのか?」
「ああ」
「この刀はなんなんだよ」
シンはアイテムボックスに入った刀を指差していう。初期の時に携えていた刀だ。
「いや、使わない」
「俺を舐めているのか?」
そういうわけじゃない。人間相手に刃物を使うのは未だ憚れるから使わないだけだ。だが、個人の事情など話しても無意味だろう。
「ああ」
だからここは相手の怒りを高めるために肯定しておく。案の定、顔を紅潮させて、俺を睨んだ。わかりやすいタイプだ。
「なら、この刀をもらうぜ」
シンは賭け物を決めるとウィンドウを閉じた。俺も適当に『ジェム』を選択して、ウィンドウを閉じる。
どうやら、この決闘に負ければ前に進めなくなってしまうようだ。
互いに距離を離れ、最初の持ち場へと着く。
「両者構え」という合図でシンは先と同様槍を前へと突き出した。
対して、俺は何もせず、その場に立ち尽くす。
さて、ここまでしてシンはどう攻撃してくるだろうか。奴のことだ。きっと俺を八つ裂きにしなければ気が済まないだろう。
いいアイテムをもらえないとなれば、一番のメリットは相手をいたぶること。
血相を変え、こちらを覗くシンは燈と似て獲物を狩る猛獣のようだ。
今はさして奴の表情を伺う理由はない。なので俺はある一点を集中して覗く。
「はじめっ!」
ある程度の時間が経ち、言葉とともに電子音が流れる。
試合開始。
刹那に俺は抜刀し、木刀を掲げる。
対するシンは不意に目の前に現れて槍を後ろへ後退させる。
レベル差は25と大幅な差があるためどうしてもスピード勝負で勝つことはできない。
だからこそ俺が勝つためには相手の攻撃を予測してやられる前に先制をかますことのみ。
相手を挑発し、俺に対する怒りを込めさせるのも一種の作戦である。
これで敵が俺をいたぶらなければならない状態を作らせる。あとはその方法をどうするか。
燈とやったときは遠距離からの攻撃だった。それは、向こうも自分と同じステータスを持っていると察したからだろう。
ならば、俺の場合は。
この差ならば、一瞬で間合いを詰め、攻撃が何よりも確実だ。
だから俺が見るのは相手の足の動きだけでいい。
それにタイミングを合わせ抜刀。
あとは、
「ライトニングっ」
シンがその言葉を言う瞬間、思いっきり木刀を振り下ろす。
振り下ろされた木刀は槍が俺に当たるよりも早く、敵が技名を叫び終える前に頭部に直撃する。
当たってもなお勢いを止めることはしない。
相手を下に叩きつけるように木刀を押し出す。
シンは顔から地面に叩きつけられる。反動で地面に穴が開くとともに木刀が真ん中を境に砕け散った。
どうやら俺の方もかなり腹が立っていたようだ。まさか木刀が折れるなんて思っても見ていなかった。
シンは起き上がる気配を見せず、市場は閑散とする。
「勝者 ヒビキ・ショウ」
少し間を開けたところで機械からの声が響き渡った。それが起点になり、市場が盛り上がりを見せる。
「すげー!」「なんだあいつ」「あれで17レベルなんだろ」
俺を賛賞する言葉のオンパレード。恥ずかしさはあるものの悪い気はしなかった。
戦いを終えたところで、気絶していたシンの意識は戻っている。だが、その場から動くことはなかった。
「悪いが、俺の勝ちだ。あまり低レベルだからってなめないほうがいいぞ」
「……」
シンは黙ったきり、言葉を返す気配がなかった。
どうやら、ギルド内最強は自称のようだな。これが一番強かったらそれは燈だって敵を見失うのも無理はない。
「ショウくんっ」
しばらくその場にいるとテルイさんから声をかけられる。
「こんなに強いなんて思っても見なかったわ。さっきはあんなこと言ってごめんなさい」
「別になんとも思っていないですよ。テルイさんは心配して言ってくれたんですからむしろありがたいです。でも、これで依頼受けてもいいですか?」
「ええ。これなら自信を持ってショウくんを送れるわ」
「それは良かったです」
「じゃあ、受注するためにギルドに来てもらっていい?」
テルイさんの言葉に首を縦に振ると、俺たちは再びギルドへと戻った。




