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心の闇 2

場所:???


 今日はいつもより早く目覚めることができた。

 どうやら向こうで早めの時間に寝たのならば、こちらの世界では早いタイミングで目が覚めるようになっているようだ。


 やってみるもんだ。予想が当たったことで気分良く俺はベッドから起き上がった。


「おはよう、今日は随分と早かったわね」


 一階に下がると朝の支度をしていたイワさんから声をかけられる。結構早い時間からイワさんは用意を始めているのか。


「おはようございます。今日は少し用事があるのでもう出ていこうと思います」

「そうなの? だったら……」


 イワさんはそういうとキッチンの方へと足を運んでいった。

 少し時間が経つとこちらへと戻ってくる。手には紙で包まれた何かを持っていた。


「これ、朝食よ」

「わざわざありがとうございます」

「朝ごはんはしっかりとらないとね。エネルギー不足になってしまうから」

「これ中身はなんなんですか?」

「サンドウィッチよ。猪の肉を挟んでみたわ」


 猪の肉か。これまた、食べたことのない肉だ。小鬼に比べれば、そこまでの偏見はないが、それでも食べるのはためらわれるな。


「おいしくいただかせていただきますね」


 小鬼の肉が美味だったのだ。きっと猪の肉も美味に違いないという期待を抱いた。


「では、行ってきます」

「ええ、気をつけるのよ」


 そうして、俺は家を出ていった。目指す場所はただ一つ『燈の家』だ。

 今日はこのために朝早く家を出ることにした。燈が一体どこへ行き、何をするのかそれが見たかった。


 燈の家の近くまで来ると張り込みをするように知らない家を壁代わりにして様子を見る。最悪なのは、もう燈が出て行ってしまったこと、あるいは今日は家で待機するつもりでいること。


 長時間もここにいてはさすがに怪しまれるからな。

 と不安を抱きつつも様子を眺めているとそれを解消してくれるように家の扉が開く。


 フードはしておらず、燈の容顔をはっきりと捉えることができた。

 燈は淡々とある方角へ向けて歩き出す。そのタイミングを見計らって俺も歩き始めた。


 当然燈の家の前を通り過ぎる形になる。自然と目は彼女の家へといってしまっていた。


 家の構造は他の家と変わっていない。アニマテスもこういった家を買うことができるのだろうか。


 見ているとふと扉の前にカゴのようなものがあった。これは一体なんなのだろう?


 考えてみようと思ったが、思考はすぐに燈の方へと切り替わる。早く追いつかないと彼女を見失ってしまう。


 足の回転速度を早め、彼女の元へと向かっていった。

 今日向かう先は雪山のようだ。となると馬車に乗る必要がある。

 若干タイミングを狂わせたとしても同着の可能性が否めない。


 ならば、と思惑通り馬車を使った燈の様子を見て、ほどほどの時間が経ったタイミングで俺も場所を使って、雪山へと向かった。


 雪山に行くとなれば、十中八九『危険地域』に赴くはずだ。さすがに俺はまだその地域に行くことはできない。


 今日は本当に様子見程度だな。燈が危険区域に行って、帰って来る様子を見るだけになりそうだ。


 それにしても控えようとした雪山にこうして次の日に来るなんて思っても見なかった。


 馬車が停まったことで雪山到着の合図となる。

 降りると見知った光景が視界を捉えた。

 視線を遠くへ向けると一人の人影が見える。おそらく、燈だろう。


 先ほどまで流れた髪が見えなくなっている。どうやらフードをかぶり始めたようだ。


 燈の後を追うようにして俺も雪山へと入っていく。

 今回は前回とは違い、楽に進んでいける。


 俺の前を歩く燈が出て来る兎や馴鹿を倒して来るのだ。俺に負担がかかることはない。


 気配を消しつつ、目の前で交戦中の燈の様子を覗く。彼女はただ、淡々と兎や馴鹿を切っていった。


 親和流を使う様子は見られない。こいつらでは、練習相手にならないと見ているのだろう。


 戦いを終え、歩き出す燈。俺も同タイミングで歩き始める。

 彼女の元に向かう最中、先ほど戦っていた場所を通り過ぎる。無残な姿を見せている奴らに思わず吐き気を催す。


 木刀で戦っている俺には絶対に真似できないほどの惨状がそこにはあった。

 奴らとも決闘ができればどれほど楽なものだろうと思わされる。


 そうして、四、五度ほど同じ光景を見たところでようやく『危険区域』へとたどり着いた。何度も同じ光景を見ても吐き気がなくなるということはなかった。


 燈は恐れることなく、まっすぐに危険区域に入っていった。

 レベルは四十以上なのかバリアに遮られることなく、まるで透明人間にでもなったかのようにすり抜けていった。


 俺はその様子を見ると、バリアの前まで行く。

 一度手で触れて見るものの固い感触が手に流れる。同時に視界に『侵入不可』と出る。


 やっぱり、今日はここで終わりのようだな。

 そう思ったのも、束の間だった。

 不意にバリアを通してこちらに剣先が迫る。


 無意識に俺は首をひねる。剣先はそのまま何もない空間を伝って行った。

 視線を逸らすと剣先には何か携えてある。

 どうやら刀は抜かず、鞘のまま俺に攻撃してきたらしい。


 今度はバリアから人影がこちらへと迫って来る様子が見えた。

 フードを被って、容顔は見えないものの先ほどからずっとつけてきたわけだからさすがに誰かわかる。


「一体、何をしているんですか?」


 いつもとは違った口調だが、声音は俺の知っている彼女だった。


「特に何も」

「さっきから、私の後をつけてきた人ですよね」


 冷徹に言葉を発したが、全く効いている気配がない。どうやら、この世界とあちらの世界の彼女は未だ別のようだ。


「知ってたのか」

「はい。本当は泳がせておこうと思いましたけれど、こっちの空間に来なかったので、こちらから仕掛けさせてもらいました。待ち伏せされてやられるのは嫌なので」

「来なかったというよりは来れなかったに近いけどな」

「あなた、四十レベルに達していないんですか?」

「ああ、今はレベル十七」


 彼女は俺の言葉に閉口する。すると鞘を一度手元に持ってき、自身の腰部に携えた。


「レベル十七の人が私の後をつけてきたんですか?」

「その言い方、かなり悪意があるな」

「いえ、今まで人につけられたことはありましたが、さすがにそこまで低い人とはそうしたことはありませんでした」

「通り魔の後をつけるなんて正気の沙汰とは思えないが」

「きっと、私からレアなアイテムをもらおうと思った愚か者なんですよ。でも、今じゃそういう人たちはもういないのですが。おかげでこちらから仕掛けないといけないことになりました」


 ため息交じり、話す。俺は一度我に帰ると少しだけ心に安らぎを覚えた。


「どうしたんですか? 急に驚いた表情をして」


 俺の表情を見て、訝しげな目を向ける彼女。どうやら表情にも出てしまっていたらしい。


「いや、よく喋るなと思って」

「え、それは、話しかけられれば答えますよ」


 と言った彼女だが、一度俺から目を背け、何か考える様子を見せた。


「どうした?」

「いえ、ちょっとだけ訳が分からなくなっただけです。話しかけられれば話すと言いましたが、そうでもないかもしれないです。ここのところあまり人と話すことがあまりなかったですから」

「そっか」

「何かはわからないですが、あなたとは少しお話ししたいと思っただけです」


 この世界とあちらの世界の彼女は別。それでも、同じ魂を共有している限り少しは共通している部分があるのか。そうなると嬉しい限りだ。


「今日はここにきて、誰かと戦うことにしたのか?」

「はい。ってあまり、そういうことについては話したくないのですが」

「まあ、いいじゃねえか。レベル十七の雑魚何だから別に何もできやしない」

「そうですか。それもそうですね」


 何だろう。少しだけ傷ついた気がした。やはり、四十くらいは欲しいな。


「あなたの言った通りです。ここに来れば、ある程度の強い人たちと戦うことができるので」

「戦ってどうするんだ? 別にアイテムが欲しいって訳じゃないだろ。昨日の決闘だって、かけられたアイテムはいいものではなかった」

「見ていたのですね。そうですね。アイテムは欲しくありません。私が欲しいのは『強い』っていう称号だけです」

「何のために?」


 そう聞くと燈は力の抜けたような顔を見せた。どうやら本人にも自覚がないようだ。


「わかりません。ただ、強くなることで何かが変わるんだと信じているんです」

「その何かとは」

「……わかりません」


 かなり思い悩んでいるようで、顔はいつの間にか下を向いていた。なぜ、強くなるのか。この世界の彼女は今目標を見失っている。


 それは向こうの世界の燈も同じなのではないだろうか。燈は今自分がやっていることが正しいのかどうか模索しているに違いない。


「おっと、どうやら今日はかなりついているようだぜ」


 流れた沈黙に矢を指すようにして低い男の声がその場に響き渡った。

 彼女に当たっていた視線はいつの間にか声のする方に移行していた。その声は一度聞いたことのある声だったからだろう。


 見ると黒いフードを被った二人組の男達。まさかこのタイミングで出会ってしまうとはな。困ったものだ。


「あなた達はなんですか?」

「相手に聞く前にまずは自分からだろ。お前は通り魔だな?」

「そう呼ばれていると思います」

「そうか。俺たちは『スパイダー』と言う部署に所属しているものだ。今日は通り魔さんにお話があって来た。と言うよりは偶然鉢合わせたと言ったところか」

「私に、ですか?」

「ああ、ところで隣にいるお前はなんだ?」


 スパイダーと呼ばれる組織の男の一人が俺の方を見る。どうやら邪魔者らしい。


「しがないアニマテスだ」


 俺は何食わぬ顔でそう言った。男は言葉を聞くとともに俺の体を見渡す。いや、そっちの趣味はないんだけどな。


「木刀なんて、変な趣味しているやつだな」


 へっ!と嘲るような笑みを見せる。完全に舐められたらしい。でも、これはこれで安心だ。


「ほんとだ、あなた木刀なんて使ってるんですね。変わってる」


 今度は横にいる燈に嘲られた。こいつ、やっぱりこの世界の人間だわ。


「で、そのスパイダーとか言う人たちは私に何の用なんですか?」

「おっと、話が脱線しちゃったな。実は、お前に一ついい話を持って来てやったんだ」

「いい話?」

「そうだ」


 肯定し、俺の方を一度見る、だが、すぐに視線は燈へと注がれた。


「近々、うちらの組織は智桂の街に踏み込もうと思っている」

「街に踏み込むとは」

「つまりは国一つを支配しようってわけさ」


 テルイさんによる前情報で真っ黒と言っていたが、実際に聞くと鳥肌ものだ。


「国一つの支配ですか。興味のない話ですね」

「まあ、お前にとっては興味のない話だろうさ。でもな、もしお前がこの作戦に加入すれば、きっと『強い』奴と戦うことができる。それに条件として、ボスとの手合わせもつけてやっていい」


『強い』と言うワードに惹かれたのか燈は目に力を入れる。


「安い報酬でもなお、決闘することやめないお前が望んでいることだろ。より強い相手と戦って、自分の強さを証明する」


 事前に通り魔の情報は収集しているってわけか。それで燈を引くための餌を貼る。交渉の基本っていうやつだな。


 俺は燈の様子に目を凝らした。

 燈は手を握り、うつむいている。しっかり自分の中で吟味しているのだろう。


「期間は一週間、その時にここで結論を聞く。いい答えが出てくれることを期待しているぜ」


 ふふふと男達は笑う。


「あとそれと」


 すると男達は不意を突くような形で刀を俺へと突き刺して来た。

 反応しようと思ったが、刀に俺を仕留めようという意思がないことを瞬時に察知し、動くことはしなかった。


 わずかに頰を霞んでそのまままっすぐ伸びていく。頰から出た血が顎を伝い、地面に垂れる。


「お前には悪いがここで死んでもらう」


 男は不気味な笑みを浮かべつつ俺の方を覗いた。

 すると今度はその刀を突き出した男の顔面すれすれを刀が通過していった。

 笑みを浮かべていた男は一瞬にして頰を固めた。


「その人に手を出すのは許しません」


 刃先を辿ってみると燈が腰に携えていた刀を抜刀し、男へと向けている様子が見えた。


 鋭い眼光を見せている。


「おっと、お前とこの男の関係は?」

「……今会ったばかりの他人です」

「ほお、それなのに庇うのか」

「……」


 何を言うことなく、燈は男に視線を送り続けていた。


「そうかよ」


 男は刀を俺からゆっくりと離していく。様子を見ながら明かりも男と同じ動作をした。


「ならば、誓え!」


 今度は手を俺の方へと向けると手を上へと跳ねた。そのタイミングで目の前に一枚の紙が浮かび上がる。


「今の話、陰口はするな。それがこの誓約書に記された内容だ」

「そんなことができるのか?」

「決闘の時と仕組みは同じさ。ただ戦わないと言う点違いのな」

「別にいいさ。どのみち、陰口を言うことはない」


 俺は指で同意の欄にチェックを入れた。


「じゃあ、また一週間後。いい結論を待ってる」


 紙を消すと男は念を押すようにもう一度同じ言葉を繰り返して去っていった。


「ありがとうな」


 俺は頰から流れた血を拭き取ると共に燈に礼を言った。


「いえ、別に」


 燈はそっぽを向きながら答える。

 それにしても自分の血だと何も思わないんだな。

 一度、手に一日を見て見るが、やはり息切れや胸の高まりは感じなかった。


「それで、どうするつもりなんだ?」

「……」


 そっぽを向いたまま、俺の問いには答えない。

 かなり悩んでいるようだ。自分の欲望のために悪に転ずるのか、それとも正義を貫くのか。


 この場合、普通ならば拒否する道を選ぶ。きっと、彼女もそれが正しいとわかっているはずだ。


 できれば、俺が止めるべきなのだろう。

 ただ、俺にはできない。一度失敗した手前、誰かの気持ちに自分の簡単な、身勝手なことを言うのはそれ自体が悪につながってしまうことを知っている。


「……ごめんなさい。少し、頭を冷やして来ます」


 燈は顔をあわせることなく、そのまま後ろを振り向いた。どうやら、危険区域に行くようだ。


「最後に、一つ。かばってくれてありがとう」


 俺はそんな彼女に助言のようなことは何も言わず、ただ自分の思ったことを奴らと同じく念を押すように伝えた。


 言葉はうまく彼女に伝わったかわからないまま燈は危険区域へと入っていった。


 特にここからやることがなくなったため俺は雪山を出ることにした。

 それにしても、頭冷やすために危険区域に入るなんてさすがは通り魔だな。 


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