記憶転移 3
馬車を使い、智桂の街に帰ってきた。
最初に向かうのは、報酬をもらうためギルドだ。
ロボットの行き交う見慣れた街風景を淡々と進んでいく。
歩いていく中で、今日の出来事についてある程度頭で整理する。
雪山での依頼は控えたほうがいいかもしれない。兎はともかく、馴鹿に当たると倒すのに労力と時間の二つとも消費量が大きい。経験値がもらえないのだから倒すとしたら楽な方を選びたい。
それに、薬草も次はどこの位置にあるかわかったものでもなければ、今度は黒いフードの男達と鉢会いそうな気もする。あまりいいことはなさそうだ。
住宅街を超え、市場へと入っていく。
すると、人だかりができているのが見えた。何時ぞやの雰囲気を漂わせた人の集り方だ。
どうやらまた決闘をしているらしい。
人だかりを見ていると奥の方にテツさんの姿が見えた。最近、武器屋にはあまり行っていない。なので、久しぶりにテツさんに会いにいくために足を運んでいった。
「久しぶり。テツさん」
「っん。おお! ショウボウ。久しぶりじゃねえか。元気にしてたか?」
「おかげさまで」
俺は前に買った木刀の柄の部分を持って言った。
「それはよかった。にしてもよくそれで依頼を達成できるもんだ」
「今はまだ弱いやつしか倒していないから」
「今日はどこ行ってきたんだ?」
「雪山」
「雪山ってことは、馴鹿は出てこなかったか?」
「一応、三体ほどは」
「三体って、ほんとよくやるな、ショウボウは。カテゴリーCだぞ、やつは」
「カテゴリー?」
「強さの基準だ。最高がSで最低がE。Cクラスとなるとそうだな、だいたいプライベートレベル二十から三十が推奨だ。ショウボウの今のレベルは?」
「十七」
「まあ、一週間強だとそれくらいだろうな。それで木刀で三体も退治なんてかなりのもんだぜ」
「そう言われると照れるな」
最近、褒められることをあまり体験していないためか少し恥ずかしくなった。
「ただいまより、決闘を開始します」
すると電子音での声が耳へと入って来る。そのタイミングで俺は体をテツさんから人だかりが見ている方へと変えていった。
前には二人のアニマテスが並んでいる。
一方は、金髪ヘアと銀色の鎧が特徴的な青年だ。手には槍を持っている。
やつはギルドでよく見かける。ギルド内ではよく仲間とつるんで戯れている。その仲間のボス的存在なのか、態度がでかい。正直、俺としては関わりたくない人間だ。
もう一方は、フードをかぶっており、特徴を捉えることができなかった。わかるのは刀を携えていることくらい。ただ、フードをかぶっている時点で明らかに怪しい。今の俺としては先ほど黒いフードをかぶった男達を見ているのだから尚更だ。
「やっぱり、決闘が始まるのか」
「ああ、でもどうやらこの決闘はあまり穏やかではないようだぜ」
「決闘自体が穏やかではないからな」
「ふっ。言えてるな。でも、あのフードのやつ。あいつが突如ギルドに現れて、『一番強いやつと決闘がしたい』とか言ってきたらしい」
日本でいう『道場やぶり』的なものか。それは確かに穏やかとは程遠いものだな。
「そんで持って、あの特徴と来た。大体のやつは彼女が何か察したらしいぜ」
「誰なんだ?」
「あれを見てみろよ」
テツさんが指差したその先には、ウィンドウが表示されていた。
表示内容は名前と所属、そして賭けたものだ。
金髪の方は『シン』という名前と所属である『ギルド:智桂』。賭けたアイテムは『ジェム』と小鬼を倒せばすぐに入るものだ。
対して、フードの方。名前は『???』、所属は『無所属』、賭けたアイテムは『聖水』と見たことのないようなアイテムだった。
「これ、本当に決闘のやる気があるのか?」
もし決闘をするのならば、互いに同等のアイテムを賭けるのが定石なのだろう。なのに、フードの方は見知らないアイテムを金髪の方は見知ったアイテムを賭けている。とてもじゃないが、同等とは思えない。俺が知らないだけかもしれないが。
「おそらくな。フードのやつは最初から相手のアイテムになんて興味がないんだよ」
「アイテムに興味がないなんて、それじゃ決闘のやる意味が」
そのタイミングで俺の頭の中をここでの記憶が走っていった。フード姿のやつを一瞥した後、一つの結論が出る。
「通り魔、か」
「そう。ここ最近、ラジオでずっと流れている噂のな」
俺は通り魔の様子をずっと見てしまった。
興味が湧いた。実際にこの目で見て、こんな一方的不利な決闘内容で、やつが何を求めているのか。気になって仕方なかった。
「両者構え」の合図で金髪は槍を前に、対する通り魔は刀の柄の部分に手を添えた。
「はじめ!」
声とともに鳴り響く音で決闘が幕を開けた。
最初に動いたのは、金髪の方だ。槍を片手に素早く、間合いを詰め一突きをかます。
通り魔はその攻撃軌道をずらすようにして、抜刀。下からすくい上げるように槍先が上になるように綺麗に薙ぎ払う。
そして、旋回。相手の脇腹を狙うようにして刀を振るう。
だが、金髪の持つ武器は槍。手持ちの部分をうまく使って、刀の攻撃を受け止める。
初動作を見ただけで俺の鼓動がうねりを上げるのを感じた。
もし敵の持っているのが、槍でなければ今の段階で決着がついていてもおかしくはなかった。俺のような刀型のものならば、うまく柄を扱いきれない限り、脇腹をやられていた。
数々のアニマテスと戦っているだけあり、人間相手の動きには洗練されているものがある。
両者ともに攻撃を外したことで一度後退する。通り魔はそのタイミングで納刀をした。
再び、仕掛けたのは金髪の方だ。
繰り出す技もまた突き。と思ったが、通り魔の目の前で槍先は右へと走る。
槍全体が回転する形をとり、合わせて金髪も動いていく。
その場で一回転した槍は通り魔の脇腹へと攻撃を仕向ける。
刀を携えていない方へと攻撃することで攻撃の回避に若干のラグが生じる。加えて、目の前で軌道を変えていくことで相手を惑わせるのは回避までに至るのにもラグを生じさせる。
二重に仕組まれたことにより、攻撃の当たる確率はかなり高いものとなるだろう。
ただ、先ほどの攻撃を見ていれば通り魔がそんな小技に引っかかるわけはない。
右回りが自身を通り過ぎたタイミングで足を一歩前へ。
抜刀し、再度回ってくる槍の刃先に刀を添えることで、一瞬の間だけ動きを止める。
その間に前のめりになった胴体は刃の部分を超え、金髪へと向かう。
添えた刀を上へと向けて両手で握りしめる。そのまま勢いよく振り下ろしていった。
金髪の方は間一髪で避けるが、刀はわずかに銀色の鎧をかすめていった。
今度は両者の位置が反対になった状態で互いに構える。
「さすがは、例の通り魔だ。全くもって、攻撃が当たる気がしねえ」
金髪は戦いを楽しんでいるのか、傷を負っても、笑みを浮かべて通り魔の方を覗いた。
「あなたは……随分と拍子抜けでした。これでギルド内最強は反吐が出ますね」
「なにっ!」
笑みを漏らしていた金髪を通り魔の言葉が一掃する。上がっていた頰はいつの間にか垂れ、歯ぎしりしつつ通り魔の方を睨みつける。
「今までは、ウォーミングアップだ。勝負はここからだぞ」
見ると槍の刃先から稲妻のようなものが唸りを上げている様子が伺えた。
雷属性の技か。あれを習得するのは難しはずだ。確かに自分が強いという証拠にはなるかもしれないな。
金髪の様子に驚くこともなく、通り魔は再び納刀する。
構え直し、敵の様子を伺っている。フードが邪魔でここからは何も見えるわけではないが、しっかり見極めているのだろう。金髪がどう動き、どう仕掛けてくるのか。そして、自身はどうカウンターをするのか。
「食いやがれ! ライトニングスピアッ!」
金髪は三度、突きをかます。差し出された刃先から稲妻が通り魔へ向かって飛び出す。
最初は一つにまとまっていたが、たどり着く前に分散。囲むようにして、通り魔へと襲い掛かる。
三百六十度、全方位から襲い掛かる稲妻。通り魔に逃げ場はない。
ここから奴はどう回避していくか。俺を含め、全員が奴を見つめる。
きっと通り魔には俺たちの視線など気になっていないだろう。意識が注がれているのは稲妻と奥にいる金髪だけ。
しっかりと柄を握り、タイミングを待つ。
刃先が少し見えてくる。すぐに抜刀するための準備だ。
そして、抜刀。同時に、囲っていた稲妻が通り魔に襲いかかってくる。
ふと刃先から風が舞うのが見える。抜刀した刀は風をまといつつ、右からくる稲妻を一掃。そのまま、振り切ることで左の稲妻をも一掃していく。
そのまま、前へ。後ろからくる稲妻は切り開いた前の道をたどることで避けていく。
金髪は回避した通り魔の様子を見て、慌ててもう一発繰り出す。
だが、勢いづいた奴を止めることはできない。助走をつけつつ、迷うことなく前へと突き進んでいく。
分散した稲妻を、風をまとった刀が一閃することで解消。
通り魔の攻撃はまだ終わらない。
まとった風が市場全体を覆うようにして、舞う。バリアが張られているはずなのにこの威力はかなりのものだ。
風によりここにいる全員がまともに動けず、目を開くことができなかった。
俺は風の軌道に手を沿わせることで最低限の視界だけは得られるようにする。
動きを止められた金髪に通り魔は容赦なく間合いをつめる。
そして、勝負は決した。
「勝者、???」
電子音が鳴るとともに勝者の名前が挙がるが、名前にモザイクがかかるようになっており、奴の名前を知れることはなかった。
会場内全員が騒然とする。誰しもが決着する瞬間を見ることができず、気がつけば決闘は終わっていたのだから。
通り魔は納刀し、アイテムボックスを確認するためかウィンドウを開いた後、その場からこちらへとめがけて歩いてきた。
金髪の男は呆然とその場に座り込んでいる。心を失った様に唖然とした表情をして地面を眺めていた。
どうやら、最後の一閃。金髪は獲物を狩る猛獣のような雰囲気を感じたのだろう。あまり関わりたくないやつではあるが、かわいそうな気持ちにはなる。
自分ではどうにもならないとわかった瞬間の無力感は本当にどうしようもないものだからな。
俺は一度金髪に目を向けつつも近づいてくる通り魔に目を移行させた。
観衆は通り魔が近づいてくると自ずと道を開け始める。
俺も波に従うようにして道を開けた。
通り魔は開けられた道を進んでいく。淡々と、さっきの決闘なんてまるでなかったかのように。
刹那、フードから通り魔の目が見えた。その容姿は女性と思わしきものだった。
彼女は俺が見たのを察したのかふとこちらを覗く。
視線と視線が交差する。だが、それだけ。俺を通り過ぎた彼女はそのまま歩いていった。
鼓動が高鳴るのを感じる。脳ではわかっていた。だが、実際に見てみた時の理解はやはり衝撃的なものであった。
「それにしてもすごかったな。最後の決着、わけわからなかったぜ」
テツさんがそういうのが耳に聞こえる。何時ぞやのように聞こえているはずなのに応えることはできなかった。
「ごめん、テツさん。ちょっとだけ用事ができた。また、今度話をしよう」
俺はテツさんの言葉に応えることはできず、ただただ私用の件だけ伝えた後に、先ほど通り魔が行った方へと足を運んでいった。
気がつかれない程度に距離を開けながら、俺は通り魔の後をつける。
一体、彼女は今どこにいて何をしているのかそれが気になって仕方がなかった。
通り魔は淡々と歩くと住宅街の一戸に入っていった。
どうやら、通り魔も同じく智桂に住んでいるようだ。一度、辺りを見回して見るが、俺以外につけているものはいなかった。
何か恨みを買っているものがここを訪れてもおかしくはなさそうだが、通り魔のあの感じから何をしても無駄なのだろう。考えるのは杞憂だ。
もうこれ以上は詮索しようがない。
雪山での疲れが今来たのか、はたまた緊張がなくなったからかわからないが、その場で座り込んでしまう。
わかっていた。決闘が始まった瞬間に通り魔が使った技が『親和流』の型をしていたことで察しはついた。納刀からの抜刀を繰り返ししていたのは、彼女の中で練習をしているからだろうか。
そうして、察しがついたところで答え合わせをするように視線を混じり合わせ、容姿を見た。
なぜだろう? なんであいつまでこの世界にいるのか。
東雲 燈は俺と同じようにこの世界に降り立っていた。