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記憶転移 2

 雪山までは馬車を使うことにした。初めて乗る馬車の居心地は悪くないものだ。


 見える景色は走っている車のように次々と移り変わっていく。

 森を走っていると少しずつ地面が白くなっていくのを感じた。体感している温度も徐々に低くなっていく。


 ギルドを出る前にテルイさんに言われて買ったポンチョの形をした防寒具によって、寒さはあまり感じなかった。


「着きましたよ」


 一面が白くなるのと同時に、馬車は止まり、前にいた運転手が声をかけてくる。


「ありがとうございます」


 御礼とともに賃金を運転手に渡して、馬車を降りた。

 前方を見ると空高く聳え立つ山が見える。それが到着した証を示していた。視線を下へと徐々に下げていく。すると入口を示す大きな穴があった。


 行くべき場所を見つけたところで歩いていく。

 中へ入ると、少し暖かさを感じた。風通しがなくなったからだろうか。さらに奥へと進んで行く。道はいくつも分かれて降り、広大な空間になっていた。


 ケイジを唱え、マップを開いて全体の様子を確認してみる。とは言っても、今回は薬草収集することが任務であるためどこに行けば良いのかが全くわからない。


 とりあえず、先に進むしかない。自分が来た道を覚えながらも前へと進んでいく。そのうち他のアニマテスとも鉢会うかもしれないので、その時に聞くことにしよう。


 歩いて行くと気温は徐々に低下していった。先ほどの一瞬の暖かさは茶番のようなものだった。


 景色を覗くとつららのようなものが生えているのが見える。道理で寒いわけだ。


「ザクッ」


 不意に耳に雪をかき分ける音が聞こえた。それも音が二つ、三つとどんどん重なっていっている。


 警戒のため、木刀の柄を握りしめる。周りに意識を集中させ、不意を突かれるのはできる限り防いでおく。


 最初に気配を感じたのは、後方斜め右。木刀を抜刀し、勢いをつけつつも、その方向へ向けて一閃を放った。


 鈍い音と主に重い感覚が腕をたどる。こちらへと近づいて来たものは木刀に一掃されると遠くへと飛んでいった。


 俺を襲って来たそれに思わず、目を瞬かせる。

 それは長い耳を垂らしている。全身は白い毛で覆われて降り、愛くるしさを漂わせていた。ただ、俺の知っているものに比べ、大きさは二、三倍もあったので

一周回って怖いという思いもある。


 そんな『兎』型の怪物が俺の周りを囲むようにしてやってくる。

 とは言っても、先ほどの打撃を与えた兎は未だ倒れているため厄介さはなさそうだ。


 重量以外は大したことはない。

 両手で木刀を持ち、兎の攻撃に身構える。


 前後左右、様々な方向から奴らはやってくる。同時に攻撃してくることでどれか一つの攻撃を当てようという魂胆だろうか。


 左に意識を傾ける。こちらへ向かってくるやつを同じようにして、俺も兎へとかけていった。


 瞬時に木刀を見に寄せ、体重をかける勢いにして襲いくる兎を地面へと叩きつける。


 そのまま、旋回。一閃を放つことで右前後から来た奴らを一蹴した。

 動作はまだ続く。一度意識を逸らした後方からの攻撃を右に動くことでかわし、前へと出た兎をなぎ払った。


 さらに、木刀を掲げることで空高く舞い上がり、襲ってくるそれも叩き潰す。

 どうやら、動きは単調で小鬼とあまり大差のない強さのようだ。違いがあるとすれば、空間の違い。


 狭い洞窟と違って、雪山は空間が広い。囲まれるリスクはあるものの刀を振るには十分な空間だ。何も機を配る必要もないのはメリットと言える。


 小鬼を寄せ付けなかった俺が同じ強さの兎に負けるはずもなく、気がつけば全ての兎が倒れ込んでいた。


 もしかすると初心者アニマテスはこっちの方が手軽に倒せるかもしれないな。

 ひとまず決着はついた。ここにいるとまたいつ襲われるかわかったものじゃない。


 俺は薬草探しに、専念するために再び足を動かし始める。

 すると目の前にまた一体、敵が現れる。

 先ほどよりも図体はでかく、それは俺をも超えるほどである。


 長い耳は小さくまとまって降り、毛皮は茶色、おまけに角を生やしている。

 一般的に『馴鹿トナカイ』と呼ばれるような敵だった。

 単独で行動しているらしく、見当たるのはこの一体のみ。


 馴鹿は赤い目を光らせ、こちらを覗く。まるで獲物を狙うかのように前足を地面に振るっていた。


 こいつは小鬼や兎と一味違う。本能がそう告げているように感じた。剣道のように両手で木刀を前に構える。


 馴鹿が振るう前足を止める。これがきっと戦いの合図だ。

 前足の動きをやめたことで後ろ足へと意識が行ったのか、勢いをつけた馴鹿がこちらへと襲い掛かってくる。


 受け止めるか、避けるか。迫り来る時間はそう長くない。

 前者を選択。馴鹿の動きを見て最低限のダメージで受け止められるように態勢を練る。


 刹那、思考は全く違う方へと走った。

 転がるような形で右側にそれる。トナカイの体当たりはわずか左を駆け抜けていく。


 どうやら目の前に来たところで無意識のうちに後者を選んでしまったらしい。

 でも、切った風の勢いでわかる。あのまま受け切っていたら確実にダメージを負っていたに違いない。


 立ち上がり、もう一度構える。

 仕留めることができなかったことへの怒りか、再び地団駄を踏んだ。


 兎が小鬼と同じレベルであったため油断していた。確かにこれは小鬼を倒すことがオススメされるわけだ。こんな敵と鉢合わせたら一溜まりもないだろうな。


 でも、もう攻略法は見えた。

 構えつつ、再び馴鹿が動き出すその時を待つ。

 閑散とした雪山に聞こえる音は地団駄の音のみ。


 その音が、消えた。

 再び、迫り来る馴鹿。

 受け止めるか、避けるか。答えはその両方だ。


 目の前に来た馴鹿を右へと体を動かすことで避ける。態勢を崩さないギリギリを狙う。


 避けた瞬時、地を思いっきりけることでトナカイの後を追うようにして駆けていく。


 俺の行動に気づいた奴は一度、スピードを緩めると、旋回してこちらへと駆け抜ける。


 だが、遅い。

 近づくことによって、俺と馴鹿にできる距離はいたって短いものだった。これなら助走がつくのはわずか。応じて体当たりの威力は低いものとなる。


 ならば、と向かって来た馴鹿をはねのけるようにして、ツノに思いっきり、木刀を振るう。


 力負けした馴鹿は弾かれるようにして、後ろへと後退する。

 ここからは正攻法だ。


 地を二度蹴り、馴鹿の背へ跨ぐようにして飛ぶ。

 狙うは首元、素早い木刀の一閃が薙ぎ払われる。風のない空間に風がまった感覚が襲い来る。確かな衝撃と共に馴鹿は地に倒れていった。


 一息つき、様子を確認。どうやら完全に気絶してくれたようだ。

 これは依頼に苦労しそうだな。今回の場合は一匹だったからよかったものの二匹だったらと思うと胃が痛くなった。


 もし、刀だったら簡単に勝てていたかもしれないが、物がものだ。苦労するのも無理はない。


 この場所にいることに少し焦りを覚える。早く薬草を見つけないと雪山を抜けるのに苦労しそうだ。


 気がつけば、足は足早になっていた。


****


「ようやく見つけた」


 雪山の奥の方まで来るとようやく、依頼に記された薬草を見つけることができた。手で薬草を取り出し、アイテムボックスへと移行していく。


 ボックスを見ると記された薬草の数は『一』と記されていた。どうやら一掴み分で『一個』と記されるようだ。


 採取する薬草は計五つ。もう少し調べる必要がありそうだ。

 俺はさらに奥の方へと進んでいった。


 歩いていると、また薬草が視界に入る。採取し、アイテム数は『二』へと上昇する。


 この周辺に薬草が散りばめられていることは間違いないだろう。

 そう推察したところで周辺を回るようにして、隅の方を調べていく。


 それにしても変だ。

 探している最中、あることが気になった俺は一度顔を上げて辺りを見渡していった。


 特に何もない空間。人の気配どころか、兎や馴鹿の気配すら感じられない。

 ここに来るまではある程度、それらの類に遭遇してきた。団体のチームが狩っている姿も、兎の群れに囲まれたりも、馴鹿二体に遭遇するという最悪のケースにも当たった。


 それが今、まるで違う空間にでも行ったかの様に何もなくなった。

 この地帯には何か特別な力が宿っているのだろうか。


 となると、俺もあまり居たくはない空間ではあるな。周辺を覗いて薬草がないことを確認した俺はさらに奥へ進むことを決めた。


 下手に隙間なく探すよりは、歩いて視界に入った薬草を取るのが良い。

 そうして、三、四と薬草を見つけていく。残るはあと一つ。


 四つ目を見つけ、もう少し歩を進めると、遠くの方に探しているものの形をしたものが見えた。やはりこの方法は正解だったな。


 見つけたところ一直線に足を運んでいく。先ほどまで小さかったそれはだんだんと大きくなり、姿が鮮明になっていく。


 だが、それと同時に『違うもの』の存在が俺の目をくらませた。


「危険区域?」


 異質を放っていたそれに目を向け、思わず言葉に出してしまう。

 チェーンがかけられており、入れないようになっている。


 詳しく見ると『危険区域』と書かれた看板の上に説明文が記載されていた。

『この先、危険区域。必要プライベートレベル四十以上』


 必要レベルということは四十レベルにまで達しなければ入ることは許されないということだろうか。


 試しにチェーンをくぐり抜けようとして見るが、バリアが張られているように何もない空間が壁のように固かった。これはどうあがいても無理そうだ。


 俺の現在のレベルは十七。小鬼や兎は全て気絶させているため得られる経験値はゼロ。だから俺が手に入れられる経験値といえば、依頼達成の時にもらえるそれのみであるため当然のレベルだ。


 あと二十三レベルなんて、ここに来られるのは当分先の未来になりそうだ。


「あー、今日の収穫はゼロか」

「最近は、ここの出入りは少ないようだな」


 ふと、危険区域に目を向けているとそんなような声が聞こえてきた。目の前を見て見るが誰も居ない。


 でも、確かにここから声が聞こえた気がした。

 収穫はゼロとか言っていたため嫌な予感がし、一度物陰に隠れて様子を見ることにした。


 すると何もない空間から、二人のフードを被った男達が出て来るのが見えた。

 見る限り、危険区域のあのバリアはこの先の空間の偽造を映し出しているようだ。本当の危険区域を知るには四十レベルが必須らしいな。


 危険区域についての疑問と同時に出てきた男達の姿にも疑問が浮かんだ。

 フード被った男達。フードの色は黒色だった。


 ここに来る前にテルイさんに言われた言葉が頭に浮かび上がる。

 アニマテスに直接依頼をする黒いフードの男達。きっと彼らがそれなのだろう。


「これじゃあ、シジョウさんに合わせる言葉がねえな」

「作戦は一ヶ月後だっけ。それまでにある程度の戦力が必要って言ってたしな」

「ここも、もう潮時か。別の危険区域で探したほうがいいかもしれないな」

「とはいえ、通り魔はこの辺もうろついているんだろ。なら、さすがにあいつだけには話をつけたほうがいいんじゃねえか。かなりの戦力になるだろ」

「そうだな。となると、少し人員が欲しいところだな。一度シジョウさんに尋ねてみるか」


 彼らは俺の存在に気づくことはなく、互いに話をしながら出口の方へと向かっていった。


『シジョウ』という名前や『通り魔』、『作戦』と言ったワードに引っかかりを覚えるが、何をしようとしているのかはわからない。


 ただ、とてつもないほど悪い予感がするのだけは確かだ。

 とは言っても、俺にはどうすることもできない。


 俺は座ったところの地面近くに生えていた薬草を取る。これで目標の五つ目に達した。


 今の俺にできることは依頼を達成していくくらいしかない。

 ひとまず、物騒な雪山から出るために俺も出口に向けて歩いていった。


 出口までの間で再び、黒いフードの男達に会うことはなかった。


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