プロローグ
場所:???
地面に叩きつけられるような痛みで目を覚ました。
意識を取り戻すようにゆっくりと瞼を開いていく。
視界に入ったのは夜闇に光る満月だった。星は数えるほどしか光っておらず、全体としては薄暗く見える。
満月を見た影響か意識は鮮明になっていった。
そこで気づく。自分が寝転んでいる場所には草が茂っているということを。皮膚を掠めている草はこそばゆかった。
腹筋に力を入れる事で上半身を起こしていく。
辺りを見回すと木々に囲まれていた。どうやら、俺は森にいるようだ。
一体何が起こっているのか。
前の記憶を探ろうとしても全く思い出せない。急にこんな場所へと飛ばされたのか、はたまたここで眠ってしまっていたのか、甚だ疑問だ。
今度は足に力を入れる事で体全体を持ち上げていく。体は軽く感じられた。
金属音が耳に入ってくる。
同時に腰あたりに何かを携えている感覚に襲われた。
視線を下に落とし、感覚のある方を覗く。
俺は腰に携えたそれに目を丸くさせられた。
堂々とした振る舞いで俺の腰からかかとにかけて伸びている物体。
俺は一度、その『刀』の柄の部分を握った。
手に力を入れ、鞘から刀を抜いていく。
姿を見せた刃物は夜闇に光る満月に共鳴するように神々しく光り輝く。
本物だ。切れ味は抜群だろう。
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
俺が刀に目をやっているとそんな悲鳴が森中に響き渡った。
声により刀に奪われていた自我を取り戻し、刀を鞘へと納めた。
一度深呼吸をし、声のした方へ走り、探っていく。今もなお、叫び声は微弱ながらも耳に入ってくる。打ち消されないのはこの空間が静寂な証だろう。
悲鳴を頼りに俺はその方向へと走っていった。
走ることによって、声は徐々に大きくなってくる。
「助けて、助けて」と先ほどまでは音であったものが内容も聞こえてくるようになった。
悲鳴はさらに大きくなっていく。だが、あるところを境にピタッと途切れた。
同時に俺の目にある動物が映る。俺は反射的に、身を屈めた。
草木をうまく利用して、身を隠しつつ目の前の光景に目をやる。
視界に映ったのは無数に群がる『狼』だった。彼らは全員が一点に向けて群がっている。まるで何かを捕食しているように。
群がる先に一人の少女の姿が一瞬映った。
思わずその光景に呼吸が乱れる。
全身から血を流した少女が涙を浮かべながらも迫りくる狼に身を捧げていた。
きっとさっきまで悲鳴をあげて足掻いていた少女だ。だが、今はそれをやめてただ静かに奴らの餌になっていた。
とんでもないところに飛ばされたようだ。
手から伝わる草の感触はこの世界に自分が存在する証拠のようだった。
少女を食らった狼は群がるのをやめ、その場から離れていく。
残ったのは何もなかった。骨まで全て狼は食らっていったのだ。
獲物を食らった狼たちは次なる獲物を求めてか、辺りを見回り始める。
俺は乱れた呼吸を整えつつも、草木に身を隠し続ける。
ここで見つかれば、今度は俺があの少女と同じ結末を迎えることになる。
じっと耐えつつ、狼が退散するのを待つ。
ひたいから汗が垂れる。
狼はゆっくりではあるが、着実にその場から引き始めている。
どうやらうまく巻くことができたようだ。
「グルルルルウル……」
安堵したのも束の間だった。不意に後ろから聞こえる鳴き声。口の中で押し殺したような声だった。
身の危険を感じ、瞬時に後ろを向く。
すると先ほどの奴らと同じシルエットをしたものがこちらへと襲いかかってきていた。
すぐに身を横へと転がすことでかわしていく。
だが、かわした時に草木を切った音によって退散しかけていた狼たちに気づかれる。
結局、うまくはいかないようにできているらしい。
俺は地を蹴って、勢いよく逃げ出す。
普通に走る分には部が悪い。
だから木々をうまく使って、狼たちを巻くことにした。
とは言っても、ここは彼らの庭のようなものなのだろう。
狼は散らばってもなお、俺という獲物めがけてやってくる。
木々を抜け、広い場所に出た時には無数の狼に囲まれていた。
きっとさっきの少女もこの状況でやられてしまったんだろう。
歯ぎしりするとともにここからの行動パターンを整理する。
きっと逃げても逃げてもここにいる狼を巻くことなんてできるはずはない。
ならば、取れる方法はただ一つしかない。
乱れる呼吸は治ることを知らない。
俺は視線を彼らに向けつつ、片手を柄へと持っていった。
刹那、一匹の狼がこちらへとかけてくる。
それを見るとともに抜刀。襲いかかるそれに一太刀浴びせた。
急所をつくことによって、次の動作を許さず、一撃で仕留めていく。
するとそれ見よがしに次々と俺を囲った狼たちが襲いかかってくる。
俺は襲いくる彼らの早い順から次々に太刀を浴びせていく。正確に急所を狙うことで最短で敵を仕留めていった。一匹目と同じく攻撃を食らった狼の動く気配はなかった。
無我夢中だった。奴らを見ただけで急所の位置がわかるほどには敵を排除することに集中していたと思う。
気付いた時には残された狼たちは俺から退くように木々に消えていった。
俺の目を見ると恐れているような足取りで走っていった。
全ての狼がいなくなったところでふと我に帰る。
手を見ると奴らの血がべっとりとついていた。
同時に、刀を見ると刃先にもしっかりとそれはついている。
頭の中を駆け巡る忌まわしき映像。それが脳を侵食し、頭痛に見舞われる。
奴らが退き、安堵しているはずなのに呼吸は乱れてしまった。
そのまま意識は遠のき、俺はその場に倒れていった。