聖夜に紡がれた物語。〜3つの短い番外編〜
クリスマスに贈る3つの番外編の物語。
「シナモンカプチーノ」
「アナタの心に雨が降ったなら。」
「新月の夜に会いましょう!~カナディス大陸放送部~」
こちらの3作品に登場するキャラクターのお話になっています。
本編を読むとさらに楽しめます。
【特別なプレゼント】〜シナモンカプチーノより〜
二年前のクリスマス。
紀村真治は「役者」として再起を果たした舞台を終えたあと、陰ながら支えになってくれた歳上の女性、沢渡ミスズに想いを告げた。
真治もミスズも、癒されぬ過去を抱えたまま生きてきた。
二人の邂逅は、孤独に凍っていた心をゆっくりと溶かし、やがて穏やかな温もりを生みだしていく。
『ミスズさん、もう独りで泣かないでね……』
真治はミスズを守っていこうと、心に強く誓いをたてた。
一年前のクリスマス。
真治はミスズと一緒にイルミネーションを見に出掛けた。
実はこのクリスマスの少し前、ミスズは真治に別れを告げたことがあった。
真治がかつて付き合っていた女性、橘さゆりの、真治に対する未練を知ったミスズは身を引こうとしたのだ。
去っていくミスズの背中を見たとき、真治の身体に震えるような痛みが走った。
――これはミスズが感じている孤独の痛みだ!
同じものを抱えている真治だからこそ、ミスズの痛みが手に取るようにわかる。
だから真っ直ぐに腕を伸ばして、絶対に離すまいとミスズの身体を強く抱き寄せ「さゆりの所へは行かない」と、はっきり告げた。
――俺たちは片方だけじゃ駄目なんだ。
――二人で幸せにならないと……!
真治は改めて決意する。
クリスマスの煌めくイルミネーションの輝きに見惚れるミスズの姿が、胸を締めつけた。愛しくて、白く吐く呼吸までも一緒に、この腕のなかに閉じ込めてしまいたいと思った。
そして、今年のクリスマス……。
この日、真治はドラマの撮影で地方にきていた。
昨年の『鍵をなくした妖精』の舞台に続き、春から連続ドラマの出演もあったことで、少しずつ役者として衆目を集めるようになってきた。
燻っていた時期が嘘のように忙しい毎日。
おかげで最近、ミスズと顔を合わせる時間が極端に減ってしまった。
今日も地方で、このまま泊まりの予定になっている。
「ミスズさん、仕事終わった?」
『お疲れ様、真治くん。さっき仕事が終わって帰宅途中よ……』
「そうみたいだね。クリスマスソングが聴こえてくるから」
撮影が終わると真治はミスズに電話をかけた。
スピーカーの向こうから、ミスズの柔らかな声音と、賑やかな音楽が入り混じって聴こえてくる。
同じ日本だというのに、真治の今いる場所とは正反対だ。
クリスマスツリーや、電飾のひとつも見当たらない静かな田舎町。
『真治くんはどこにいるの?』
「俺は、撮影が終わって街を散策……っていっても、田舎町だから何もないし、寒いし、それに暗いしさ」
『そうだったの……撮影はどう? 順調?』
「うん。ちゃんとやってるよ。正直、まだまだだなって思うこともあるけど。でも……ずっと俺の「夢」だったから、こうしていられるのが奇跡みたいだっていつも思ってる」
『頑張ってるのね。ドラマ……楽みにしてるわね……』
スピーカーの向こうの喧騒が遠ざかっていく。
かわりにとミスズの息遣いがくっきりと浮かび上がるように、真治の耳に届いた。
「ねえ、ミスズさん」
『なに?』
「次、いつ会えるか分からない……」
『仕事だもの。あ、もしかしたら次に会うのは年明けになったりして……。ふふ、一年てあっという間ね……』
「それ、冗談じゃなくて現実になりそうで怖いんだけど」
『――大丈夫よ。気にしなくても』
ミスズの声は明るい。
だから余計に真治は心配になる。
また独りきりで、何かを思い、泣いたりしてないだろうか。
「ミスズさん、ごめん――」
『大丈夫よ真治くん、私達はもっと深い寂しさを知ってるもの。だから大丈夫よ』
「……うん」
ミスズの「大丈夫」に励まされる。
いつも真治の背中を押してくれる。
守りたいはずの人に、いつも力をわけてもらっている。
だから真治は突き動かされるように、「今」だと決めた。
「本当は次に会えたらって思ってたんだけど」
『え?』
「ミスズさん、俺のアパートの鍵、持ってるよね?」
『ええ、あるわよ』
「受け取って欲しいものがあるんだ。直接渡したかったけど気が変わった……。俺の部屋のデスクの上にあるから」
『え? ……もしかしてクリスマスプレゼントとか?』
「今日だと、そういう事になるのか――」
それはそれで良かったかもしれない、真治は思う。
――だって特別なものだから。
そこには真治の想いが込められている。
今のこの瞬間も、来年も、十年後もこの気持ちは変わらないと思うから。
一時間後、涙声のミスズが電話をかけてきた。
真治が用意していたのは「婚姻届」と「指輪」。
二年前のクリスマスの時、ミスズに言った台詞を、真治はもう一度口にする。
これが変わらない真治の想い。
「ミスズさん、ずっと一緒に歩いていこう……」
はい……と、躊躇いのないミスズの返事がして、真治は微笑んだ。
【男同士の会話】〜アナタの心に雨が降ったなら。より〜
保志龍樹の今年のクリスマスは賑やかだ。
まず結婚したことが大きい。
クリスマスなんて霞んでしまうくらい、龍樹のなかで大きな人生の節目になった。
相手は同級生の都築ハルカ。
彼女との出会いがあったことで、龍樹は「作家」という夢を見つけた。そしてその夢をかなえるまでに至った。
幼いあの日から、今も、龍樹はハルカのことを思って物語を綴る。
――それは誰かを救う物語だ。
龍樹とハルカの想いが通じ合った日から、結婚までそう時間はかからなかった。
二人での暮らしが始まり、やってきた最初のクリスマス。
どこにも出掛けず、自宅でゆっくりしようと話していたところに、クリスマスパーティーのお誘いがきた。
「忘年会兼クリスマスパーティーをするから、来てくださいね!」
そう誘ってきたのは、谷地川渉。
ハルカの母親の知人で、センスの良いバーの店主でもある。
断る理由もないからと、龍樹とハルカは揃ってパーティーに参加することにした。
「宙」という名の渉の店には、渉の親しい人たちが集まっているようだった。
なかには芸能人もいる。
龍樹……作家「星樹」として日ごろからお世話になっている出版社の編集、深山アカリの姿もあった。
「ハルカちゃん、久しぶりね!」
「わあ、アカリさん! 結婚式のときは有難うございました!」
深山アカリが、ハルカに駆け寄ってぎゅっと抱きしめる。
ちなみにアカリは、この店の常連になっていた。
そのまま女性同士の世間話が展開されていったため、龍樹はとりあえずカウンターで飲み物をもらうことにした。
「星樹さん、いらっしゃい!」
「渉さん、お招きありがとうございます。今年はいろいろとお世話になりました」
龍樹が頭を下げると「こちらこそ!」と、渉は破顔する。
相変わらず、渉はかっこいい……。
こんなに金髪が似合う日本男性はいるだろうか、と龍樹は心の中で思う。
あっちが女性同士の会話なら、こっちは男同士の語り……。
「あのさ……なんだか照れくさくて今までいえなかったんだけどさ……」
「なんですか?」
もじもじしながら、渉が小さく漏らした内容に龍樹は驚いて声を上げる。
「ええっ⁉ ――深山さんと付き合ってるっ⁉」
「しーっ! 声が大きいって!」
口をふさがれたところで、離れた場所からハルカが驚いた様子で「渉さんと⁉ いつからですか⁉」と問い詰める声が聞こえてきた。
どうやら向こうでも、同じ話題になったのだろう。
いつも堂々と仕事を采配しているアカリが頬を赤らめて、ハルカに何かを語っている姿は新鮮だ。
「ま……喧嘩もよくするんだけどな……」
「あはは。深山さん怒るとこわいですよ」
「知ってる……ハルカちゃんだって、怒るとこわいだろ?」
「ええ。まあ……否定はしません」
「だろ。――女って怖えよ」
「……否定は……しません……」
苦笑いをしながら、グラスをかちんと合わせ乾杯をする。
渉の指にアカリと同じ指輪が輝いているのを見つける。
どうか二人が幸せになりますように……そう心で願いながら、龍樹はゆっくりとグラスを傾けた。
【未来もずっときみのそばに】〜新月の夜に会いましょう!〜カナディス大陸放送部〜より〜
――いつからだろう。ずっと「何か」を探している。
ジューダはその「何か」を突きとめるため、未知なるものに向き合うようになる。
幼いころ、偶然、航路をわたりやってきた商人から、ゴシュナウト大陸で流行しているという小さな人型の玩具をもらった。
その玩具は、ある箇所の突起部分を押すと、ひとりでに歩き出し、さらに言葉も喋った。
その技術にジューダは幼心に衝撃を受けた。
このカナディス大陸は精霊に愛され、魔術の力が人々の営みに深くかかわっている。
けれど遠く離れた大陸には、魔術だけでなく「科学」というものがあることを知った。
――自分の知らない世界。まだ解明されていない世界の真実。
それを解き明かしていけば、いずれ「探していたものはこれだった」のだと、心の隙間が埋められるような気がしていた。
ノルカディア王国第三王子のジューダは「引きこもり王子」と言われている。
それは科学の研究に日夜、勤しんでいたからだ。
そして時は過ぎる――
「ジューダいる? いるよね? ――あけて」
「――うるさい。俺は忙しい」
部屋を訪ねてきたグランヴェル王国第一王子エルドルに向かって、ジューダは扉越しに一言投げると、ついでに鍵もしっかりとかける。
「ひ、ひどいよ。ジューダ……」
しょぼくれるエルドルの姿が容易に想像できたが、ジューダの今の最優先事項はゴシュナウト大陸から持ち帰ったあらゆる文献を読み解くことだった。
最新の「科学書」だと思った書物のなかに、エルドルを支配した「闇」についてのことや、遥か太古、天変地異に襲われ真っ二つに割れた大陸の歴史についても言及されていた。
過去世の記憶をもつジューダにとって、この内容はただの興味で済まされるものではない。
かつてジューダの魂は、レノアという一国の王女として存在していた。
そしてレノアの婚約者だったのがエルファイス。
エルファイスの魂は、今、エルドルに継がれている。
――すべての因果が時を経て蘇った……。
そしてその縺れあった因果が無事に解決したとき、エルドルは「闇」から解放され、ジューダは完全に過去世の記憶を取り戻した。
大陸最強とまで謳われたエルドルは、魔力を失い、今はただの一国の王子として生きている。
そしてジューダは、自国に帰らずエルドルのそばに留まり続けていた。
――ずっと探していた「何か」とはきっと、エルドルのことだったんだろう。
初めてジューダが「放送」でエルドルの声を聴いたときから予感はあった。
遠く離れた異国の地にいる会ったこともない王子に、「会いに行かなければ」と駆り立てられたのだ。
――魂の記憶。
エルドルとジューダは、性格も食べ物の好みも、生活の仕方だって違うのに、なぜか惹かれあった。それはきっと魂がお互いを覚えていたからに違いない。
親友……という言葉は二人の関係には当てはまらない。
『運命の相手』
それが、エルドルとジューダの関係だった。
「悪いな。エルドル……」
ジューダは追い返したエルドルに対して謝罪の言葉を口にすると、ふたたび書斎で読書に励んだ。
――もう、時間はないんだ。
焦りがジューダを駆り立てる。
エルドルはグランヴェル国の第一王子で、王位継承権をもち、いずれ国王になるだろう。
それに年頃だからと婚約の話を持ち上がっている。
一方でジューダは、誰からも期待されない第三王子。自国のためになる結婚を強要される前に、グランヴェル国にやってきてエルドルを親交を深めたことで、なんとなく自由にさせてもらっている。
そしてこれからも、自由に科学に没頭した日々を送って生きたいと考えている。
いつまでもエルドルのそばに居続けるのも、彼のためにならない。男色だとか変な噂が立つまえに、ジューダは去ろうと思っている。
「だから、最後にエルドルのために出来る事を俺はやるんだ……」
そう決意して、蝋燭のあかりのしたで書物に目を通していると、ドシンッとか、ガッシャーンとか、派手に何かが壊れる音が聞こえてきた。
さらには、エルドルの「助けてー」という悲鳴の声まで響いていくる。
「――なにがあった!」
ジューダが駆けつけると、大きな植木鉢の下敷きになったエルドルが涙目でこちらを見る。
「怪我はないか!? どうしてこんなことに……」
慌てて倒れた植木鉢を転がしながら移動させ、エルドルを助ける。
辺りには色とりどりの硝子球が転がっていた。
「ジューダ助かったよ。じつは聖夜祭の飾りをつけていたら、何故かこんなことになってしまって……」
「聖夜祭? なんだそれ……だいたい飾りつけなんて侍女にでも頼めばいいだろう!」
「ひどいジューダ、約束を忘れてしまったの?」
「約束……なんか……、したか?」
ジューダは逡巡する。
記憶をさかのぼってみるが、それらしいことが思い当たらない。
ふと視線をずらした先で、硝子球の割れた破片が放った光に頭がくらりとする。
――ああ、これはレノアがした約束だったのか……。
レノアは身体が弱く、ベッドで過ごす日々が多かった。
冬になると特に一歩も外に出れなくなる。
街では「聖夜祭」という庶民が中心の祭りが二日間にわたり行われていて、レノアはいつか見てみたいと思っていた。
街中の建物や、木に硝子球で飾り付けする。夜になると月の明かりが反射して美しいという。
しかしそれは叶えられない夢だと思っていたのだ。
エルファイスがくるまでは……
『来年も再来年も、一緒に聖夜祭を過ごそう――』
そう言ってエルファイスは、レノアの寝室に豪華に飾りつけを施したのだ。
「……思い出した……」
「本当? 嬉しいなっ……」
さっきまで泣きそうな顔をしていたエルドルが、きらきらした笑顔をジューダに向けてくる。
「今年も来年も、この先もずっと、一緒に聖夜祭を楽しもうね」
「――いや、ずっとは普通に無理だろ」
ジューダは当たり前のことを口にした。
なのにエルドルは真っ青な表情で縋りついてくる。
いつから、こんなに女々しい王子になったのだろう。
大陸中の美女たちが一度でいいから抱きしめられたいと憧れる王子が、冴えないジューダを前に、鼻を赤くして泣いているなんて……。
「おい! 離れろ! ったく……俺はずっとお前のそばにいられるわけないだろう」
「わたしは、ジューダのそばを離れたくない」
「諦めろ。おまえは大国の王になるんだろ。そして俺は引きこもりに戻る。もう過去の続きは終わったんだ。だからこれからを生きるんだ――」
「本当に、本当に、ジューダは心からそう思っているの?」
「それは……」
仕方ないことだろ、そう漏らせば、エルドルはやっとジューダから身体を離した。
「ジューダ。わたしはね、王位継承権を放棄した」
「――はっ!?」
「王位は、妹のコルネリアに譲ることにした」
「うそだろ……」
「本当。コルネリアはああ見えて、なかなか賢いし、良い女王になると思う……」
あいた口が塞がらないというのは、こういう事を指すのだろうか。
ジューダは、まじまじとエルドルを見る。
嘘をついていなことだけは分かった。
「ねえジューダ。わたしはずっと考えていたんだ」
「なにを?」
「どうして、わたしは大国の王子に生まれてきたんだろうって……」
「…………」
「きっと、君に会うためだったんだと思う。グランヴェル国に生まれてなかったら、王子じゃなかったらきっと「放送部」はしていなかった。「放送部」をしていなかったら、君に声は届かなかっただろう」
「エルドル……」
ジューダははじめて聴いたエルドルの声を思い出す。
一人きり、暗い部屋の中で聴こえたエルドルの声はとても優しくて、ジューダの冷めた心を包んでくれた。
「だからジューダ。わたしは君と共にいるために、枷になるものは全部捨てることにしたんだ」
「……馬鹿だろ」
「言われると思った」
「勝手にひとりで決めるなよ」
「だって、わたしの心はもう決まっていたから――」
エルドルが微笑んで、そっと小さな箱を取り出す。
蓋をあけると、なかに入っている水晶がうっすらと光を放っていた。
これは音声を再生するための装置。
そろそろ放送の時刻だったことを思い出す。
『皆様こんばんは! 新月の夜、いかがお過ごしでしょうか? カナディス大陸放送部の音声担当リルファーナ・ルナディアと、』
『構成担当のテンマ・シーヴォと、もうすぐ僕のお父さんになる、』
『お父さんはよせ。ごほん……ランティス・ソワール・フォンセ・リステリアだ。今夜もよろしく頼む……』
相変わらずな三人の声が響いてきた。
そして「精霊の巫女」の生まれ変わりである、リルファーナが歌を届ける。
――遥か太古にうまれた、今は誰も知らない歌。
いや、少なくともエルドルとジューダは知っている。
「これは、祝福の祈りがこめられた歌だな」
「そうだね。まるで、わたしたちの未来を願ってくれてるような歌だね」
――聖夜。
約束の夜に、運命の二人を包んでいったのは、精霊たちの祝福だった。
読んで頂き有難うございました。
クリスマスだ!と思って、書きなぐったのでおかしいところもあると思います。
少しでも楽しんでいただけたら作者冥利につきます。