■ 04 … 003
ケンイチの死因は、固有能力の暴走だという。
彼の固有能力は玉石金剛。『物』の硬度を自在に操るというもの。たとえば木の枝にダイヤモンドを粉々にできる硬度を与えたり、あるいは石材を豆腐ほどに変えたり……魔法じみた固有能力だ。
そんな魔法のような異能が、彼自身の身体に牙を向いた。
能力の暴走……
ケンイチの死を目撃したというふたりの言葉を疑う気にはならなかった。
……なんて皮肉だろう。
超常現象行使者などという怪獣になった僕らは無人島での生活を余儀なくされた。悔しいし、悲しいことだが、わからない話ではない。たとえばケンイチの玉石金剛にしたって硬度を自在に操るという能力はどうだ、社会の中で悪用する方法を考えると、ほとんど無限に思い浮かぶような気がした。
異能によって恐怖され隔離された僕らは、その異能の暴走によって死ぬ可能性がある――それを皮肉と言わずして、なんと言えばいいのか。
「きっと……」
佐伯フユは震える声で言う。
「きっとビビちゃんも同じだったんじゃないかな……」
未だ死因のわからない五十嵐ビビの死。彼女の死が『暴走』の結果なのだとしたら、僕たちは互いを警戒し合う必要なんてどこにもない。佐伯フユと黛チカシはかけがえのない仲間の非業の最期を以って、そんなおぼろげな希望を抱くに至ったのだ。〈行使者〉は能力を暴走させて死に至る可能性がある。そのことを教訓として学ぶことこそが、幼い仲間へのせめてもの供養になると……
「……、……」
ひとつの、思いつきが生まれた。
フユたちの知らない事実……スグヤとテンマの死のことだ。彼らの落命もまたケンイチと同じように、能力の暴走が原因なんじゃないだろうか? 仲間たちの死というあまりに冷たい現実に変わりはないが、暴走という事故が原因となったと言うならまだ救いがある。
誰の手も、血で汚れていないってことだから。
「……、……!」
思いつきは天啓のような連想をもたらす。
今ガトリング砲を使って暴れまわっている倉見モカを止められたなら……僕らは仲間を手に掛けるような展開を避けられるかもしれない。そして生きてる全員で顔を合わせて、固有能力の暴走に対する対処法を探ることができるかもしれない……
半透明のビビの亡霊は、その救いの可能性を示したかったんじゃないか。
僕は横目で彼女を見る。相変わらず何も言おうとしてこない。さながら目覚まし時計みたく定められた時が廻りくるまでは沈黙を保つ気なのだ……ビビの亡霊が沈黙しているってことは、僕の想像は違っているのだろうか?
……たとえ違っていたとしても、救える可能性に間違いはないはずだ。僕は半透明の亡霊から視線を逸らす。
「……フユ、チカシ。聞いてほしいことがある」
ふたりに向けて、学校で倉見モカに襲われたこと、僕の言霊使い師のこと、それによって知った音城スグヤと小岩井テンマの死のことを話す。
ふたりは青ざめた顔を見合わせる。口を開いたのはチカシだった。
「スグヤとテンマまで、死んだって……事実なのか?」
僕はそれに頷く。
フユは両手で顔を覆う。
チカシは「マジかよ……」と深い息を吐いた。
慎重な三人組、とりわけスグヤとテンマの存在は十六人の精神的主柱という一面があった。無人島に隔離された僕らが異なる考えを抱いたグループに別れても、対立にまで発展しなかった理由はひとえに中立を謳うスグヤたちの人徳の影響も大きかった。今だって、もしも彼らが存命なら、能力の暴走という事実に対しても、もっと冷静に考えるゆとりがあったはず……喪ってしまった事実はあまりに大きい。
「……でも、僕らは生きてる」僕はふたりに向けて言う。「スグヤとテンマと行動を共にしてた倉見モカも、今はまだ……まだ、何もしていない」
「アスク、君は襲われたって……」
チカシの視線は僕の左腕を見た。
「ほんのかすり傷だよ……ナユタが抑えてくれてる間に、取り返しがつかなくなる前に、モカを止めたい。……僕らの手で」
ふたりは困惑した表情で僕を見る。
「……他の島の〈行使者〉を頼ったりは? 嫌だけど、政府とかも……」
フユの問いに僕は首を振る。
「だって倉見モカだって、僕たちの仲間だ」
超常現象行使者などという怪獣になった僕ら。政府の手引きによって引き合わされた他人同士だった十六人。けど、とっくにほだされてる。異なる考えを持つため意見を違えることはあっても、手を携える隣人として互いに認め合うことができている。だからこそ五十嵐ビビ、音城スグヤに小岩井テンマ、そして日向ケンイチの死を悼み、倉見モカの乱心に心を痛めている。度を越えた感傷は何も生まないけれど、今はまだその段階にはないはずだ……もし島の外の人間を迎えたらこれを安っぽい感傷と切って捨てて、そして倉見モカの身など顧みないかもしれない。頼ることは、避けたかった。
「氷化粧」
先に口を開いたのは佐伯フユだった。彼女は懐から水筒を取り出し、蓋を開いて傾ける。中から透明の水がこぼれ落ちる。それが土に届く前に、
「物を凍らせる能力だよ。生き物なんかはちょっと無理だけど……冷やしたりはできるよ」
水筒から零れた水は、またたく間に氷柱に変わっていた。
フユはそれを水に戻す。パシャリ、と土を濡らした。
「……こんな私でよければ、頭数に入れていいよ。ひとくち乗った」
そう言って、笑う。
その瞳からは困惑は抜け落ち、仲間を思う意思の光が宿っていた。
黛チカシがため息を吐いた。
「ったく、もう。……八咫烏の焔羽根」
チカシは自分の目の前で手のひらを開くと、そこに焔の球が生まれる。
「炎を自在に操る能力――だったら良かったんだけどな。俺のこれは嘘っぱちなんよ」
言って、片方の手をその焔にかざす。炎がチカシの手に絡みつく。
目を覆いたくなるような光景。だけど――
「これ、熱くないんだ。温度のない火を自在に作る能力――それが俺の能力の正体」
そう言うと、彼は両手と両足を開く。大の字だ。身体を覆うように炎が燃え盛る。ここまで熱さが伝わってきそうな、そんな勢い。なのに……あぁ確かに、常温だ……
常温の炎を前にした僕は、思わず口を開く。
「なにそれ使えねぇ」
身体を覆う炎を消したチカシは、ぐ、と苦虫を噛み潰したような表情を作る。
「なんてこと言うんだ……炎の拳で殴るぞ!」
「でもヒートしてないんだろその炎の拳、物理的に痛いだけで」
「してないけど……!」
むしろ、とフユが口を開く。
「ちぃ君は手のひらが冷たいよ、やさしい人の証拠」
「ひんやりした炎の拳とか、逆に殴られてみたいとも思うわ」
「こ、コケにしやがってチクショー! だから俺はスグヤのあの『能力明かさない提案』を支持したんだ! 俺だって回鍋肉とか炒められるくらい熱い炎を作りたいわ!」
「中華料理を炒める高温くらいでいいのか……」
「慎ましいのが、うちのちぃ君の良いところなの」
「母親みたいな言い方すんな! おまえは俺のカーチャンか!」
「私の子供だったら、きっともっと熱いよ、元プロテニスプレイヤークラスに熱い」
「もっと熱くなれよ俺の拳イイィィィィ!!」
「フユ、ちなみにその子の手のひらは?」
「冬場に助かるほど暖かい」
「チッキショー!」
散々な物言い。誰からともなく笑い出す。
それはまるで、五十嵐ビビの死を見つける前みたいな笑い声だった。……笑う声が少なかったことが、ひどく物悲しかったけれど……心は決まった。
笑いが収まった頃、僕らは視線を交わし合う。
「仲間が仲間を手に掛けるより早く……それを止める方法を探そう」
「うん……ケンちゃんや、スグ君、テン君のためにも……がんばるよ!」
「付き合ってやろうじゃん。どうせ役に立たない能力だけどな」
頷き合ってから、僕はそっと横目で半透明の亡霊を見た。
五十嵐ビビは未だに何も語ろうとしない。
けど確信する。僕は、僕らはきっと、正解に向かって歩めているのだと。
そんな時だった。
「――水を差したいわけじゃねぇが、ちと遅かったな」
離れた場所から、声。
僕らは揃って声の方向に向き直る。
誰もいない……? いや、あそこに――




