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砂時計の夜  作者: 七緒錬
8/30

■ 04 … 002


 ――23:01――


 倉見モカの暴れまわる学校を後にした僕は島の心臓部に当たる村を目指して、鬱蒼と生い茂る森を駆けていた。左腕の痛みに耐えながら自問しているのは自らの判断の正しさについてだ。


 面積にして一,四九平方キロメートルほどの狭い島だ。ガトリング砲の立てる轟音が村に届いていないとは思えなかった。狂気に取り憑かれた倉見モカの有り様まではわからないだろうが、島になんらかの脅威があることは伝わるはず。


 そうでなくても五十嵐ビビの死があったのだ。自ずと脅威に備え、身を隠したりしていることだろう。そんな中で五十嵐ビビの第一容疑者である僕が体育倉庫を抜け出してスグヤやテンマの死を告げに行こうとしている……


 仲間たちは果たして、聞く耳を持ってくれるだろうか。


「……、…………」


 命が掛かっているのだ……信じてもらえるよう信じるほかない。


 テレパシーが通じればよかったのだけど、誰にも通じる気配がない。固有能力の言霊使い師(メーラーデーモン)を使って強制的に語りかけることも考えたが、これは日に三度しか使えないという制限がある。二四時にリセットされるはずだが、この先何が起こるかわからない以上できるだけ温存しておきたかった。……もちろんそれ以上に、この期に及んで仲間の心を侵すことに引け目を感じる惰弱な気持ちもあったが。


 ふと。


 ――ぼう、と。


 人の頭ほどもある()()()が、駆ける僕の数メートル先に現れた。


「!?」


 思わず立ち止まる。


 それは見れば見るほど不可解な代物だった。可燃物に当たるものはなく、突如として虚空に現れたそれは辺りの夜の森を飴色に染め上げていた。


 明らかにただの発火能力ではない。

 知らない固有能力だ……!!


「だ――」


 誰。そう言おうとした矢先、立ち止まった僕を囲うように次々と焔の玉が灯る。退路を絶たれた僕は辺りを見回し、


「……、……黛チカシ……?」


 森の中、近くの木の裏から姿を現した少年の姿を見つけた。


 黛チカシ。中学二年生。ブレザーの制服に、首元に巻かれた灰色のスカーフ、それから両目を覆う長い前髪が特徴的な少年だった。前髪の間からチラチラと見え隠れする鋭い眼光は焔の玉を挟んで向かい合う僕を睨めつけている。


「伊吹、アスク……」


 僕の名を呼ぶチカシの声が緊張を孕んでいて、それでようやく自分の姿の有り様を思い出す。抱えた左腕から隠せない量の出血をしていて、全身は砂埃で汚れている。警戒心を持って当然だ。


 ……下手な弁明は逆効果になりかねない。まずはイニシアチブを譲るべきだ。


 僕は両手をゆっくりと上げる。降参の仕草。それを見たチカシは反射的に腰を落とした。……もしかしたら、両手を上げたことで、固有能力を警戒させたのかもしれない。僕を囲う焔の玉は勢いを増し、威圧的に燃え盛る。


「……………………」

「……………………」


 互いに無言のまま見つめ合う。……ひどい緊張感。

 そんな時だった。


「だ、だめっ! だめだよ、ちぃ君!」


「!」「!?」


 チカシの後ろの方から、緊張感を削ぐような声が聴こえた。

 続いてチカシの身体を羽交い締めにするみたいに抱きとめる少女の姿を見た。


「ちょ、おまっ、まっ……」

「待たない! あぶないでしょー!」


 彼女の名前もまた、僕はよく知っている。


「佐伯フユ……」


 僕がその名を呼ぶと、彼女は抱きとめたチカシの肩越しにちいさく微笑んで見せた。


「ほら、ちぃ君?」


 チカシは「……むう」と眉間に皺を寄せながら焔の球をかき消す。それを見た佐伯フユは「んっ、よし!」と偉そうに言ってからチカシの前に立った。


 長袖のセーラー服にハイソックスという出で立ちの少女はちいさく頭を下げて、


「うちの子がごめんね、アスク君っ。……ほら、ちぃ君も!」

「え、あ、あぁ……、……ゴメン?」


 ストレートのボブカットを揺らし、チカシのうなじの辺りをぺしぺしと叩く。チカシは素直に頭を下げて見せた。なんだろう……とてもばつが悪い。僕は両手を下ろしながら、


「いや……なんか僕の方こそ、変な警戒とかさせて……ごめん」


 そう言った。

 漂っていた緊張感など、はじめから無かったみたいに霧散していた。


『くすくす……』


 緊張感のない僕らを予知していたのか、五十嵐ビビの亡霊が微笑していた。

 微笑して、それから、


『アスク。……でも、覚悟は、しておいたほうがいい』


 そう言った。




 彼女たちは島での生活をエンジョイするグループだ。黛チカシと、日向ケンイチという男子ふたりに対し、彼らの姉みたいに振る舞う佐伯フユがまとめ役になっている。


 島には『今すぐにでも帰りたい』と考える五人組がいる。彼女たちに対してフユが『ここでの生活も悪くないよー、住めば都だよっ』と真っ向から意見を対立させ、その考えを支持するチカシとケンイチが加わって……というのが三人組の結成の経緯だ。


 そんな三人組の中、残るケンイチの姿が見えないというのは不自然なことだった。島で最年少の十一才の彼は天真爛漫で、居るだけで周りに笑顔が生まれるような天性の明るさを持った少年だ。島で生活する大体の人間が彼には甘くて、考えの相反する『今すぐにでも帰りたい』グループからも愛されている少年だ。


 ケンイチはフユの博愛主義を好み、それを補佐するチカシの理性的な一面に憧れていた。ふたりも自分たちを慕う幼い少年を優しく見守り、だから三人はいつも笑顔が絶えることはなかった。


 そんなケンイチが、いない。


 僕はそのことを尋ねるべきかと悩みながら、フユたちの案内によって森を進んで行くと、少し開けた空間に出た。そこには大きな木製の箱があった。簡素な造りの木箱。


「……みんなに知らせなきゃって、そう思ってたの」


 フユはその箱を前にして、口を開く。


「でも、学校の方から響く音を聴いて。様子を見ようってことになって……」


 その肩はかすかに震えていた。彼女のすぐ横でチカシは顔を伏せている。ケンイチの姿が見えない今、箱の中身に察しをつけることができた。思わず口元を右手で抑える。指先が微かに震えた。


「……本当に……?」


 尋ねる。フユは顔を伏せて、答えられずにいた。代わりにチカシが口を開く。


「うん……そうだよ、アスク。俺たちはその最期に立ち会った」

「そんな…………」


 僕は目の前の木箱を見た。箱にしては大きい。ちょうど子どもが一人、すっぽりと入るくらいの大きさだ。けど、だけど、それが人が眠る棺だとしたら、あまりにも小さい。


 ……小さすぎる。ケンイチのあのちいさな手で掴めたはずの可能性の数々に対してあまりに割にあっていない……


「……、…………」


 僕は両目を閉じ、強く祈る。せめてその眠りが穏やかであることを。


「ありがとう」


 フユの声。


「ケンちゃんのために、祈ってくれて」

「……そんなの」


 仲間相手。当然のことだって、そう思った。

 僕が顔を上げると、フユは微笑んでみせる。


「来てもらったばかりで、悪いのだけど……」


 言いたいことは判る。交わすべき言葉があるが――それはケンイチの前でする話ではない。だから僕は頷いて答える。


「うん……場所を変えよう」


 僕らはケンイチの前から、少し離れた場所に移動する。

 半透明のビビの亡霊が、仲間の眠る棺を、じっと見ていた。


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