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砂時計の夜  作者: 七緒錬
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■ 03 … 003

 言霊使い師(メーラーデーモン)()()()()()()()()()固有能力だ。テレパシーが『行使者が互いに意識を向け合わないと使えない』のに対し、こちらは何の前動作も要さず、強制的に繋ぐことができる。相手の意思を無視する性質上か〈行使者〉でない通常人相手にも使うことができる。ただし日に三度しか使えず、また連続して同じ相手には使えないという制限がある。


 相手の意思を無視して心を繋ぐこの能力は読心能力の側面も持つ。心――人間の最も深い神聖不可侵な領域に土足で踏み込むという、無力で、しかし決して無害ではない忌むべき異能。これまで使うことを避けてきたこの能力を介して、倉見モカの心に触れる。彼女の心はまるで燃え盛る炎のようだった。火の粉のような言葉の羅列が僕を灼く。


『――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……』


 ぞっとする。


 明らかに常軌を逸した思考。

 底抜けの純粋な殺意だけを、向けられている……!


 だが……、……竦んでいる場合じゃない!


 僕は精一杯にイメージを思い浮かべる。


 言霊使い師(メーラーデーモン)によって送信できるのは言葉に限らない。心で思い浮かべることができるあらゆる物を送信することができる。


 思い浮かべるのは記憶に新しい、ひとつの思い出の光景だ。

 記憶を込めて――放つ。





『――突然に超常現象の行使者になって無人島なんぞに送られる羽目になった。そりゃあ、みんな思う所はあると思うけどさ、ここでひとつだけルールを提案しときたい』


 島に訪れた初日、十六人で顔を合わせた時の記憶。

 十五対の視線を一身に集めながら、


『互いの固有能力を当面は伏せておこうってこと。理由は……わかるだろ?』


 学ランを程よく着崩した少年はそう微苦笑して見せた。音城スグヤは島の仲間たちに、そんな提案をできる良識の持ち主という印象を与えた。続けざまに言う。


『で俺の能力は風薫る(ケミカルイオン)って言うんだ。体臭を自在に操る能力で――』

『伏せとくんじゃないの何なのバカなの死ぬの』


 音速でつっこんで見せたのが誰あろう、倉見モカだった。

 害虫を見るようなジト目だ。


『いやまあそうなんだけど。でも俺って人間を象徴するような人畜無害な能力だからさ』

『そーゆー問題じゃねーのだけど。自分からルールを捻じ曲げるなって話』

『どうかな、この提案は受け入れてもらえるかな?』

『無視ですかよ! なんだこのマイペース男、度し難すぎる!』


 人好きする笑みを浮かべるスグヤに辛辣に鋭いつっこみをするモカ。ふたりのやり取りは皆が抱いていた緊張感を和らげてくれた。このふたりに小岩井テンマが加わって、慎重な三人組というグループが出来上がった。


 ……この光景はいわば、そのグループ結成の、きっかけ。





「……、……………………」


 銃弾の雨が止まる。


 言霊使い師(メーラーデーモン)で聞いたあの錯乱した精神状態……モカがまともな状態でないことは確かだった。そこに在りし日の光景を見せることができた。


 この襲撃が錯乱によって行われた物だったとしたら、今なら対話が叶うかもしれない。

 一縷の望みを抱いてモカを見る。


「……………………」

「……………………」


 視線が絡む。


 口を開こうとした瞬間、彼女の心の表層にあるイメージが浮かび上がる。言霊使い師(メーラーデーモン)によって心が繋がったままの僕はそれを見る……





 彼女の心が見るのは夜の光景だ。鮮明なイメージはそれほど時間が経っていないことを裏付けている。場所は村役場の跡地……彼女たちのたまり場だ。僕も何度か訪れたことがある。訪れるたびスグヤの人好きする笑顔やモカの辛辣な言葉が、そして無言のまま親指を立てるテンマの微笑みが迎えてくれたっけ。つかず離れざすという人間関係を愛する風見鶏(かざみどり)のような僕相手でも中立を謳う三人は歓迎してくれた。


 そんな村役場の入り口。蝶番の破損した扉の先、老朽化した木造の廊下。真っ暗な廊下の床に百九十センチを越える長身の小岩井テンマがうつ伏せに倒れていた。とっさに駆け寄ろうとしたモカだったが、その脚は凍りついたように動かせずにいた。


 彼の倒れる木造の廊下がぐっしょりと水を吸って濡れていた。


 水……? 水だって? いいや、どう見たって違う。夜闇の中であっても超常現象行使者の瞳はそこに在るものを見間違うことはない。長年人間の暮らしによって汚れの滲んだこげ茶色の廊下の上、テンマの身体が横たわるその一帯は、まるで鉄錆を溶いた墨汁でもぶち撒けたかのようにどす黒い色に染まっていた。


 むせるような鉄分の臭いの中、モカの目は、テンマの背から鋭利な刃が出来損ないの背びれみたいに無造作に生えているのを捉えた。モカの口が動く。テンマ、と。自ら流した血液の海に沈んだ少年は沈黙で応える。


 どうしようもなく――彼は死んでいた。

 親しい友人の、死が、あった。

 頼れる仲間の喪失があった。


 意識が遠のきそうになるが、ふと頭によぎった疑問によって、我に返る。


 ――音城スグヤは? 彼はどこにいるのだろう?


 続く疑問が、彼女の足を動かす。


 テンマの死因は不明だが事故というのは考えづらい。自殺はもっとないだろう。五十嵐ビビの時と同じだ、消去法で他殺の可能性が高いと思う。……では果たして誰が?


 五十嵐ビビが死んだ際、十四人はアリバイのない伊吹アスクを容疑者として廃校舎の体育倉庫に軟禁することを決め、アスクはそれにおとなしく従った。モカはしかしアスクのことを疑わしく思っていたわけではなかった。だってビビとアスクは友達だった。どう考えても、彼が一番、悲しいはずだ……


 あいつの容疑を晴らしてやりたいな――悲しそうにそう言ったのは音城スグヤだった。それが彼の友達だった五十嵐ビビの無念を晴らすことにも繋がるはず。スグヤはそう乾いた声で、しかししっかりとした口調で呟いていた。仲間の死を悼み、仲間の悲しみに共感できる……そんな人の善い少年だ。


 スグヤは変わり果てたテンマの姿を見ただろうか。

 親友の死に彼は何を思うだろうか。


 いや……

 ――そもそも彼は……テンマの死と……無関係だろうか?


『………………………っ』


 モカは気づけば切羽詰まったような早足になっていた。胸中に渦巻くひどく嫌な予感に背中を押されるようにしてたまり場となっている建物を見てまわった。


 息が切れる頃、スグヤが特に好んでいた奥の一室で、見つけた。

 兄のように慕った音城スグヤ。


 彼もまた、……覚めない眠りについていた。


『――――――!!』


 その時モカの心に、致命的な亀裂が走った。


 悲哀、恐怖、憎悪、激怒……様々な感情が心の亀裂を繋ぎ合わせて、心の崩壊を防ぐ。いや……あるいはその瞬間に、彼女の心は崩壊してしまったのかもしれない。しばらくの間立ちすくんだまま、嵐のような情動に心を委ねて、そして。


 モカの心に存在()ったのはただ――、


『…………ふたりに寂しい思いをさせない。()()()()――』


 ()()()()()()という名の狂気だった。

 狂気に支配された倉見モカは、かつて小岩井テンマの鍵と竜殺しの(ミリオン)剣を叩く槌(スミス)によって与えられたガトリング砲を出現させる。


 島にいる人間の数を思い浮かべながら、倉見モカは二人の遺体に背を向け、自分たちのたまり場を後にする。


 手始めに訪れたのが……所在の知れた伊吹アスクのもとだった――

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