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砂時計の夜  作者: 七緒錬
26/30

■ 08 … 002

 ――04:27――


 通常時間世界から切り離された()()()()()()

 それは超常現象行使者の全滅と共に繰り返される。そして行使者は時間と共に暴走して死滅する宿命を持っている……ビビの亡霊から馬鹿げた話を聴いた僕らは去来する様々な情動にただ打ち震えることしかできずにいた。荒唐無稽、誇大妄想……そう一笑に付すことができればよかったのに。ビビの言葉の何処かに、僕には見つけることができなかった矛盾はなかっただろうか? 儚い希望を抱いて辺りの少女たちに視線を向ける。


 そこにあるのはただ、沈痛な、面持ち。

 言霊使い師(メーラーデーモン)を使うまでもない。

 僕らは胸中で同じ情動を持て余している……


 あまりに残酷で救いのない仕打ち。

 受け止めることなんて、できるはずがない。


 繰り返されるだって?

 その度に誰かしらが暴走して死んで、そのことが原因で疑心暗鬼になって、あるいは精神に異常をきたし……たった十六人の仲間同士で血みどろの闘争に発展していくって?


 悪夢そのものじゃないか、ビビ。おまえはそんなことを伝える為だけに、僕にまとわりついていたって言うのか。


 僕らは、どうすれば……

 どうすればいい――――!!


 長い沈黙の果てに、ふたつの出来事が起こった。


 砂時計の世界に、空気を震わす乾いた轟音。

 まばたきをする間もない。


 それは銃声だった。


 銃の持ち主は――倉見モカ。

 懐に忍ばせていた一丁の拳銃を念動力で取り出し、その引き金を絞っていた。

 銃口から上がる硝煙の先に居た少女の身体が崩れ落ちる。


「…………、……冗談、じゃろ」


 もう一つの出来事は、音速を越えて動く少女。


 動体視力の中に微かにその残像を残し、宇都宮コトリはひとりの少女の背後に立っていた。音を越える速度で迫って無防備な身体に一撃を振るったのだ。

 狂乱して、半透明の糸で仲間の命を刈り取ろうとした少女が、膝をつく。


「……かハッ…………」


 倉見モカが八嶋ナデシコを拳銃で、

 宇都宮コトリが神楽坂ドルチェを音速を越えて、


 それぞれ、一撃。


 たったそれだけで、ふたりの少女が倒れていた。


「いや……うそ………うそだよ――、……ぁ……、――――!!」


 取り乱した佐伯フユの口から絶叫がこぼれる。

 それを聴いた倉見モカが銃口をフユに向ける。


 僕は弾かれたように佐伯フユの身体を押し倒す。


 ――タァン!


 耳障りな銃声。予想された銃弾はしかし、僕とフユの身体を捉えることはなかった。悲鳴をあげ続けるフユに覆いかぶさったまま視線を上げる。


「……!」


 モカの手を掴む近江ナユタの姿があった。万華回廊(カレイドスコープ)を解いてモカの攻撃を阻んでくれていた。倉見モカは自由にならない手を振り回して、引き金を絞る……


 ――タァン! タァン! タァン!


 続けざまに空気を震わせる銃声の下で、僕は倒れたふたりの少女を見た。


 神楽坂ドルチェは……素人目に見てもわかる。即死だ。糸による結界を張っていなかったのだろう、その華奢な首に攻撃を受けた痕跡があった。少女の遺体から目を逸らして八嶋ナデシコを見る。びく、びく、と痙攣を繰り返す少女の身体。


 銃声やフユの悲鳴の中、弱々しい声が聴こえた。

 それはナデシコの声だった。


 死にかけの羽虫が立てるような弱々しい音で、彼女は言葉を綴っていた。


 僕はそれを聞き取ろうと耳を澄ます。

 聴こえた。それは人を呼ぶ言葉だった。


「マ、」

 何度も何度も……繰り返し繰り返し、そのアイドルは、呼んでいた。

「ママ………………ママ…………マ、マぁ………………」


 誰にも気を許さなかった少女。

 ひとりきりでいた少女。

 ドルチェを打倒する代わりに、僕にメッセージを伝える役目を負ってほしいと言っていた。まさか……その相手は…………


「しにたく…………な…………………マ、ま、ァ………………」


 だとしたら……そんなことってあるか……

 十五人、同じ境遇の仲間がいたはずなのに……


 彼女はただ、おそらくは故郷にいるであろう母親にだけしか……心を開けないまま……


 やがて、少女の声は止まる。

 びく、びく、としていた身体も。


 微かな身じろぎもなく、少女はそこで横たわっていた。

 八嶋ナデシコと呼ばれた少女は……眠りについていた。


「……命の恩人を救えなかった」


 すぐ側で、不意に声。

 宇都宮コトリの横顔が、沈黙したナデシコを見ていた。


「どうして……コトリ、一体なんで……!」


 フユから離れ、詰め寄るようにして問う。

 モカの前に身を晒すことになる事など、頭になかった。


「どうしてドルチェを殺した! こんな時に……それが何になるって言うのさ!」


 たった七人にまで減った僕ら。未来を聞かされた今、互いを殺傷する理由がどこにある。コトリの伏し目がちの視線がモカに向く。


「あの拳銃は多分、スグヤの物だろう」


 音城スグヤ。中立を謳った三人組の、中心だった少年。


「スグヤのことだ、テンマの鍵と竜殺しの(ミリオン)剣を叩く槌(スミス)で造られたそれを、お守り代わりに渡していたんだろう。……コトリ自身がガトリング砲を受け取っていたこと知らないはずはないんだけどさ」


 だめな保護者だ、とコトリは肩をすくめる。

 隠し持っていた拳銃……その出処は確かに、納得できる話ではある。スグヤらしい話だ。


 けど、だから……だからなんだって言うんだ?

 コトリはそんな僕の心を見たみたいに答える。


「一度手を汚してしまった人間は、止まれない……きっと最後のひとりになるまでね」


 憂うような声。倉見モカに限って向けられた話ではないと気づく。神楽坂ドルチェ……彼女のことでもあるのだ。


「仲間を殺した。その事実を無駄にしない為にできること。狂気に支配された心ではきっと、ひとつ限りしか思い浮かばなかったんだろう」

「……、……それは?」

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「! そんなのは――!!」

「ああ、狂ってるよ。……仲間思いの潔癖な狂い方だ、嫌になる」


 淡々と答えるコトリ。その年下の少女の横顔を見ていて、ふと、気づいた。


「おまえは……それを止める為に、ドルチェに立ち向かい続けたってことか……」

「……………………」

「それを止める方法は、ドルチェの命を奪うしかないって、知っていながら」

「……………………」

「じゃあ、それを達成した今、おまえは……!」


 一度手を汚してしまった人間は、止まれない。彼女はそう言った。

 それはきっと、コトリ自身にも……


 コトリは、微笑んだ。

 その微笑みが答えだった。


「……モカを止めるよ。こんなことは、手を汚した者だけで終わらせるさ」


 止める。

 それは、モカのことを……手に掛けると……


 でもそれ以外、方法はない。

 ナデシコを討った彼女を止める方法など……死以外は、どこにも。


「でないとモカが不憫だ……そうだろう?」


 この期に及んで。

 仲間を手に掛けた少女が、仲間を慮るセリフを口にする。


「その後は、わたしだ。それで島から、鬼は消える」

「……おまえ、それは――」

「約束したから。ドルチェたちさ」


 この場にそぐわない、恥ずかしそうな笑み。


「フルートを、聴かせるってさ。…………ここじゃ果たせないからね、その約束は」

「…………、…………!」


 苦笑する横顔。

 彼女の決意に……水を差す真似はできない。


 できるわけがない……!


「……フユ。フユ、立ってくれ……」


 僕はうずくまったままの佐伯フユの、その身を起こす。

 この場を、離れるのだ。


 宇都宮コトリと倉見モカだけを残し、離れなくては。


「ナユタ!」


 名を呼ぶと近江ナユタは肩越しに振り返る。この場を脱する……フユの手を引いた僕を見て、その意を汲んでくれたようだった。こくん、と頷く。


 僕はナデシコとドルチェに視線を向ける。まだ温かいであろう仲間の亡骸を目に焼き付ける。それから、モカを見る。ひどく不憫な少女はどこまでも昏い瞳をしていた。


 胸が詰まる。

 最後にコトリの、優しい微笑を見て、そして僕はフユの手を引いて歩きだす。


 仲間たちに背を向けて。


 ――タァン! タァン! …………


 銃声が止む。そっと肩越しに振り返る。


 ナユタと入れ替わるようにして、銃を持っていた腕に蹴りを入れるコトリの姿があった。彼女は最後に僕らの背に向けて、言った。


「――さらば友よ、また会う日まで、だ!」


 ――生存者 五名

 ――死者 十一名:五十嵐ビビ、音城スグヤ、小岩井テンマ、

          日向ケンイチ、新居シノブ、寒川トシユキ、

          浅倉エイジ、辻ミモリ、黛チカシ、

          神楽坂ドルチェ、八嶋ナデシコ

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