■ 07 … 002
――こんなバカげた島にいつまでも留まって、たまるものか。
神楽坂ドルチェには帰る場所があった。
ドルチェは勉強が苦手だった。三〇分も机と向き合っていれば自分に花丸を進呈する。一時間も向き合おう物なら覚えたての数式や英単語をセルフ子守唄に眠りにつく自信がある……そんな少女だったが、高校受験を控えた中学三年の一年間は勉学に励んだ。学校で、予備校で、家で、時間があればノートと向き合っていた。当時の自分にとってはいくらかレベルの高い高校を目指した日々。どうしてそんな苦行のような毎日を送れたか……それは幾つかの約束を発端としている。
たとえばそれは両親からの進学祝いの約束。彼女は望んだ高校に無事入学を果たした暁には最新機種のスマートフォンを購入してもらうことになっていた。
たとえばそれは友達との約束。同じ高校を受験して三年間の華々しい青春を共に過ごすことを誓い合っていた。
たとえばそれは憧れのミュージシャンとの(ドルチェの一方的な)約束。ドルチェの好んだミュージシャンはその高校で青春時代を送ったという。
大人からすれば些事のような約束を原動力にして、彼女は苦手な勉学に励んだ。
そして無事、入学を果たす。最新機種のスマートフォンを手に、あこがれのミュージシャンが過ごした学び舎に、友達と共に足を踏み入れる……神楽坂ドルチェのかけがえない青春の第一歩が踏み出された。
……まさかほんの数日で躓くことになるとは思わなかった。
超常現象行使者。
世界中に出現したその荒唐無稽な異能の持ち主のひとりがドルチェだった。四月、これから青春が始まるはずだった学び舎に背を向け、政府によって導かれたのは瀬戸内海の無人島。同類は十五人。
『あらあら。困っちゃうなぁ……』
ふざけた隔離に対しておっとりとした口調でそう言ったのは、新居シノブという年上の少女だった。今年で三年生になる彼女は十六人の中でも年長者だ。そんな彼女が少しも困ってなさそうな口調で不満を口にするものだから、癪に障ったドルチェは尋ねた。困るって何が。全く余裕のない反感にシノブは答えた。
『んーっとね。私の姉がね、もうすぐ結婚するの』
なんてことない口調だった。
大学卒業後、就職と同時に一人暮らしを始めた歳の離れた姉。顔を合わせる機会はめっきり減り、年の暮れなどに姉妹の会話を夜通し続けるのが楽しみ――そんなふうにシノブは語る。
『家族って不思議だよね。一緒に暮らしていれば疎ましく思う事も多いのに、離れて暮らすと無性に顔を見たい時がある。話すことなんてそんなに多くないのにね。そして顔を合わせればやっぱり疎ましく思いながらも、朝までだって話すことができる……本当、不思議』
新井シノブは微笑んで、それから言った。
『せめて一言だけでいいから、伝えたいのになぁ――おめでとうって』
……挙式は三日後だと言う。その場に駆けつけることは絶望的だった。
青春の日々も、家族を祝福する機会も、この無人島での日々は奪ってしまう……そのことに憤りを覚えるドルチェを新居シノブは窘めた。
『こんなふうに年端もいかない子どもを隔離するなんてブルシットなことだよ。でもドルチェ、まずは落ち着くことが大切だよ。帰りたいのならチャンスを待たないといけない。焦っちゃったら、なんにもならないよ』
島から出たいと思いつつも物事を慎重に考えるシノブ。いつの間にか彼女を中心とした、島を出たいと考える五人で行動するようになった。
新居シノブ、神楽坂ドルチェ、宇都宮コトリ、浅倉エイジ、寒川トシユキ。
島を出たい理由が五通り存在する彼女たち。中でも過激なドルチェは島でグズグズするグループのことをひどく嫌っていた。
(……ロビンソン・クルーソーにでもなりたいわけ? バッカじゃないの)
帰る場所があるドルチェたちは彼女らを尻目に帰郷を誓い合う。楽器の名手だと言う宇都宮コトリは言った。
『元の生活に戻ったら、いつか――フルートを聴かせたげるよ。タダでね』
島から出た後の日々の中に再会を誓い合った五人。
みなでフルートの演奏に耳を傾ける日が……とても楽しみだった。




