■ 02 超常現象行使者
二〇一*年、四月。
合衆国カルフォルニア州にある九万人を収容できる競技場にてサッカーの試合中、突然ゴールネットが炎上――文字通りの火災だ――した。
同時期、スペインに存在する国立自然公園の中、フラミンゴの群れたちがポルトガル語で「こんにちは赤ちゃん」と喋った。
超常現象はその二例に終わることなく、世界各地に数多の奇跡をもたらした。
ミロのビーナスから腕が生え、噴火した火山の火砕流が突如留まり、演技中のフィギュアスケート選手が一七回転ジャンプをし、試合中の卓球の球が摩擦熱で焼失し、満開の桜の花びらが一斉に抜け落ち、集落を沈めていた雨水が蒸発した。
様々な超常現象に関連性は認められなかったが、一点だけ明確な符号を見出すことができた。
観測者の存在だ。
人の目の届かないところでの超常現象は認められない。肉眼に限った物で、たとえば人から遠く離れた無人地帯を中継している映像などにはこうした現象は見受けられなかった。
三日ほど世界各地で超常現象が続いた頃、この事からひとつの仮説が打ち立てられた。観測者の中に現象の因子になった存在が居るのではないか、と。
簡単に言ってしまえば――超常現象の〈行使者〉の存在だ。これが疑われ、それは正しかった。『突然電柱が燃え上がった』という通報があり、そこにいたのは通報した少年がひとりだけ――そういった事例が世界各地で次々と確認され、〈行使者〉の存在は各国で徐々に認知されていった。
原因は不明。ただひとつ判明しているのは、行使者たちはみなティーンエイジャー――要するに子供だという点。それ以外に区別なく、人種や民族、宗教、家庭の社会階級、またそれまでの暮らしも関係ない。理不尽なほど無作為に世界中に〈行使者〉は出現した。
〈行使者〉たちは自身の能力を自覚すると、それを手足を動かすように自在に扱うことができるようだった。萌芽した能力は千差万別で、念動力・発火能力・透視能力など数多の能力を自在に扱える者もいれば、伸ばした手のひらから四〇センチ先にあるテレビのリモコンをたぐり寄せる程度の念動力しか扱えない者、手の届く物に書かれた物しか透視できない者などもいた。
世界中の人間、とりわけ国を動かす首脳陣などにとって〈行使者〉の秘める異能は恐怖の対象でしかなかった。
念動力によって核ミサイルのスイッチを押させることができるかもしれない。
透視能力によって防衛システムを掌握することができるかもしれない。
そんな悠長なことをせずとも、念じるだけで人の心臓を停止させることすらできるかもしれない……極端な想像に怯える為政者を笑える者は誰ひとりとしておらず、各国は対策を講じる。
とはいえ〈行使者〉が生まれる原因が特定できない上、彼らの持つ異能は千差万別……それぞれ別個の対策が必要となれば、取れる手段は自ずと限られている。
行われたのは、隔離と、管理だ。〈行使者〉たちをできる限りひとまとめにし、経過を見守るということ。〈行使者〉でない通常人にとっては恐怖を遠ざける手段であったし、また〈行使者〉の存在そのものがある種の者達(科学者などだ)にとっては魅力的なモルモット足りえた。研究によっていつしか人工的に能力を発芽させ意のままに操ることのできることができるかもしれない。あるいは大人たち自らが超常現象を行使できるようになるかもしれない――そんな思惑もあったのだろう。発見された行使者たちの隔離・管理というのはあらゆる意味で合理的な話だった。
各国で示し合わせたように隔離と監視は始まり、研究でひとつの事実が判明される。
――行使者たちの異能は、彼らの精神状態に直結している。
研究という観点から見れば有益な発見だったが、それ以外の観点からすれば頭痛の種となる発見だった。なにせ行使者というのはティーンエイジャー……思春期を迎えた多感な子供である。感情に支配される怪獣たちが自身の感情を持て余し、能力を制御できずに暴走することは珍しくもなかった。
隔離と管理などという非人道的な行いが彼らにストレスを与えないわけもない。かといって隔離を止めることはできない……落とし所となったのは、隔離された土地の監視下にて限定的な自由を与えること――つまるところ放し飼いというわけだ。ティーンエイジャーたちの感性豊かな精神にとって彼らの王国を築くという話は、なるほどストレスの軽減に一定の効果を上げる結果になった。
……彼らの王国で彼らが何を思うのかは、度外視とされた。
かくして。
超常現象行使者たちの多くは、外界から隔絶された少年少女たちだけのちっぽけな領土――自分たちの王国を得ることとなった。
狭い日本においては、瀬戸内海に浮かぶ島々がそれに相応しいとされた。
約三千もの島の中、生活できるほどの面積を持つ物はそう多くはないが、隔離・管理という点にこれ以上ない適した場所はない――そういう選定であった。
少年・伊吹アスクが訪れた離島もまたそうした瀬戸内海にある無人島のひとつだった。面積にして一,四九平方キロメートルほどの離島には十年前までは人が生活していた。ここで暮らすことになった彼らはそんな村の跡を改築し、自分たちの仮住まいを得た。
数奇な共同生活を過ごす超常現象行使者の少年少女たちは、十六人。
その小島は十六通り、世界を変革し得る可能性を持つことを意味していた……
××島 超常現象行使者 名簿
以下、五十音順。
浅倉エイジ(15)…………彷徨う羅針盤
新居シノブ(18)…………釈迦の黙劇
五十嵐ビビ(16)…………規程された錆色の福音
伊吹アスク(17)…………言霊使い師
宇都宮コトリ(14)………春への扉
近江ナユタ(17)…………万華回廊
音城スグヤ(18)…………風薫る
神楽坂ドルチェ(15)……悲恋を唄う蜘蛛
倉見モカ(15)……………満開領域
小岩井テンマ(18)………鍵と竜殺しの剣を叩く槌
佐伯フユ(15)……………氷化粧
寒川トシユキ(15)………星明かりを縫う者
辻ミモリ(13)……………霧の迷宮
日向ケンイチ(11)………玉石金剛
黛チカシ(14)……………八咫烏の焔羽根
八嶋ナデシコ(14)………白昼夢想