■ 06 … 002
チカシとミモリは振り返る。
その瞳に無数の銃口を映しただろうか。
――ガガガガガガガ!!
冗談のような音が森に響き渡る。
神社の跡が土埃を上げて砕け散る。
木の葉が、茂みが、形を変えていく。
ふたりのちいさな背中が、激しく痙攣するように踊った。
「――――!!」
フユが悲鳴をあげて転倒した。それに巻き込まれる形で手を握るナデシコが膝をつき、僕も姿勢を崩す。視界が反転してふたりの姿が見えなくなる。
……くそ、くそ、くそ……!!
僕は即座に立ち上がって、チカシとミモリの元に駆けようとする。
しかし僕の腕を強く握りしめて止める者がいた。
八嶋ナデシコ――
「何を――!」
「じゃかあしい!! 間に合わんわボケ!」
ナデシコはきつい方言で言って僕らの手を強く引く。
間に合わないだって? ふざけるな……!
「離せ! 離してくれ! チカシたちを――!」
「はがええのっ……じゃけぇ間に合わん言うとるじゃろ! 血迷ったことしよるなや!!」
……知ったことか!
信頼を寄せてくれた仲間の元へ駆けつけられないで、何が仲間だ!! ナデシコの顔から視線を剥がし、チカシたちを探して振り返る。けれどどうだ、そこには轟音の他、何も見つけることができない。ただ広々とした夜の森があるのみだった。
「な――」
チカシたちはどこにいる? ふたりは無事なのか!? 倉見モカの姿は――!?
頭が真っ白になる。
そこへ、僕の目前に半透明の五十嵐ビビが躍り出る。
『落ち着いて。霧の迷宮だ』
はっとした。辻ミモリと相対した時、彼女が言っていた言葉を思い返す。
――さがしものは、なんですか。
チカシたちの姿を見つけられないこれは……つまりミモリの能力……! それが意味するところは彼女が生きているという事実だ! しかしその能力によって彼女たちの姿を見つけることは叶わない……
またたく間にもう一つの事実を知る。能力下にいる倉見モカも、さがしもの――つまりガトリング砲を向ける相手を見つけられないはず、ということになる……
「……、…………!」
状況が理解できた。
校舎跡で僕に代わって倉見モカの前に立ったはずの近江ナユタだったが、そこへ八嶋ナデシコが現れた。撃てども撃てども倒れる気配のない近江ナユタよりも、背を向けて駆ける八嶋ナデシコの方が、モカの気を引いたに違いない。そして島を逃げ続けた八嶋ナデシコは知らずのうちに霧の迷宮の領域に迷い込んでいた。その背後で倉見モカも能力によってナデシコを見失い、代わりに新たな生贄を見つけた。……僕ら四人だ。
標的がさがしものに変わるまでの僅かな猶予があった。その猶予のうちにナデシコに手を引かれ、十歩ほどを駆けた僕とフユは射線を逃れた。
十歩ほど……
たったそれだけの違いが僕とフユと、チカシとミモリの命運を分けたのだ。
ではナデシコはなぜ僕とフユの手を引いた? 幼いふたりでなく僕らを……
詮無き問いの答えもすぐに出た。手を引きやすい場所に、立っていたからだ。……とっさに引き返したナデシコがいなければ、僕らはカカシのように立ち尽くしたまま四人で仲良く銃弾の餌食になっていたはずだ。九死に一生を得たと、そういうわけだ……
「…………、…………!」
けれど。
チカシたちが倒れなくちゃいけない理由など、どこにもない。あまりにも理不尽だった。奥歯を噛みしめることで動揺を押さえ込みながら、僕は半透明の亡霊、ビビの目を見る。この理不尽な未来だって見えていたかもしれない彼女はしかし、何も語らない。
「!」
「……!」
「あ……」
誰の姿も見つけられない森の中に無数の黄昏色の焔が灯る。焔は深夜の森を朝の陽射しのように照らし出す。八咫烏の焔羽根。黛チカシも生きてるということだ。ガトリング砲の斉射の前で倒れたのを見た以上、決して無傷とは言えないだろうが……
チカシが能力を使った意図を察する。理由は三つだ。
ひとつは僕らに生存を知らせるため。
ひとつは神楽坂ドルチェ相手に向けるはずだった攻撃を倉見モカに使うため。
最後のひとつは僕らに対し「立ち止まるな」というメッセージを送るためだ……
くそ……
くそ、くそ、くそ……!
ガトリング砲の轟音の中、またナデシコの声があがった。
「……立ち止まっとるといけん! はようけぇ!!」
早く来い……ナデシコの方言の中からそんな意図をすくい取る。僕は両手を握りしめ、すぐに開く。膝をついたフユに肩を貸して、一歩を踏み出す。
「……っ、…………っ、……!」
声にならない悲鳴を上げるフユ。
焔の明かりに照らされているナデシコの表情が、一瞬だけひどく、申し訳なさそうに歪む。それを隠すように背を向けた。
霧の迷宮という能力を知らない彼女の心境を察する。ナデシコからすれば、チカシたち二人を囮にしてしまっているのだ。偶然走る先にいたから――ただそれだけの理由で。八嶋ナデシコのちいさな背は、細い両肩は、冗談みたいに震えていた。
「……、…………」
やり場のない怒りに突き動かされるように、逃避行を続ける。……僕らできることは、何もない……ただガトリング砲の上げるけたたましい音から逃げながら、祈るのみ。
どうか……
「無事で……無事でいてくれ……!」
八咫烏の焔羽根の篝火に背を照らされながら祈った。
半透明の亡霊の横顔が、ひどく哀しげに目を伏せた気がした。