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砂時計の夜  作者: 七緒錬
16/30

■ 05 … 006


 同刻。

 彷徨う羅針盤キャッチミーイフユーキャンを使い島を巡る浅倉エイジは、アスクたちから離れた森の中を歩いていた。マーキングした場所への転送という能力は便利だが融通は効かない。物理法則の類を完全に無視した異能だ、それくらいの不便さは許容するべきだろう。


 一,四九平方キロメートルという狭い島の中にマーキングしたのは十七箇所。自らの血液というあまりにも特徴的な物が必要なため、いずれも目立たない場所を選んだ。それはたとえば木の上であったり、木陰であったり、家屋の天上の裏であったり。仲間たちの目が届きにくい場所というのは、仲間たちが近寄らない場所だ。だから自らを転送した後で仲間が近寄りそうな場所を目指して歩く必要があった。倉見モカと神楽坂ドルチェの狂乱を語るために仲間の姿を探すという目的からすると、そこまで能率的とは言えないのが現実だった。


(まぁ……島全部を歩いてまわるよりゃマシなんだろうが)


 運動不足がちだった両足がひどく熱い。完全にオーバーワークだ、労りたい。


 超常現象行使者に覚醒するまでのエイジは出不精で、外出をめんどくさがっていた。引きこもりというほど極端ではない。友達の家に遊びに行くよりは自宅に招く……そういうタイプの男子中学生だった。理解ある友人たちは「しゃーない奴」と笑ってエイジの部屋をたまり場にした。一緒にゲームをしたり、アニメや映画を見たり、漫画雑誌を回し読みしたりした。友人たちが帰った後には少しだけ寂しさを感じるのが常だった。


 ……エイジはそんな日々に思いを馳せて、とある衝動を覚えている。


 やりかけのゲームがある。仲間たちと攻略していたアクションRPGだ。やたら暗い世界観でシビアなゲームバランス。マップ中に散っている雑魚敵相手ですら、誤操作ひとつで容易にミスする。ミスした場所にそれまでに獲得してきたポイントがドロップし、次にミスするまでにそれを回収しなければ容赦なく消滅する……


 エイジはそれをクソゲーだと思っていた。仲間たちの多くも似たような感想を抱いていた。愚痴りながら進めていく自分たちだが、しかし誰もプレイを止めようとはしなかった。強敵を攻略した時に思わず声を上げてしまうような、そんな中毒性のあるゲームなのだ。難度の高いゲームの、その続きを無性にこなしたかった。放課後にその足で自宅に集まって攻略を再開する日々に帰りたいと、そう願っていた。


 だからだ。新居シノブを中心とする今すぐにでも島から帰りたいと考えるグループに身を置いたのは。グループの自分以外の四人もまた思い思いに、帰郷という願いを胸に抱いていた。


 たとえば宇都宮コトリ。

 彼女は音楽の名家に生まれ音楽に囲まれて育ったという。家族はみな何らかの楽器の名手。自身もまたフルートの奏者であり、国内のコンクールを総なめにしていたと言う。


『音楽の名家と、才能に恵まれた血筋と言えば、そりゃ聴こえはいい。けど実情は違う。カビ臭い風習の奴隷さ。生まれた時から音楽を注がれてきたわたしだけど、音楽を愛したことは一瞬もないよ。音楽に従属する家族に対してもそう……みんな嫌いだ。自分自身のこともね』


 彼女はそう前置いて、けれど――、と澄んだ眼差しで語る。


『わたしには双子の姉がいた』


 双子の姉は音楽の才能に恵まれていなかった。絶対音感どころか簡易な相対音感すら備わっていない。肺活量が凡俗ならば手のひらのサイズも小さく、リズム感もない。コトリに才能を吸われた出涸らしの片割れ……それが周りの持つ評価だという。けれど彼女は音楽以外の事柄で目覚ましい活躍を見せた。成績は優秀で、徒競走ではいつも一等賞だったし、いつの間にか初めていた武道の習い事でも段位を持っているという。


『姉はね、自らの道を選べる人だ。自慢の姉だ。……いつか姉に追いつきたい』


 双子の姉を語るコトリの眼差しは、追いつきたい背中を持つ少女のそれだった。

 けれどこの孤島にいる限り、誰の背を見ることも叶わないのだ。


 新居シノブも、神楽坂ドルチェも、寒川トシユキも、島を出たい理由を持っていた。五人で島を出て笑い合おうと、そう強く誓い合った。しかしもはや二度とそんなことを語り合うことはできないのだ。……そのことにひどい寂寥感を覚えるが、感傷に浸ってる暇はない。


(……絶対に島を出てやる。帰ってゲームの続きをやる。馬鹿笑いをしながら)


 ささやかな野望を成就させるために、痛む両足を動かし、前へ前へと進む。


 仲間に声を掛けるため。

 狂乱した仲間から身を守るため。

 生き残るため。


 辻ミモリに、八嶋ナデシコに。島が抱えた二つ(ふたり)の狂気を話す。

 それから伊吹アスクたちに合流して……これからのことを、語り合うのだ。


 希望はある。

 そう確信している浅倉エイジは両足を動かし続け、


「おひさー、元気そうじゃん?」


 背後から声。


 即座に振り返ろうとしたが、疲れた身体は緩慢だった。視界はゆっくりと夜闇の森を映し、やがてひとりの少女を捉えた。ウェーブ掛かった金髪。気の強そうなつり目。キャミソールにミニスカート。口元を歪めた少女。


 よく知った少女……


「なにその顔。ちょーウケる」


 見えざる糸を操る死神はそう笑う。

 神楽坂ドルチェ――


 その背後に別の人影が躍り出る。音速の一撃が見えざる糸に阻まれ、再び風の中に消える……宇都宮コトリの抵抗は健在であるようだった。しかしドルチェはそちらに視線を向けることもしない。ただ目の前に立った浅倉エイジを見ている。その瞳に親しみの色は伺えない、虫でも見下ろすような温度のない目をしている。


「……逃げろ、バカ! ……ッ!」

「ふっふっふー、そうだねぇ、逃げないとヤバいねぇ」


 攻防の中で声を上げるコトリに、ドルチェが嗤う。


 彷徨う羅針盤キャッチミーイフユーキャン。身を転送するには集中する時間が必要だ。目の前の死神は島を出たいという同じ願いを持っていた仲間だ……能力のカラクリは互いに語っていた。そして今のドルチェは他人を攻撃することに慣れている。


 ああ、まったく。


「……こりゃクソゲーだな」

「ん? それってどういう意味?」

「独り言だっつの」


 ひどくシビアな現実を前にした浅倉エイジは、苦笑した。


 ――生存者 九名

 ――死者  七名:五十嵐ビビ、音城スグヤ、小岩井テンマ、

          日向ケンイチ、新居シノブ、寒川トシユキ、

          浅倉エイジ

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