表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂時計の夜  作者: 七緒錬
14/30

■ 05 … 004

 ――00:27――


「――そっちも色々あったみたいね」


 ガトリング砲の轟音が鳴り響く校庭。立ち尽くすナユタに耳打ちする少女がいた。ブラウンのセーター、スパッツ、紺のハイソックス。襟口の辺りで切りそろえられた黒髪……突如としてその場に出現した宇都宮コトリを見たナユタは、彼女の能力が高速で移動する類であると感づく。


「ガトリングとかはじめて見た超うるさいキンジョメーワク。モカが持ってるってことは、鍵と竜殺しの(ミリオン)剣を叩く槌(スミス)製か」


 倉見モカと同じグループに属していた小岩井テンマ。彼は能力を公言していた。コトリはちいさく舌打ちする。それから少し早口で、


「保護者ふたりの死体を見たよ。モカはそれで参ってしまったってことか。……ったくどうなってんだよ、こっちもふたり死んだ……シノ姉とトシ――新井シノブと寒川トシユキが。シノ姉の死因はわかんない。トシユキはドルチェが、殺した」


 言い終えたコトリはガトリング砲の銃撃を受けているドルチェを横目で睨む。


「……………………」


 釣られるようにナユタもそちらを見る。ドルチェを穿つはずだった無数の銃弾が虚空で留まり、少し経つと自然落下している。


「糸よ」


 コトリが彼女の能力のカラクリを口にした。それでその不可解の種を知る。不可視の糸を幾層にも束ねた結界がガトリング砲の攻撃すら無力化しているのだ。


 乱心したドルチェとそれを止めようとしているコトリ。コトリもまた、モカを足止めしていたナユタに気づいたから声を掛けにきたというわけか。ナユタがそれに応えるよりも早く、


「ッ……!」


 コトリが息を飲んでその場から姿を消すと、直後に彼女の立っていた場所を銃弾の雨が撫でた。辺りにコトリの影がチラチラと見える……残像だ。ガトリング砲を躍らせるフユにもそれが見えているのか、残像を追うように銃弾の雨が降り注いでいく。横目で見送りながらナユタはドルチェの方を見る。その足元には彼女を穿つはずだった無数の銃弾が落ちている。気の強そうなつり目の端を歪め、神楽坂ドルチェはナユタを見ていた。


「フフ……あんたはどんな能力を使うのさ、近江ナユタ」


 キャミソールにミニスカートという装いの少女はウェーブがかった金髪を風に揺らしながら、校庭を軽やかな足取りで歩んでくる。その目に光るのは隠しようもないほどに強い害意の意思。


「逃げてもいいわよ? 火を掛けられた土鍋の中のドジョウみたく無様に足掻いて、愉しませて?」


 嗜虐的に嗤う。寒川トシユキを手に掛けた人殺し――神楽坂ドルチェは明確な殺意をナユタに向けていた。島で暮らした日々の中、ナユタとドルチェにはほとんど接点がない。そんな相手から殺意を向けられるというのはひどく理不尽で不条理な話だった。しかしそのことを嘆く気にはならない。


「? 逃げないんだ。余裕? それとも馬鹿なの? ……どっちにしろ気に入らない」


 ドルチェは指揮者のように片手を掲げ、


「死んで後悔すんのね……!」


 振り下ろす。

 するとナユタを囲うように半透明に透けた糸が出現、細い首筋に向けて縮小する。だが糸がナユタの白い柔肌に食い込むことはなかった。輪を作った糸はまるで透かしたように首の中をくぐり抜けて一本の糸に戻る。


「……、ン……?」


 一瞬の出来事を目にしたドルチェは怪訝げに眉をひそめる。万華回廊(カレイドスコープ)。ナユタを覆う空間の膜。さながらホログラムに攻撃を加えようとしたような結果に終わる。この固有能力を持つナユタにとって殺意など。歯牙にかける気にもならない。


「……、……!」


 ドルチェは二度、三度と半透明の糸による攻撃を試みるが、その度にナユタの身体を透けていく。忌々しげに表情を歪めてドルチェは舌打ちする。


「ふん……本当、気に入らない。その余裕は能力があるからってこと?」

「……………………」

「答える気はなし? いーけど。でもアタシから触れられないってだけじゃないっしょ? アンタからだって触れることはできないはず。つーことは、アンタが誰かを攻撃する瞬間には無防備になる必要がある」


 金の髪に指先を埋め、手ぐしをしながらドルチェは言う。

 その指摘は間違いではない。破格の固有能力である万華回廊(カレイドスコープ)の唯一と言っていい弱点がそれだ。自分から触れる際には能力を解き、空間の膜を捨てて向き合わなければならない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()? 警戒する必要もないちっぽけな女ね、近江ナユタ。殺すのは後回しにしてあげる」


 言ってドルチェは髪から手を離し、吠え続けるガトリング砲の方に視線をやる。音速を越えて移動する宇都宮コトリ。彼女を狙ってガトリング砲の斉射を続ける倉見モカ。


「……フフ、バカなコトリね。倉見モカを手に掛ける気はないんだ」


 コトリは音速で駆け回るばかりで防戦一方だ。攻撃に転じる気配がない。その理由にすぐに思い当たる。音速を越える一撃……手加減のしようがないからだ。意識を奪うだけなどという器用な真似ができない。ひと度モカを攻撃すればきっと命を奪うことになってしまう。


「アタシには遠慮ないくせに。妬けるわ」


 ドルチェはそう言って両手を掲げ、振り下ろす。モカに向かって半透明の糸で編まれた網が出現。それに気づいたモカはとっさにガトリング砲をそちらに掃射し、糸は虚空で細かい繊維に分解されていく。


 モカの殺気の篭った視線がドルチェに向けられる。意に介した様子もなく、


「ダンスは得意? 狂犬さん。リードしたげる」


 ドルチェはくすくすと笑って、タクトを振るように指先を動かす。モカを囲う波紋のように、数多の半透明の糸が出現する。彼女の足元に積もった薬莢の山がジャラジャラと音を鳴らして崩れていく。自らに迫る糸を、モカはステップを踏むように回避する。


「うまいじゃん……フフ」


 嗜虐的に笑うドルチェ。そのすぐ真横にコトリが出現。側頭部目掛けて振るった拳を開いて、鉤爪のような形を作り、再びコトリの姿が消えた。きっと見えざる糸を引っ張って『繭』を剥がそうという算段なのだろう。


「懲りないわね」


 そう笑うドルチェに、ガトリング砲の銃口が向けられる。


「……ふーん? 二対一ってわけ? 面白いじゃない、そうこなくちゃ」


 軽口を叩くドルチェ。

 しかしガトリング砲が吠えるよりも早く、校庭の一瞬の静寂の中にちいさな音が響いた。


 ――パキッ……


 小枝か何かを踏むような、そんな音。

 三対の視線は音の出処、フェンス越しの物陰に向かう。


「…………っ!」


 こちらに背を向けて駆けだす誰かの影があった。ナユタの位置からでは、それが誰なのか判別できない。後ろ姿に向けて誰よりも早く反応したのはモカだった。辺りの糸など忘れたようにその後ろ姿に向けてガトリング砲の銃撃を開始。轟音を立てながら、倉見モカは何者かの後を追って駆け始める。


「……つれないわね。ダンスはまだ途中じゃん?」


 両手を広げるドルチェ。しかし糸による攻撃がモカに迫るよりも先に、ドルチェの正面にコトリが出現した。


「つれないのはおまえだ、ドルチェ。もう少しわたしに構え」

「ハエのように飛び回るだけのアンタの相手をしろって?」


 激しく視線がぶつかりあった次の瞬間、コトリの姿が消え、コトリの居た場所を縫うように半透明の糸がピンと張っていた。ドルチェは舌打ちしながら視線をモカの背に向け、手を伸ばすが、今度はその真横にコトリが出現。


「鬱陶しい……!」

「そう言うな。そら、アン、ドゥー、トロワ」

「チィ……ッ」


 ふたりの戦闘を横目に、ナユタはしばらくぶりに足を踏み出す。

 目指すのはモカの背だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ