■ 05 … 003
――00:22――
僕、佐伯フユ、黛チカシの三人は浅倉エイジと別れて森の中を歩いている。エイジをひとりにすることは心配ではあったが、彼の能力を考えれば別行動を取るのが最善に思えた。不安を捨て切れないのは彼がテレパシーによる定期連絡を断った所為だ。移動に彷徨う羅針盤という固有能力を多用する都合上、緊急時以外はそちらに集中したい――そう言われれば納得せざるを得なかった。
エイジは辻ミモリを、僕らは八嶋ナデシコを探すことになっていた。
僕が先頭になり、生い茂った草をかき分けて進んでいく。
「……ナデちゃん、どこにいるのかなぁ。早く会えればいいんだけど……」
「さて、ね……アスク、明かりはこんな物でいいかい?」
殿を務めるチカシが僕らの前方に八咫烏の焔羽根で炎を作っている。その焔は行く先を飴色に照らしている。
「あぁ……こんくらいでお願い」
「任された」
深夜の森の中で歩くのに難儀する為ではない。なにせ僕らは超常現象行使者だ、最新の機器で調光でもするみたいに能力で視界を補い、深い夜闇であっても昼間の如く鮮明に見ることができる。チカシの能力で明かりを灯してもらっているのは、八嶋ナデシコが僕らを発見しやすいようにと考えてのことだった。
もちろん危険はある。倉見モカ、神楽坂ドルチェという脅威に見つかってしまう可能性だ。けど、今はその可能性は低いと踏んでいる。モカの前には学校で近江ナユタが立ちふさがっているはずだし、ドルチェを止めようとする宇都宮コトリの戦いは未だ続いているはずだからだ。
とはいえ万華回廊で無敵のナユタを前にモカがいつまでも留まっているとは思えないし、ドルチェの前にコトリが倒れる可能性もある。余裕を持って行動できるというわけではなかった。合流を急がなければ……
「……っ、……寒っ」
左腕から体温を奪う感触につい、そんな言葉を漏らしてしまう。背後を歩くフユが申し訳なさそうに、
「ご、ごめん。やっぱり余計なお世話だったかな……」
と言ってくる。慌ててそれに首を振る。
「いや……助かってる。冷たいのは生きてるって証だし、我慢すりゃいいもの」
「強い子だね、アスク君っ」
モカの襲撃によって被弾し、灼熱のような痛みが続いていた僕の左腕。その患部を薄くない氷が覆っている。佐伯フユの能力……氷化粧による止血だ。先程までは僕の稚拙な応急処置で済ましていたが、今や傷口を凍らせることで出血や痛みをやり過ごすことができていた。これなら雑菌の類が入ることもないはず。すごい冷たいけれど。
……それにしても、強い子って。一応僕のが年上なのだが。
僕はフユに向けて肩越しに苦笑して見せて、正面を向いて進んでいく。
『神楽坂ドルチェと宇都宮コトリ。悲恋を唄う蜘蛛と春への扉の衝突が気になると見た』
ふと、五十嵐ビビの亡霊が僕の耳元で囁くように言った。
……久々に喋ったと思ったら、そんな分かりきったことを。
僕は後ろを歩くフユとチカシに気づかれないよう、横目でビビを睨む。無論意味はないのだが。彼女はそんな僕の様子など見越していたように『んふふー』と笑って、
『有利不利で言えば、コトリが不利だね』
腕を組んで、こくこくと頷きながら語る。
『神楽坂ドルチェ……悲恋を唄う蜘蛛。見えざる糸を自在に操る。絹のように脆いそれを束ねたり編み込んだりすることで、様々な用途に対応できる優れた能力。実体がある物ならばどんな物にも触れることができる』
言って、不吉な黒猫みたいに僕の前を横切ってみせる。やめてほしい。
『宇都宮コトリ……春への扉。音速を越えて行動することができる。音速を越えて叩き込まれる一撃の破壊力は、ちょっとした物だろうね……もちろん音速を越えて移動する負担で身体が自壊するなんてこともない。制御できるわけだ』
浅倉エイジが教えてくれたのと合致する。未来予知でドルチェとコトリの能力まで見たのだろうか? あるいはエイジが僕らに語るシーンを見たのかもしれない……
『神楽坂ドルチェは悲恋を唄う蜘蛛を使って繭のように自身を覆っている。何重にも編み込むことで音速を越える一撃すら受け止める』
繭の強度がどれほどの物かはわからないが、まるきり無傷というわけにもいかないだろう。しかし破損した部分を編み込み直すことで、すぐさま見えざる防壁は万全に戻る……
『音速を越える不意打ちを凌いで、相手を捕捉したドルチェからすれば後は簡単だ。コトリの首に糸を巻き付ければいい。絞殺に至るまでもなく、春への扉で離脱しようとするコトリ自身によって首の骨がポッキリと折れてしまうだろう』
強度を高めた見えざる糸。音速を以って引きちぎられるよりも早く絶命を迎えるというわけだ。……不可視の糸を操る悲恋を唄う蜘蛛は攻守に優れた固有能力だ。一方の春への扉はあまりに直線的だ。エイジが言っていた『焼け石に水』という言葉はまさしくその通りだった。
『ただまぁ、ドルチェの糸にも弱点はある。わかるかい?』
弱点……? 利便性の塊のような能力のどこにあるって言うんだろう? わからない。伝わるはずもなかったが、僕は肩をすくめて答える。一呼吸の間を挟んで、
『透明であることを放棄しなければならないのさ』
五十嵐ビビはそう言った。そこまで言われて理解が及ぶ。自分の手から離れた糸……それが透明だったら、一度見失えば判別のしようがないってことか。防衛に使う目的ならば張り巡らしておけばいいだけだから、話は別だろうが……
『ドルチェは攻撃のための糸に色を与える。半透明の糸になるわけ。同じグループにいたコトリならきっとそのことを知ってる。いくら不利であっても一撃離脱を繰り返すことはできる』
そうやって、懸命に。
神楽坂ドルチェの足止めを、宇都宮コトリは続けている。
「…………、…………」
悲恋を唄う蜘蛛……どうすれば攻略できるだろう? 僕はフユとチカシと共に島を歩きながら、そんなことを考え続けた。