■ 05 … 002
――00:04――
近江ナユタは激しい豪雨の中で立ち尽くした経験がある。
幼い日のことだ。細い手が支える傘は天から降り注ぐ暴力的なまでの雨の勢いに負けそうになっていた。暗雲の上には海があると言われても納得できそうな……そんな雨模様の空をよく覚えている。しかし豪雨の中で強く印象に残っているのは、町を飲むような雨の量でも、両の手を重くする雨水の量でもない。ひっきりなしに傘を叩く、自分の言葉すらかき消してしまうほどに激しい雨粒の音色だ。
――ガガガガガガガ!!
無限に続きそうなガトリング砲の轟音に、ナユタは雨の日を思い返していた。倉見モカの周りには薬莢の水たまりができている。さながら蜜に群がる蟻の群れのようで、見ようによってはひどくグロテスクな光景だった。
鍵と竜殺しの剣を叩く槌によって作られたガトリング砲。弾薬が無限にあるのは想像の想定内ではある。けどああも薬莢を垂れ流す様まで再現されているのは不思議なことに思えた。ガトリング砲を消せば薬莢もまた消えるのだろうか?
ナユタが肩越しに背後を振り返って見ると、校舎の壁にポッカリとヒトガタの穴があった。ナユタを狙ったガトリング砲の銃弾が穿ち続けた結果だった。万華回廊という無敵のチカラを持つナユタ。無限の弾薬を用いた所で彼女に傷一つ負わせることはできない。倉見モカはその事実に何を思っているのか。ナユタに向けて銃撃を続ける様や、凍りついたような表情からは何も伺えない。
――ガガガガガガガ!!
止む気配のない鋼鉄の雨を前にしたナユタの表情もまた変わらない。対峙するモカと同様貼り付けたような鉄面皮のままだった。まるで合わせ鏡のように、ふたりの少女は鉄の雨を挟んで向かい合っていた。
アスクがこの場を脱してから、時間にして二時間近くが経った頃。
ふいに音が止んだ。
倉見モカの顔が校門の方向に向く。
釣られるように、近江ナユタもそちらを見た。
人影があった。
「――音に釣られて来てみりゃ、あんたら。おかしなことをしてんね」
キャミソールにミニスカート、編み込みのサンダル、ウェーブ掛かった金髪に気の強そうなつり目。私服姿の女子高生という印象を受ける装いの彼女は、この島から出たいと考える五人組に属する神楽坂ドルチェだ。ガトリング砲を目にしても、口元には薄っすらと微笑を浮かべている。
音に釣られた。彼女はそう言っていた。自ら死地に歩んでくるとは……何を考えているのだろう? ナユタは鉄面皮の下で彼女の行動の意図を探ろうとするが、それよりも早くナユタに向いていたガトリング砲の銃口が動く。
ドルチェの方向へ。
「……、…………、…………」
万華回廊のような固有能力があれば無尽蔵の銃弾の雨に耐えることはできる。しかしナユタはドルチェの能力を知らない。彼女の持つチカラは果たして、弾薬が尽きない銃撃をやり過ごすことができるのだろうか……? 銃口を向けられた神楽坂ドルチェは、しかし動じることはなかった。
「あら。おっかなぁい」
むしろ愉しむような、そんな調子の声を上げた。
その瞬間だった。
モカのガトリング砲が咆哮するよりも早く、神楽坂ドルチェの背後に何の前振りもなく新たな少女が出現した。ブラウンのセーターにスパッツ、紺のハイソックス。襟口の辺りで切りそろえられた黒髪が虚空で踊るように揺れている。ドルチェと同じ五人組に属する少女……宇都宮コトリだ。
ドルチェの側にコトリが居ること自体は不思議なことではなかった。けどその光景はどうだ、ちょうどドルチェのうなじの辺りに飛び膝蹴りを入れようとしているような……そんな姿勢だった。
「――――」
一秒にも満たない時間。神楽坂ドルチェが肩越しに振り返るのと、コトリが姿をかき消すのは、ほぼ同時。そこには背後を振り返る神楽坂ドルチェの姿だけが残っていた。
突如として現れ、忽然と消えた宇都宮コトリ……彼女の持つ何らかの固有能力が働いているのは明白だった。出現したコトリを虚空に留めたのはドルチェの固有能力だろうか?
しかし腑に落ちない。宇都宮コトリは神楽坂ドルチェと同じ、島を出ようと考える五人組。ナユタの目に映ったコトリは、まるでドルチェを不意打ちしようとしているようにしか見えなかった。仲間割れ……? そんな言葉がナユタの胸中に浮かんだ。
「フフフ……」
神楽坂ドルチェはナユタたちに向き直る。口元には愉しむような笑み。得体の知れない嫌な物を感じずにはいられなかった。倉見モカもまた同じ所感を抱いたのかもしれない。
ドルチェに向けられたガトリング砲が、吠えた。




