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砂時計の夜  作者: 七緒錬
10/30

■ 04 … 004

「枝の上。誰かいるぞ」


 チカシの囁きで視線を向けた先、太い木の枝に腰掛けた人影があった。そいつは身体を滑らせるように枝から降りて大地に立つ。前ボタンを外したブレザーの制服にスラックスという服装で、髪型は今風のツーブロックの少年。


「よう」


 浅倉エイジ。

 彼は新居シノブを中心とする、島を出たいと考える五人組に属している。


「一体、いつから……?」


 木の上に潜んでいたのだろう?

 エイジはその問いに肩をすくめて、


「盗み聞きする気はなかったんだけどな。チカシのパンチはオレも受けてみてぇ」

「結構聞いてたのな」

「……俺が怒らないのをいいことに、揃ってコケにしやがって……」


 うなだれるチカシをフユが「よしよし」と撫でる。

 緊張感が緩みかけてしまう。


『アスク』


 不意に五十嵐ビビの亡霊が口を開いていた。僕にだけ聴こえる声。


『覚悟は、しておいて』


 ケンイチの時と同じように彼女は言った。


 ……規程された錆色の福音(ラストブレス)は彼女に何を見せたのだろう? それを尋ねたところで答えはないだろう。彼女は言うなれば遺言を納めた蓄音機なのだ。気づけば口内に溜まっていた唾液を飲んで口を開く。


「……盗み聞きする気はなかったって言ったね? ならどうしてすぐに声を掛けなかったんだ?」

「オレたちも色々あってな、そっちの状況も知っておきたくなったのさ。……ん? つぅとオレは、多少は盗み聞きする気があったのかもしれないな。ワリィ、故意だ、許せ」

「……………………」


 浅倉エイジという僕よりひとつ年下のこの少年はいつだってマイペースだ。五十嵐ビビと違った意味でひょうひょうとしていて掴みづらい。ただ性格その物は極めてシンプル。


「返礼ってわけでもねーけど、オレの固有能力を教える。こっちだけ知ってるっつーのは、居心地がいいもんじゃないからな」


 この通り筋の通った善良な少年だ。


彷徨う羅針盤キャッチミーイフユーキャンっつってな、ある物を用いてマーキングしておくことで、その場所にオレ自身を転送することができる」

「転送……ワープってことか」

「ザッツライト。ちなみにある物ってのは一定量を越えた()()()()()()()だ」


 ブレザーの袖をめくって見せてくる。そこにはさながら()()()のように一定間隔で刻まれた、能力のことを聞いていなければ痛ましい自傷癖と誤解しかねない傷痕があった。あの木の枝に血を残しておいたから、僕らに気づかれずに接近することができたってわけか。……各々の魔法じみた能力に驚くのにも疲れてきた。


「ちなみに血液を洗い流されたら使えねぇ。凝固したのが砕けてもダメだ」


 ……ワープを使えるのは比較的最近マーキングした場所。彼が島の外に出たいというグループに属しているのは、外にマーキングを残していない、あるいは既に転送の条件が満たされなくなっているってことか。


「……、…………」


 彷徨う羅針盤キャッチミーイフユーキャン

 そんな固有能力を使い僕らの側へ来た。

 盗み聞きする気はないと言いつつも、こちらの状況を知りたいと言った。


 ――オレたちにも色々あってな。

 その言葉があまり愉快な物でないことは、よくわかった。


「なにがあった?」


 エイジはツーブロックの髪に指先を埋めてわしゃわしゃと掻きながら、言った。


「オレたちの方にも死者が出てるんだよ」

「――――!」


 僕は息を飲む。フユとチカシの驚きの声が上がる。

 彼ら五人の中からも死者が……? 一体誰が……!


「死んだのは、寒川トシユキ。それから――新居シノブの二人だ」

「な……」


 絶句する。


 十八才のシノブはスグヤとテンマと並んで最年長。自然と彼らの姉のような立ち位置に収まっていた。考えが過激になりがちな仲間たちのブレーキ役を買って出る為にグループをまとめていた節があった。


 そんな彼女に惚れ込んでいたのが寒川トシユキだ。本人はその気がないように振る舞っていたが、外から見ればその淡い恋慕はあからさまで微笑ましく思える……そんな少年だった。


 ……いい仲間だった。

 島を出たいという確かな信念を抱いたまっすぐな少年少女だった。


 そんなふたりが、もうこの世に存在していないのだ……

 心が張り裂けそうになる。


 僕はぎゅっと目を閉じて、その心の痛みに耐える。

 ……聞いておかなくちゃいけないことがあった。


「……ふたりはやはり、能力の暴走で?」


 尋ねると、エイジは「あぁ」と頷いて、


「シノ姉は()()()()()()()()()()


 そう答えた。

 その言い回しは、なんだろう……彼に似合わない物言いに思えた。


 ――オレたちにも色々あってな。


 はじめに言っていた言葉を思い返し、ひどく嫌な予感がした。


「トシユキは……じゃあ、どうして……」


 尋ねると、エイジはまっすぐに僕を見る。

 僕の瞳を見ながら、彼は言った。


()()()()()()。犯人は神楽坂ドルチェ。オレたちのグループの、あのドルチェだ」


 半透明のビビの亡霊が、哀しそうに微笑んだような気がした。


 ――生存者 十名

 ――死者  六名:五十嵐ビビ、音城スグヤ、小岩井テンマ、

          日向ケンイチ、新居シノブ、寒川トシユキ

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