■ 01
――21:58――
超常現象行使者だけが集められた瀬戸内海の無人島の中、僕は死者の声を聴いた。幽霊の名前は五十嵐ビビ。僕と同じ島流しの憂き目にあった〈行使者〉のひとりだ。
彼女の死因は依然として不明だ。なにせ外界から隔離されたこの島で暮らす十六人(今は十五人だ)は全員が年端もいかない十代の少年少女。生活を共にした仲間相手に検死を試みる鋼の精神力を持った者はいなかった。
ただ、状況だけは一目瞭然。
海藻と絡まって入り江に打ち上げられた水死体。
皆によぎったのは溺死の二文字だ。
ビビは切れ者だ。乱読家らしい知識量に加えて頭の回転も早い。会話をしていると知らず知らずのうちに本心を見透かされている気分になる。何事にも慎重で、動じない少女だった。
そんな彼女が命を落とし、見るも無残な姿になって僕らの前に現れた。あまり仲がいいわけではない十五人は、互いに疑念を向け合うことになった。無理もない……なにせ死因を特定できない以上、ビビの遺体には三通りの可能性が混在している状態だ。
事故か、自殺か、他殺か。
五十嵐ビビという人間のことを思えば、疑うべき可能性は自ずと絞られてくる。
慎重な彼女が事故で命を落とすようなことがあるだろうか? 想像しづらい。
自殺というのはもっと考えづらい。彼女には無縁の言葉に思えた。
自ずと残るのは、他殺。彼女は何者かに殺されたのではないか。そしてその場合、容疑者は彼女自身を除いた十五人の少年少女ということになる。
『皆揃っての島での生活も一週間だ。自然と行動を共にするグループもできている』
自身の死を迎えた彼女の弁だった。
『私の死体を前にしたことでより強固な繋がりになった。困難を前に連帯感が高まるあれだね。逆に言えば他のグループを疑ってしまうようになった、ということでもある』
僕の前に膝立ちになって、その半透明の少女は語る。
『なにせ私の推定死亡時間――素人のいい加減なものだけれど――のアリバイをグループ単位で証明しているわけだからね。自分たちのアリバイがある以上、他のグループの誰かが手を下した可能性が高いってわけだ』
白い肌を包むのは白いワンピースで、下は素足のまま。
アッシュブラウンの髪をサイドテールに結った彼女は生前と変わらぬ理知的な口調で、
『その結果、アリバイが全くない君を軟禁しておこうって判断になるのも頷ける。このところ私と仲良くしていたことも理由のひとつだね』
残酷な事実を口にするのだ。
僕はため息を吐きながら辺りを見回す。
体育マットや平均台、中身がなくて錆だらけになったボールかごなどが散乱した埃だらけの体育倉庫。ビビの推定死亡時間のアリバイを示すことができなかった僕は、ずっと昔に廃校になった中学校の校舎側にある体育倉庫に閉じ込められている。
「……実際のところ、ビビはどうして」
死んじゃったのさ。
僕はそう尋ねるけれど、彼女は答える様子もなかった。からかうみたいな口調で、
『困ったね。疑いを晴らさないと、君は五十嵐ビビ殺人の汚名を着せられてしまう。その為にまずこの埃臭い体育倉庫を出ないといけないわけだけど、下手に行動したら疑いは強まってしまうね? そして頼れる味方はいない。八方塞がりだ』
ハキハキと不安を煽るようなことを言うのだ。
「……全然死んだって実感がわかないんだけど。おとなしくしようぜ死者」
『私が死んだ実感がわかない? でも君も見たんじゃないか、私の死体を』
「それは……」
口をつぐんでしまう。彼女は苦笑して体育倉庫の中心に腰を下ろす。ワンピースが捲れて色気なく下着が見えた。半透明に透けた向こうには体育倉庫の薄汚れた壁。ため息が出る。
『事実は事実なのだぜ伊吹アスク。私は死んだ、わあ無念。なので無念を晴らしてよ』
晴れ晴れとした笑顔でそんなことを言い出す。
彼女の死にあまり悲しみを抱けないのは、この元気ハツラツでおしゃべりな幽霊を見ているせいもあるが、もうひとつ理由がある。ビビの生前に、彼女が死んでしまうことを、当の彼女自身から聞かされていたのだ。
僕はおしゃべりな幽霊を睨みながら、数日前の出来事に思いを馳せる。
――生存者 十五名
――死者 一名:五十嵐ビビ