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『ぎび もあ』  作者: トキタケイ
びえりお漂着編
6/46

試練②

 やがて二人の前に、辺りのどんな木々よりも高く巨大な鳥居が姿を現した。

 スミ山の入り口へ、やって来たのだ。

 カギロウと父は、合図をするでもなくその鳥居の前で立ち止まり、互いに向き合う。


「準備は良いな」

「ああ、心身共に盤石だ。試練は始まっているのだから、もう行くよ」

 研ぎ澄まされたコンディションに、感傷などもはや荷物でしかないとカギロウは踏み出した。

 しかし彼が鳥居をくぐろうとしたさなか、父親は不意にその背中を呼び止めるのだった。


「待て。やはり最後に、お前に言っておくべきことがある」

 カギロウは立ち止まり、首だけで父親に振り向いた。

「私が試練に臨んだ日のことだ」

 それは父親が誰にも明かすことをしなかった過去。

 潔さとは異なる、どこかタブーに振れる事を恐れるように口を閉ざし続けてきた父が、今この場で全てを伝えようとしている。


 カギロウは父親と向き合った。

「私は試練を乗り越えることが出来ず、刃引き者となった」

「残り一日のところまで耐えたんだろ。俺は父さんを誇りに思うよ」

「そんなことは、どうでもいい」

 カギロウとしても父親を慰めるために言ったのではない。飾られることのない本心だ。

 しかし父親は拒絶した。

 もっと重要な事実が、告げられようとしている。


「お前はこれから、この山の中で二十日間の時を過ごさねばならん。その身一つでだ。そこにどんな意味があるか、当然知っているな?」

「アキワタ様への信仰を試される。揺るがぬ信仰心を持っていれば、アキワタ様はそれに応え、戦士として迎えて下さる」

「そうだ」

「……」

 要領を得ぬ父親の物言いに、カギロウは戸惑った。

 対して、息子を見る父親は昂然と立つ。だがその瞳が僅かに揺れたのを認め、カギロウは父が必死に言葉を選んでいるのだと見抜いた。


 やがて決意を込めた視線をカギロウに向け、父親は再び口を開く。

「そう、お前はどんな困難にも立ち向かい、生き残らねばならない。それは我々の命こそがアキワタ様から与えられた恵みであるからだ。生きようとする意志が即ち神への信仰となる。しかしな、そうだとしても……。いや、どういう訳か、村には例外となる言い伝えがある」

「異形」

 カギロウはすぐさま答えた。どことなく察していたのだ。


 かつて、父も村一番の戦士になると期待されていた。並の獣では敵わぬほどの身体力と精神力、それを持ち合わせていたと、カギロウは母から聞かされている。

 それでも父は試練に失敗した。体中に傷を負い、血に塗れながら山を駆け下りて来たのだ。

「父さんは異形に会った……」

「異形はあらゆる生物の天敵だ。故に『会ったなら、それを定めとし命を捧げよ』。しかしカギロウよ私はな、アキワタ様を信じるならば、命を捨てるどのような理由も存在してはならないと思う。たとえ相手がどこまでも強く、凶悪で、……敵わぬとしてもだ」

「父さん、俺は……」

「だから私は、己の命を守った。傷つきながらも奴の片目を潰し、怯みを見せた隙に逃走したのだ。そして刃引き者となった。いいかカギロウ、大事なのは村の掟ではない。お前にアキワタ様を信じる心があるならば、己の命を尊重するのだ。異形は神ではない。奴に命を捧げるなど、神への裏切りでしかない。もし会ったなら、抗え。敵わぬと思ったなら、逃げるのだ。狂った掟より、命を守れ」


 カギロウの父親は、その海のように広い心に憎しみを沈めて生きてきたのだろう。

 苦し気に息子を諭す様は、彼が理不尽な掟に縛られながら歩んだ人生を物語っていた。

 しかしそれ以上に、父はカギロウに命を落として欲しくはないがためにそう言ったのだ。

 戦士は何があっても生きなくてはならない。村の者が何と言おうと、アキワタ様は全てを見ていて下さるのだから。命を捨て、信仰をやめた者に、神の加護は宿らない。

 それが父親がカギロウに向けた言葉だった。

 果たしてカギロウは、全てを受け取ることが出来ただろうか。


「……いや、とにかく私はお前が無事に帰ってくればそれで良いのだ。お前は戦士となるにふさわしく立派に成長した。何があっても、私はお前を誇りに思う」

 父親は誤魔化すように笑った。それは、どんなに熱くカギロウに対して神への信仰を説いたところで所詮は刃引き者の戯言には変わりがないと思っての事だろう。

 だから彼は、父として息子には無事でいて欲しいと、そう言うことにした。


 しかしカギロウは目を潤ませ、嘘のない笑顔を父親に返す。

「うん。俺も、やっぱり父さんを誇らしく思うよ。そして自分のことも。こんなに立派な戦士の息子として生まれてきたんだから。俺は父さんのように生きるよ。何があっても」

 カギロウは父を知っていた。分からぬ筈が無かったのだ。

 彼の人生は戦士になるための人生。父親による鍛錬の中で、何者にも負けぬ精神と体を培ってきた。


 今のカギロウは、かつての父そのものだった。

 仮に試練に失敗することがあれば、それは想定外の何かが起きた場合以外にないと、確信していた。

 そして父親は”例外”と遭遇し、掟を捨てて命を拾った。

 カギロウはそれこそまさに揺るがぬ信仰の姿だと、父に真の戦士を見ていた。


「それじゃあ、行くよ」

 通じ合う親子の絆を胸に、カギロウはスミ山へ駆けて行った。

 父親は遠ざかっていく背中が見えなくなってからもしばらくその場に立ち尽くしていた。


 近年における試練。どういう訳か生きて帰る戦士の数が激減している。

 だが『どういう訳か』というような言葉は、カギロウの父親に言わせれば掟に縛られた者の言い草であるだろう。

 ワク村の若者は軟弱ではない。親も、子を守らんがために厳しく育てるのだ。

 かつて例外としてスミ山に出没したモノ。それが今では攻略不可の試練として、カギロウを待ち構えているのかもしれない。

「アキワタ様……」

 父親には、祈る事しか出来ない。

読んで頂きありがとうございます。

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