1008年9月22日 メルケル
メルケル自警団の詰所がある建物の地下の一室。
トニが調達してきた法衣を前にカールが集中力を高めていた。
付与を行うには、まず対象の物品に宝石を埋め込み、その宝石に魔力を込めて対象に様々な効果を付ける。
水の力を帯びた法衣、光を灯す杖、炎を出す棒、強度を上げた防具、追加効果のある武器・・・
ふだんの生活用品から武具や兵器まで、アストニアにおいて付与魔法はなくてはならないものだった。
付与できる魔力の最大量は宝石の密度と大きさによって決まる。
よってアストニアでは大きな宝石は高値で取引されるが、大抵良品は大国の騎士団や魔法ギルドに持っていかれてしまう。
まず宝石を手に入れ、その後自分の思う効果をつけてくれるよう魔法使いに依頼するのだが・・・宝石も魔法使いも貴重なため、平民が強力な付与武器を持つことはまず不可能だった。
賞金稼ぎのメンバー達もそれぞれ付与武器を持っている。
皆爪の先ほどの宝石しか付けていないが、ダリの弓は反発力を大きくして威力を高めていたし、クラウの大剣に宿っている雷の力は、剣を合わせた時に相手の剣を伝っていき、痺れさせて隙を作ってくれる。その効果は彼等の仕事に十二分に役立っていた。
自分の武器に何を付与するか、付与された力をどのように使うかで、実力が上の相手と同等に戦えたり、勝てたりもする。
戦闘に置いて自分や相手の付与魔法の種類を知る事は、戦いにおいて非常に重要な要素だった。
魔力付与の儀式においては、供物と魔法陣が必要となる。
術者は宝石に供物と自己の魔力を封じ込め、対象と一体化させる。
効果は術者が決定できるが、供物と効果の相性が良いほど、効果は大きくできる。
今回トニは、鶏の頭ほどの青玄石を6つと、供物として「氷樹」とよばれる植物を用意していた。
調達には随分苦労したようで、当初の想定よりも出発がだいぶ遅くなりそうだった。
今回付与するのは、氷の力で見えない膜を張り炎の熱を遮断す効果で、炎の魔物や魔具の対策としてよく使われる術ではあったが、この世で最も高温と言われるドラゴンの炎を想定したものなどなかなかない。
用意された宝石は、カールが自分自身で用意できる物よりもはるかに大きい。今まで経験してきた物とは比にならない難しい仕事に、彼は興奮していた。
部屋の中には大量の氷が運び込まれており、また他の魔法使いにより事前に限界まで冷やされている。こうしておくと、込められる氷の力がより大きくなる。
術中はトニが立ち会う事になっていた。魔力の集約が上手くいかないと、力が様々に暴走し、術者を傷けたり、対象物が破壊されたりする。何かあった時のために立ち会い人を置くのが一般的だった。
カールが白い息を吐く。魔法陣の中心に配置された緑灰色の法衣。その胸元にはめ込まれた青玄石が鈍く光る。
(集中しろ)
カールは自分に言い聞かせた。
供物となる氷樹を両手のひらに載せ意識を集中する。氷樹が鈍く青い光をはなつ。そしてカールの両掌の上にふわりと浮かぶ。
氷樹の周りの光が徐々に強くなる。
付加の魔法は詠唱を必要としない。
追加する効果を明確に想像し、魔力を凝縮し宝石内に封じ込める。効果を常時発生させたいのであればこれだけであるが、条件をつけたい場合にはその条件も同時に想像する。
今回は、「炎に晒された時に、その熱を遮断するべく氷の膜を周囲に発現させる」というイメージ。
術者のイメージにブレがあれば、当然効果もブレる。魔力が低ければ効果は小さくなる。
術者には圧倒的な集中力と高い魔力か要求される。
カールが掌を前に出す。
強く深い青光を纏った氷樹が、ふわりと動き、青玄石に向かっていく。
宝石と氷樹が重なる。氷樹は既に実体のないものとなっており、物理的にはぶつからない。
だからまるですり抜けたように見える。
カールは両掌を胸の前で合わせる。光が振動し、強くなりながら集約する。
キィィィィン
高い音と共に空気が震える。ひときわ強く光ったあとに、光は宝石の中に吸い込まれるように消えた。
「終わった。多分成功だと思う。」
カールが荒い息を吐く。
「すごいな。魔力が大きいし集約の速度も早い。メルケル一番の魔法使いにも引けを取らないんじゃないかな。」
「いや、想像は多分上手くいったけど、魔力が充分だったかはわからないな・・・」
二人して法衣を見やる。青玄石のもつ本来の青黒い輝きは消え、変わりに明るい色の光を放っていた。謙遜してみたものの、恐らくドラゴンの炎にも十分耐えるだろう、とカールは予想していた。
「それから、次に行く前に少し休ませてくれないかな。宝石がでかすぎる。」
大きい魔力を放出すると、魔法使いは消耗する。消耗によって出てくる症状には個人差があるが、カールは目眩と眠気に襲われるのが常だった。
「もちろん。この大きさだと、半日でひとつが限界じゃない?」
トニが言う。
わかったような口を聞かれると腹が立つが、半日は妥当だ。カールは黙って頷くしかなかった。