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魔剣戦記 Ⅰ  作者: せの あすか
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999年9月11日 トラギア王国から北へ向かう街道

トラギアを出発してからもう半日近く、歩き詰めだった。


「あと少しです。皆さん、頑張って。」


自らも傷だらけの身体を引きずりながら、トニは周りに向けて言った。


返事は、ない。

意味のない会話をする気力は、人々には残っていなかった。





馬車が連なる。

その上には、自分で歩くことのできない怪我人達が乗っている。


馬車の周りには足を引きずり、苦痛に顔をゆがめながら歩く人の群れ。

その列は街道を埋め尽くし、呻き声と悪臭を伴って長く長く続いていた。




ドラゴンの襲撃を受けたのが夜半前。

被害が明らかになったのは、夜が明けてから。



まず城だが、生き残りは皆無と言ってよかった。

石は熔けて黒焦げになり、外壁も塔も完全に崩れていたし、夜明け前から雨が降った事であたりは濃い霧に包まれてしまい、外から様子をうかがう事すらできない。

地下道も途中でふさがってしまっていたし、近づくだけでも熱い。


とても生存者がいるとは思えない有様だった。




街も・・・ほとんどの家が崩れ、焼かれていた。

そして驚くほどの数の死体が転がっていた。

理由はわからないが川も枯れてしまい、もはやあの場所に人が住むのは不可能に思えた。




生き残った人々も大勢いた。

多くは、物陰に隠れるか山や森に逃げて難を逃れた人々だった。

後は、たまたま出かけていた者、地下室など熱の影響を受けない場所にいた者もいた。



動ける者は協力して怪我人を助けたが、水もなければ食料も薬もない。

とにかく山を降りなければ、みんな死ぬのは明らか。

だから、皆で街道を下ってきたのだった。





街道をしばらく降りると湧水があったので、水はなんとかなった。

あと半刻もすれば、旅人用の宿場まで辿り着く。そこにはとりあえずの食料と物資があるはずだった。




トニの横に、後方の人々の様子を見に行っていたジャンとコビが戻ってきた。



目だけを合わせた。

かわす言葉がない。




自分たちが、この大いなる破壊の原因かもしれない。

そんな思いに、3人共押しつぶされそうだった。




トニが手綱を引く馬車には、一緒にドラゴンと戦ったあの騎士が乗っていた。



全身火傷して、喋ることもできない。

もはや、意識があるかどうかもわからない。



ただ、死んでいないだけ。



ドラゴンが去り、王女が居なくなった後、3人は必死になって生存者を探し、けが人を救い出した。

そのなかにこの名前も知らない騎士もいた。



もう助からない。そう確信していても、馬車に載せた。

体が勝手に動いた。



ほかの住民たちも皆、助からない人を助けようとする。

そしてそれが死体であっても同様だった。



いま山を下る長い長い列の中にも、子供の死体を抱えたまま歩く母親が、何人もいた。



捨てたら、置いていったら、人間でなくなってしまう気がする。

けが人を救うためではなく、自分を救うために体が動いた。






馬車の上。

騎士が苦しそうなうめき声をあげるたび、3人は歯をくいしばる。

死は問答無用で彼を引きずり込もうとする。



どうしようもない。

薬もない、魔法でなんとかできる状態じゃない。



はやく宿場に着きたい。3人共、限界だった。







突然、騎士のうめき声が一瞬大声に変わり

そして息を大きく吐く

そのまま、動かなくなった。



トニが騎士の元に駆け寄って脈をとる。

黙って、首を振った。



コビが馬上で涙を流す。


トニもうつむいて、泣いている。


ジャンは、なんとか涙をこらえ、歯を食いしばる。





騎士の死体は載せたまま、移動を再開する。

立ち止まるわけには、いかなかった。


この列を止める事は、さらに死者を増やすことになる。

這ってでも、進まなければ。






歩きながら、ジャンが言う。


「なあ、トニ。」


「ん?」


「原因は・・・あの剣なのかな・・・」


「わからない。でも、王も王女も突然おかしくなった。

王女は、あの剣を持った瞬間に人が変わったようになった。それは間違いない。」



「・・・コビはどう思う?」


「全部の原因があの剣かって言われるとわからないけど、あの剣は変だ。」



「・・・だよな。」



ジャンはしばらく黙って、そして再び口を開く。


「おれはさ、トニ。あの剣に何もなかったとはやっぱり思えない。

そして近頃のオルドナはおかしい。

あの剣も、何か変な意図があってトラギアに送られたと思うんだ。」


「僕もそう思う。外交上もなんとなく違和感があったんだ。

祝うだけなら別に手紙だけでも充分だった。

何らかの悪意があったのならば、辻褄が合う。


まだわからないことだらけだけど。」



「調べてみようぜ。戻ったら。」








トニがちょっと答えずに間を置いた。



ジャンは不思議そうにトニを見る。







「ジャン。僕は、もう帰る気は無いよ。」







ジャンもコビも目を丸くして言葉を失う。




「帰らないって・・・どうするんだ!軍を抜けるって事か??」


軍を勝手に抜けるのは、重罪。

捕まれば間違いなく死刑。



「そう。僕はもう、オルドナを信じることが出来ない。オルドナの為に動く軍もね。」


「でもお前・・・ミーナさんはどうすんだ!」


「母さんは・・・わかってくれる。

迷惑はかけるかもしれないけど、あの人は僕よりずっと強くて勇敢だ。大丈夫。」



トニの母親は、ビルトで診療所を営む薬師だった。父親は幼いころに亡くしており、いない。


オルドナの法では、罪人の家族が罪をかぶることはない。

だが、裏切者の家族として揶揄されるのは間違いなかった。


トニはそれを母親に負わせる事まで、覚悟している。




「とりあえずトラギアがなんでこうなったのか、調べる。

その結果、もし必要ならば、オルドナを倒す方法を考える。」


「倒す・・・って。オルドナを滅ぼすって事か?」


「そこまではちょっとわからない。

とにかく、今のオルドナのやり方を変えさせたい。

でも軍にいる人間が中から変えるってのは容易な事じゃない。」



その通りだった。軍は上の決めた戦略と命令に沿って動くのみ。

それが崩れると、軍は軍として機能しない。

死地に飛び込めと言われたら飛び込む、殺せと言われれば問答無用で殺す。

それが軍だった。



「だから外から変えたい。いやその前に、この人たちや周辺国の人たちを、オルドナから守りたい。

ソラスの人たちも苦しんでる。

トラギアの人たちも・・・多分オルドナのせいで苦しんでる。


なんとかしたい。方法は思いつかない。今から探すよ。」




「・・・・・・・」





ジャンはトニの思考に追いつこうと必死で考えている。


トニが突拍子もない事を言い出すのはいつもの事だったが、今のはズバ抜けて突拍子もない。



「ねえトニ。」



コビが割って入ってきた。




「ボクも、トニに付いて行って良いかな?」


「ダメだ。君は集落に戻るべきだ。皆が待ってるよ。」


即答。


ぐっとコビは唾をのんで、悔しそうな顔をする。





「見くびらないで欲しい。ううん、自分が弱いのはわかってるけど。」


真っすぐな瞳でトニを見る。


「でもアンリ王子が死んだんだ。なにもせずにこのまま帰るなんてできない。

コボルトの寿命は人間の半分でしょ?1回帰って報告してる暇なんてない。

せめて、今回のこれが、何で起こったのか、突き留めて納得したい。


お願いだよ!」



まとまらない想いをそのまま口にする。

支離滅裂だが、トニには充分伝わったようだった。




「コビ・・・」



しばしうつむいて黙り込んでいたジャンも、顔を上げて言った。


「よし、決めた。オレも戻らない。コビに負けてらんねえよな。」


「ふたりとも・・・無理はしなくていいよ。僕はひとりでも・・」


「バカ、オレがそんなんで無理するかよ。

ずっと引っかかってて、どうすればいいかわからなかったんだ。

でもトニが答えをくれた。


オルドナを敵に回すっていう選択肢が見えてなかったんだ、オレには。」



「ボクも無理してない。でも一人じゃできないから、トニとジャンの力を借りたい。」


「ジャン・・・コビ・・・」




「トニ、初めてあった時のこと、覚えてるか?」


「そりゃあもう。」


大勢にいじめられていた西方からの移民の子をかばったのが、ジャンとトニのふたりだけだった。


移民の子と三人して、ボコボコに殴られた。

それからもう10年以上、ふたりは親友だった。




「オレは、昔から曲がったことが嫌いだ。お前もそうだったよな。

でも今までは任務であれば・・・必要があれば曲がったこともしてきた。

その結果が、これだ。」



「まだ、あの剣が原因って確定したわけじゃないけど・・・」



ジャンはそれには答えず、改めて難民の列を見渡す。



「こんなのは、許しちゃならない。絶対に。

だから、オルドナは倒さなきゃならない。」





「ジャン・・・」





結論を出すにはどう考えても性急だ。



でもジャンの直観はいつも外れない。

そして自分の直感もそう告げていた。





やっぱり、オルドナと敵対する事になるだろう。


トニは確信していた。


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