1008年9月10日 山中の廃墟 2
「・・・というわけだ。
その後8年間、ユリース王女の行方は今の今まで全く分からなかったし、なんでいきなりドラゴンが襲ってきたのかも未だにわからない。
だけど、その剣と王の行動がやっぱり原因なんじゃないかって思ってる。」
忌わしい記憶を引きずり出した事で、ジャンとトニの表情は暗く沈んで見えた。
今夜は厚い雲のせいで星も月もない。
辺りは塗り込めたような暗闇で、魔法の光が近くにあるせいでいっそう黒さを増していた。
時折、小降りになった雨粒が暗闇の中に光る。
「へえ・・・そんな感じだったんだな・・・なんかあったとは聞いてたけど全然知らなかったよ・・・」
衝撃的な話で、クラウはちょっと放心状態だ。
「私も初めて聞きました。びっくりです。」
キャスカも同意する。
「ねえ、剣がその王様とユリース・・・
王女?を狂わせたとか?そんな事あるの?」
ビッキーが首を傾げる。
「禁呪・・・だよ多分。」
カールが掌の上で魔法の光をもてあそびながら言う。
「禁呪?」
ダリとビッキーが同時に聞き返す。
トニとジャンは知っていたようで、頷いた。
カールが続ける。
「うん。禁呪にも色々あるんだけどね。
付与魔法で禁忌とされているのはまず人の精神に影響を及ぼすもの。
混乱、眠気や殺意、幻覚とか悪意があるのはもちろんだけど、例えば眠気覚ましとか高揚感を与えたりとか、気持ちよくなったりってのもダメ。
麻薬と一緒だからね。
あとは、生命そのものや動物の体の一部を供物とする行為は禁忌。
ミミズ一匹でも、魚の骨でも、供物にしてはいけない。
植物は大丈夫。魔物はどうだっけなあ。」
暗闇の中魔法の光が下から顔を照らすので見た目がずいぶん恐ろしい事になっているのだが、当人は気づいていない。
「へえ。あーそういえばそういうのがかかってる武器欲しくないかって奴がウチまで来たことあるよ。
気持ち悪くて追い返したけど。
・・・あんた、顔怖いよ?」
とビッキー。
カールは無視して続ける。
「なんで禁忌とされたかはまあ色々あったからなんだろうけどね。
いまの話だと、持った人間が意識を持っていかれて行動させられてる。
その時点で禁呪以外ありえない。しかも、んーと王と王女にしか反応しなかった?
なにか特別な・・・複雑な制約がかかってた。
それに相当効果が強いみたいだから、多分供物は・・・なにかの命。」
カールが皆を見回しながら言う。
一同は見た目の怖さと内容のおぞましさに、ごくりと唾をのむ。
「そう、多分そんな事だろうと予想をしてそのあと色々調べてみたんだ。
でも、特定の種族・・・例えばエルフが持つと効果を発揮する、ってのはあったんだけど「人間の特定の一族に」とか「王族だけ」とかいう条件はあり得ないみたいなんだよね。」
トニが割り込んだ。皆がほっとする。
「あとは、トラギア城の魔法使いが見てもわからなかったっていうのがなんでか、それもわかってないんだ。何か心当たりはないかな?」
「んー。制約はそうだね。条件付けがなにかもっと特別なんだと思う。
わかんないけど。あとバレなかったのは、偽装かな。
魔法がかかっていないようにみせる魔法をかける。
ああ、鑑定をしなかった可能性もあるね。単にサボった。」
「なるほどな。」
ジャンがうんうんと頷く。
「でも、付与者より鑑定者の能力が高いと、意味がない。
宮廷付きの魔法使いにバレないように偽装できたんなら、付与者は相当な力を持った術者だ。」
「そうか・・・ありがとう、参考になった。
ユリース王女は、剣を持っていなかったんだよな?」
ジャンが皆を見回す。
「ああ。間違いない。気になるなら拾われた修道院にも聞いてみるといいさ。
ペ・ロウの北の、ミトラ修道院だ。」
クラウが久しぶりに口を開いた。
「それも不思議だよな。居なくなったのはトラギア。
再び現れたのは8年後、ミトラ。
その間どこで何をしてたのか・・・」
ダリが端の寝床で寝息を立てるユリースを見つめる。
「さっきの騒ぎの時さ、多分なんだけど、あの娘記憶が戻ったんだよね?
あんたらに襲い掛かったくらいだから・・・・
目を覚ましたら、聞いてみるのがいいね。」
ビッキーが言う。
「うん・・・だけど、心配だね。一気にいろいろ思い出したんだろうし・・・
皆、一度にあまり質問したりせず、様子を見ながらにしてほしい。
というか、話をしてくれるかどうか目を覚ましてみないとわからないけどね。」
「私に任せてみてください。女同士の方がなにかと警戒されないかも・・・」
キャスカが申し出るが、ビッキーが笑い飛ばした。
「ハハ。あの娘にはそんなの関係ないよ。
なにせここにいる面々の中で一番強いからね。」
確かにそうだった。キャスカは恥ずかしそうに黙ってしまう。
トニがしばらく考えた後に言う。
「僕とジャンはやめたほうがいいね。
そっちのメンバーの中で一番付き合いが長いのは・・?」
「おれだ。」
クラウが手を上げる。
「頼めるかな?クラウ。」
「ああ。任せてくれ。
ただ、あいつが自分からしゃべる気になるまでは、無理強いはしない。
それが条件だ。」
「もちろん、それでいい。
心配だから、眠りの魔法をかけておこう。
明日昼間で寝ててもらって、その間に麓の町まで運んでしまおうと思う。」
確かに、ここで不意に目を覚まされると、また何をするかわからない。
誰も異を唱えなかった。