999年9月10日 トラギア王国 城下町
昼近くに家臣が騒ぎ出したっていうから、王が消えてからもう半日か。
オレたちは女門番に連れられ、またトラギアに戻ってきた。
が、正直なところなにも役に立っていない。
当然だ。オレたちが王と初めて会ったのはつい数日前。
そもそもどういう方なのか、ホントの所はわからないし、普段の行動も知らないから。
王の行方は、全くわかっていない。
以前も突然外出することはあったが、最低限重臣には行先を告げていたそうだし、従者もひとりふたりは連れていくのが常だったようだ。
それが今回は、本当に突然、誰も連れずに居なくなった。
あのラグアスでさえも、相当にうろたえていた。
そういえば、さっきラグアスが漏らした一言が気にかかる。
「あの剣が無いんだよ。」
オレたちが運んだあの剣。
あれを持って王はどこかへ行ったのだろうか?
やることも無いので、兵士たちと一緒に街へでて、住民達に王を見てないか聞いて回った。
コビとトニは城内の捜索を手伝うようだった。
30人ほど空振りして、もう諦めようかと思った矢先、王が出ていくのを見たという住人が現れた。
織物職人の女。
川で布を水に晒していたところ、馬に乗った王が脇を通って行った。
が、声をかけても返事がない。
虚ろな目で、街道を下った、と。
そして、剣を抜いていた、と。
おかしかった。
まずオレたちは街道を下っていたから、もし王も街道を下ったなら、ここに来る時にすれ違ったはず。
道は一本道だったと思うが・・・
どこかに分かれ道があるのだろうか?
それから、王が剣を抜いたままでウロウロするなんて事はありえない。
アストニアでは、王自身が外で剣を抜く時は国を挙げての戦争の時だけと相場が決まっていた。
だから、にわかには信じがたい。
他に見た人間が居ないか、もう少し頑張ってみることにした。
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もう夕暮れ。街はいつも通り静かだ。
トラギアは綺麗で豊かな街で、無法者や浮浪者のような人間が全く居ない。
だから夜があまり危険でない。
暗くなっても子供も女もひとりで外に出ることが出来る。
ビルト・・・オルドナの都なんか、道はゴミだらけだし、得体の知れない怪しげな奴がわんさか歩いてる。
盗み、殺し、喧嘩騒ぎは毎日どこかで起こる。
もちろんビルトの方がだいぶ大きいのでいろんな奴がいるのは当然だが、それにしてもこの街は、安全でいい街だった。
オレはもう目撃者を探すのを諦めて、城へ向かって街道を登っていった。
城門が見える所まで来た。何かおかしい。
コビ。
兵士に両腕を掴まれている。
なんだ。何をしている。
「おい!!」
兵士がこちらを見て狼狽える。
「ま、まて!!ラグアス様の命で貴殿らを拘束する!
大人しくしろ!このコボルトが無事ではすまんぞ!!」
頭に血が登る。
なんだ、それは。
人質のつもりか。
兵士はふたり。距離は10歩。
少し、遠い。
両手を広げて見せる。
「わかった、抵抗はしない。コビを離してやってくれないか?」
嘘だったが、どうやら騙せた。
兵士は安堵の表情でコビを解放する。
「すまないな。貴殿らに疑いがかかっているようなのだ。王の行方がはっきり・・・」
一気に距離を詰める。
剣は必要ない。
右の兵士のみぞおちに肘。
左の兵士は足を絡めて転ばせた後、後頭部に手刀。
問題にならない。
いや
問題になるな、これは。
案の定、城門から他の兵士もやってくる。
そして、特徴的な丸みを帯びた手甲を付けたのがふたり。
騎士か。
厄介だった。ここの騎士団の連中は相当な手練が揃っている。それがふたり。
どちらも手合わせをした事がある。ひとりずつなら負けはしないが、いっぺんに来られるとまずい。
コビを背中に隠して身構える。
「ジャン、まずいよ・・・ここの人達とはケンカしたくない・・・」
「あいつらお前を人質にしようとしたんだ。
理由がなんであれ、そんな事許す訳にはいかない。
大丈夫、殺しはしないし、殺されるつもりもない。」
言ってはみたが・・・
そんなにぬるい相手ではない。
「ジャン!!!!」
来たか。遅いよトニ。
脇の小門の方から走ってくる。あの地下道を探してきたのか。
「どういう事?」
「どうもこうもない。オレたちを拘束しろって命令が出てるらしいんだ。」
「なんで?」
「知らない。おい、どういう事なんだ。理由は何なんだ!」
騎士の一人が答える。
「あの剣だよ。城内で王を見た者が見つかってな。
王の様子がおかしかったのと、あの剣を抜き身で持ってたってな。
なにか呪いでもかけられてたんじゃないか、って話さ。
まずはおとなしくしろ。抵抗するとただではすまんぞ。」
むこうもオレとトニの力量は知っているはず。
しかし、なんだこの妙な自信は。
仕合では手を抜いていたとでもいうのか?
「さっきのような扱いをされるのであれば断わる。
あの剣に何もない事はラグアスさんも確認したはずだ。
おい、あんたも確認しただろう?」
後ろのほうにいた門番のタルサに呼びかける。
タルサも大きくうなずいて同意してくれた。
「ラグアスさまの判断だ。申し訳ないが、一緒に来てもらう。」
騎士二人が両手剣を抜いた。
細身。ともすれば片手でも扱えそうに見えた。
そして、長い。オレの剣より手のひら二つ分は長いか。
間合いがわかりくい。
オレもトニも剣を抜く。
コビも一昨日買ったばかりの剣を抜いたが・・・
正直邪魔だ。
「コビ、あっちへ行ってろ!」
きつい言い方になったがしょうがない。
慌てて下がるコビ。
騎士が間合いを詰めてくる。
左から。
剣で受け流して、胴をなぎに行く。
ガギン
剣が固いものに触れてはじき返される。
なんだ?盾はないはず。
手甲だった。
なるほど、両ウデに盾と、両手剣か。
厄介だ。
しかも、止めるだけでなくぶつけてきた。
剣を折りに来ている。
オレもトニも、付与の付いた自分の剣は本国に置いてきている。
今持ってるのは安物だ。
案の定、さっきの一発で刃こぼれしたような感覚があった。
騎士たちの自信の正体はこれか。
右上段から切りかかる。
剣で受ける、と思いきや、左の手甲で受けた。
今度は折りにくるのではなく、手甲を腕ごとくるりと回して、剣を絡め捕りに来た。
同時に、右手の剣を出してくる。
だめだ、追いつかない。
足を出して相手の右手を蹴った。
うまく当たってくれた。剣が止まる。
いったん距離をとろう。
トニは・・・
よかった。なんとかしのいでいる。
が、相当苦戦しているな。
参った。
何をやってくるのか予想がつかない。
こっちの技はあんたらに伝授してやったってのに。
こんなのを隠していやがった。
そうだよな、国同士だもんな。
隠すべきは隠すか。
オレ達が浅はかで、甘かった。
街の方で悲鳴。
騎士の注意が逸れる。
不意打ちするか?いや・・・・
「トニ、コビ・・・!」
小声で促す。逃げよう。
伝わった。
悲鳴は続いている。なんだ、火事か?
そっと3人は固まり、足音を立てないように距離をとる。
兵士の一人がオレ達の動きに気付くが、なぜか声を上げない。
騎士が呆然として街を見ている。
「ジャン・・・・見て」
コビが泣きそうな声を上げる。
なんだよ。
そっちを見る。
赤色のバカでかい翼が見えた。
そのでかい顎には人間の男が引っかかっている。
どう見てももう生きていない。
ゴウン
反対側・・・城の方からも音がする。
炎。
真っ黒く細長いトカゲが赤い炎を吐く。
城の壁がドロドロに熔ける。
「ドラ・・・ゴン・・・・?」
騎士の一人が絶望のまなざしでそれを見ている。
ドラゴン?こいつらが?
騎士の一人がこちらを見ずに言う。
「ジャン殿、トニ殿。休戦だ。頼む、手伝え。」
それが人に物を頼むときの態度か。
などと言ってる場合ではない。
「当然だ。」
「魔法をかける・・・効くかわからないけど」
トニが精霊魔法を唱える。初めて聞く韻。
「氷の力だ。全部は防げないけど、ましかもしれない。」
「おう、ありがたい。皆にもできるか?」
「うん。」
トニが魔法をかけて回る。
10人ほど、全員に魔法がかかった。
騎士の指示で、兵たちは城に向かう。
城には5匹程度の竜が取りついている。
もう壁の所々に穴が開いて、中が燃えている。
中の人間がどうなっているか、想像したくもない。
オレたちの持ち場は、街だ。
手近に居るのは赤いのが一匹。
あきらかに人間を狙っている。
食うわけではない。殺すだけのようだ。
なんで・・・
いや、それはいい。
まずはこいつを倒さないと。
コビがついて来ようとするのを手で強く制した。
「あっちへ行っててくれ。」
小門の方を指さす。
散開して多方向から近づく。
正面から、一人の騎士が小弓で打った。
ドラゴンは矢を手で払いのける。
注意が逸れた。
後ろと横から、オレとトニ、騎士の一人が一斉に切りかかる。
辿り着く寸前で、しっぽを振り回してきた。
間一髪、岩に飛び乗り、そこから飛んでよけた。
岩が砕ける。
とんでもない威力だ。
トニは・・・まともに食らった・・・
跳ね飛ばされて地面を滑っていく。
騎士は?
向こう側の足に一撃を加えている。
いける。
そのまま近づき、こっちの足の甲に剣を突き立てる。
鱗が固い。
だが、うまく貫通して地面まで入った。
剣が根元から折れる。
安物はこれだから。
騎士はさらに翼に一撃。
もう一人の騎士はさっきから弓を射ている。
首筋に何本か矢が立っている。
ダメージがあるかはわからないが、注意をそらすには充分。
さすが、いい選択だ。
武器をなくしたオレは一旦離脱しトニに駆け寄る。
「ゴホッゴホッ・・・いててて。」
重傷ではなさそうだ。
竜に目を戻す。
炎を吐いていた。
騎士の一人が火だるまになっている。
悲鳴をあげて転げまわる。
魔法は・・・・効いていないのか?
もう一人の騎士が弓を捨てて近づき、横腹に剣を突き立てた。耳をつんざく絶叫。
トニが駆け寄って首筋に一撃。
血が噴き出す。
仕留めた。
「いいとこもってくよな。」
悪態はついておく。
火だるまの騎士は・・・
すでに死んでいた。精霊魔法程度ではどうしようもないのか。
高位の付与魔法なら防げるのだろうか。
同僚の亡骸を見つめ騎士が言う。
「なんでこんなことに・・・」
眼下に広がる街に、いろんな色の、数十匹のドラゴン。
夕闇が迫っているはずなのに、炎で異常に明るい。
空が黒い。人が、石が焼けこげる匂い。
もはや街は見る影もない。
城は・・・・
もう、ぐずぐずに熔けていた。
ダメだ。
騎士が、言葉を絞り出すように言った。
「本当に、貴殿らの仕業ではないのだな?」
「ああ、誓っていう。オレたちは何も知らない。」
トニも横でうなずく。
「わかった。ならば逃げよ。我々は逃げるわけにはいかん。
兵士らはともかく、騎士が逃げたら国は終わりだからな。
・・・そしておそらく、ここで死ぬ事になる。」
何も言えない。
「もし可能なら、街の人間をできるだけ逃がしてやってくれ。頼む。」
一瞬だけこちらを見てオレが頷くのを確認すると、騎士は街のほうに走っていった。
小門脇に隠れていたコビと合流する。
竜たちの攻撃は、一段落したように見えた。
もう、破壊しつくしたのか。
突然、内側から小門が開いた。
「ユリース王女!!」
コビが駆け寄る。
侍女をひとり背負っている。
地下道を来たのか。
赤毛の先がちりちりに焦げている。
王女は無傷のようだった。
オレたちに気づく。
「あなたたち・・・シャニスを・・・この人を助けて!」
背負われていた侍女を引き取る。
が、すでにこと切れている。
オレは無言で首を横に振った。
「そんな・・・どうして・・・」
王女はしばし呆然としたあと、辺りを見回す。
そして突然、街に向かって駆け出した。
「待って!!!」
トニが追いかける。コビが後を追う。
あっけにとられたオレも、遅れて付いていった。
幸いドラゴンはもう居なかった。
だが
街の惨状は、目を覆うばかり。
燃え続ける建物。
大けがをして助けを呼ぶ人々。
街の中を王女は歩き回る。
が、何もできない。
オレたちは黙って付いていく。
王女は中央の広場までたどり着いたが、
そこでうずくまってしまった。
泣いている。
無理もない。
城の中でもひどいものを見たに違いない。
それでも、地下道を逃げて来られたのは、奇跡に近かった。
「大丈夫ですか・・・ここから逃げましょう、すぐに。」
手を引いて起こそうとしたが・・・
いきなり、手首を取られた。
ものすごい力で掴んだまま、顔を近づけて詰め寄ってくる。
「あなたたちがこれを起したのではないか、と皆が言っていました。
もしそれが本当ならば・・・許しません。」
武器も持っていないのに圧倒的な殺気。
そしてこのバカ力。なんだこれは。
ある程度の剣技を持っていたのは確かだけど、仕合でも訓練でも、アルス王子の後手を踏んでいたはず。
皆と勝負しても、一度も勝ってなかったはず。
なのになぜ。
トニもコビも気おされて全く動けない。
「ち、ちがう・・・オレたちは何も知らないんだ!本当だ!」
必死だった。
その時、城が崩れた。
尖塔の中央が内側にへこむ。
周囲の壁が巻き込まれて、もうもうと煙を上げながら落ちていく。
王女の顔から生気が抜ける。
「・・・母さま・・・兄さま・・・」
オレの手を放し、城の方向にフラフラと歩き始める。
「ひとりでは・・・危ないです・・・」
トニが止めようと肩に手をかけるが・・・・
投げ飛ばされた。
背中から石畳に思い切り打ち付けられて、トニがうめき声をあげる。
王女はまた城のほうに歩き出す。
そこに
「ユリイイイイイイイイイイス!!!!!」
かすれた絶叫。
王女が動きを止める。
麓のほうから一頭の馬。
ボロボロの男。
白い髪。
見たことのある剣を佩いている。
まさか・・・・・
「父さま・・・・・・?」
王女が呆然と口にする。
これが、あのペテロ王か。
ほんの1日でなぜこんなに変わる。
髪は真っ白、顔は茶色で肌もボロボロ。
返り血?自分の血?わからないが、服は全身血まみれだった。
左腕は折れているのか、だらんと垂れ下がっている。
馬を降りる。立っているのがやっと。
よろよろと王女に近づき、右手で肩をつかむ。
「すまない・・・すまない・・・オレの・・・せいで」
「なぜ・・・なにが・・・?」
王女は錯乱している。
「すまない・・・お前だけでも・・・・・逃げ・・・・」
まずい。
すぐ治療しないと、死ぬ。
王女の肩越しにオレと目が合う。
「この・・・剣・・・・」
王が何か言おうとしている。
その剣が・・・
なんだ
ゴブボボ
王が大量の血を吐いて膝から崩れる。
「父さま!!!!!父さま!!!!!」
父の血を浴びて真っ赤になった王女が、覆いかぶさって呼びかける。が。
もう、王は息をしていなかった。
「ああああああああああああああ!!!!」
王女が天を仰ぎ絶叫する。
王女はおもむろに、王が佩いていた剣に手を伸ばす。
オレたちを、殺す気か?
それとも。
その時、王女の様子が豹変した。
髪が逆立つ。
目が赤く光る。
ぶるるん、と身震いをする。
腕の筋肉が盛り上がる。
王女は立ち上がり、こちらを向いた。
はげしい憎悪の固まりのような表情。赤い目。
さっきまでとは質の違う気配。
絶対に勝てない。
死を覚悟した。
だが王女は、オレを素通りして街の麓のほうに降りて行く。
父親の死体も
オレたちの事も
街の人々の様子さえ
まるで見えていないようだった。