ヤソマ、高鳴る
怒っているのか足早に進むツクヨに声をかける。
途中出会う他の学生達もツクヨを見るなりヒソヒソと小話をし、クスクスと笑っていた。
「ツクヨ。」
「……何よ。」
「あー、その…何だ、さっきのやつも試練に出るのか?」
ツクヨは足を止めて俺の方を見た。見るからに怒っている。
「そうね。私達の一回戦の相手よ。」
「そうか。…強いのか?」
「強いわ。クラスの中では最強かもね。学年でもクシナの実力は指折りよ。」
マジかよ……。明らかにおっぱいではツクヨのコールド勝ちなのにな。
だがしかし俺に退路は無い。クシナに負ける事は死を意味するので、術式を使えなかろうが、クラスで最強だろうが関係無い。生きる為にはとにかく勝つのみだ。
おっと、そういえばクシナがさっき言ってたツクヨを指した呼び方が気になるな。ついでに聞いておくか。
「なぁツクヨ、さっきクシナが言っていた"影姫"ってのは何だ?」
ツクヨは"影姫"という単語が出た瞬間眉をひそめうつむいた。そしてしばしの沈黙の後、顔をあげて俺の質問に答え始めた。
「……いいわ。いずれわかる事だし教えてあげる。パートナーに隠し事があっては、勝てるものも勝てなくなっちゃうかもしれないし。」
そう言ったツクヨの目は弱々しさを孕んでいながらも、凛とした決意のような物が感じられた。
「私の家系は太陽の一族と言われていて、顕現するのは代々"陽"か"火"の属性なの。しかも最強クラスのね。事実お父様も陽属性だし、姉様に至っては過去最強の陽を司る神様になるんじゃないかとも言われているわ。妹は火属性だけど、こっちも期待されていて、術式を応用した体術は右に出る者はいないとまで言われているの。」
「へぇ、中々エリートな家系なんだな。」
「そう、私達太陽の一族の家系はいわゆるエリートなの。エリート故に、誰よりも強くなければいけないのよ。でもそんな中に"異端"が生まれたの。」
「それがツクヨ……なのか?」
「そう。その異端児の属性は"陰"……闇の力よ。太陽の一族に産まれた闇の子、それが私なの。影姫っていうのは"陰"をもじって、太陽の一族である私に皮肉を込めたあだ名なの。」
この話し方だけで、今までどれだけ辛い思いをしてきたか、痛々しい程までに伝わる。
「だから私と組んでくれるパートナーも見つからなかったの。当たり前よね。エリート一族の落ちこぼれと組んで負けたら何言われるかわかったもんじゃ無いもの。」
「どう?あんたの御主人様は実はただの嫌われ者だったの。笑いたければ笑えばいいわ。」
半ば諦めを感じさせるツクヨの言い方に、俺はゆっくりと、だがしっかりとツクヨを見つめ返す。
「俺は、笑わない。」
「え?」
驚きに満ちた顔のツクヨがどうしてと言いたそうにこちらを窺う。
「俺もさ、昔から"不幸を呼ぶ男"なんて言われて皆から遠巻きにされてたんだよ。何だかんだ言ってさ、一人って辛ェよな。だからずっと一人で戦ってきた奴を俺は笑わない。」
「……。」
「それにさ、お前は凄ェよ。俺は自分の世界の時はあぁ、理不尽だけどこんなもんかって思ってた。それこそ俺に神様なんていないって思って諦める理由を作ってた。だけどお前は諦める所か、自分の世界を飛び出して来てまで俺を捕まえに来たよな。どんなに理不尽でも、打ちのめされても、諦めない……すげーカッコいいじゃん。」
ちょうど西日のせいかツクヨの顔が赤く染まっているように見えた。目にはうっすらと涙のような物が浮かんでいる。
俺は美少女とこんなシチュエーションになったのは初めてなので焦って言葉を紡ぐ。
「だいたい闇の力が何だってんだよ。"我は夜を統べる者なり"みたいでカッコいいじゃん。俺の世界では闇の力を持ってるキャラは人気が出たぜ。きっと試練も優勝すりゃあ皆手のひら返すさ。」
俺がとっさに紡ぎ出した言葉を聞いて、ずっと眉間にしわを寄せていたツクヨがやっと笑みをこぼした。
それだけで張り詰めていた空気から一瞬で穏やかな空気になった。
「なにそれ。何かずっと考え込んでた私が馬鹿みたい。"夜を統べる者"ね……。ふふふ。カッコいいじゃない。」
笑顔のツクヨは初めて俺に優しい視線を向ける。
なんて、美しいのだろう。
その視線を受けた瞬間から俺の胸は今までに無いくらい高鳴り始めた。
「ツクヨ。……勝とうぜ。俺も死ぬ気で頑張ってみるから、指導、頼むぜ。」
「私の指導は厳しいわよ。覚悟しておいてね。ヤソマ。」
パシっと俺の肩を叩いたツクヨが目線を逸らしても俺の胸の高鳴りはしばらく収まってくれなかった。




