知恵の果実先生
ヒートアイランド現象や温暖化の影響でますます暑くなる大都市東京。この日の気温は43度を超えていた。
だからだろう、俺は意識が朦朧としているにもかかわらず水分を取らず、目眩と共に意識を失った。
...そんな理由で意識を失ったのだから、目覚めた先は大都市東京の歩行路の上か、涼しく快適な病院か、天国(願望)でなきゃおかしい筈だ。
「ある意味涼しいけど...ここは一体どこだ?」
気がつけば目眩や頭痛は消え、代わりに悪寒や吐き気に変わっていた。それと共に、周りの景色もおかしなことにコンクリートジャングルからただのジャングルへと変貌していた。
「一度も見た記憶がない植物のみが生えている。しかもかなりヘンテコな物ばかりだ」
そう、ヘンテコな物ばかりなのだ。宙に浮いている木(根っこはあるけどどうやって養分を得るんだよ)黒い光を発しているきのこ(まず黒い光って時点でおかしい。だがこれは光としか言えないな)...まず日本ではありえない、それどころか世界を探してもそうそうこんな植物はないだろう。というか植物なのか?
「圧倒的、絶対的ファンタジー。いきなりの場面転換といい、夢という可能性を除けば異世界転移としか言えないな」
自分でも阿呆らしいことを言っている。やれやれと首を少し振り、手で顔を覆った。
困ったもんだ。口に出して『夢』という単語をだしたはいいものの、既に察してしまっている。土の香り、風の感触、自身の声。俺は、ここまで完璧に再現できるほどの素晴らしい頭を持っていない。つまりは、これは紛れもない現実である。
俺は、少し伸びをすると気分が悪いのも我慢して、ヘンテコな大森林を探索してみることに決めた。自分から行動をしなければ何も始まらない。
少し歩いただけで、この森の異常さがわかる。鳥の鳴き声は『グルルル』だし、蔓のようなものがその鳥を掴んでグルグル巻きにする。食鳥植物とでも言ったところか。
「っと、これ食えそうだな。りんごに似てなくもない」
ふと見つけた赤く瑞々しい果実を無警戒にも一つとり、観察してみる。
...顔があった。
「うわっ、なんだこれ」
咄嗟に果実を地面に落とし、果実とその幹から距離を取る。すると、果実から声が聞こえてきた。
『知恵の果実。
一つの果実につき一つだけ、簡単な質問に答えてくれる。答えた後には萎れ、朽ちていく。クレイトル大森林固有種である。
人間の世界では高値で取引されており、独特の外見からは想像できないほど美味だとされているが、質問の用途で使われるのが主なため食されることは少ない』
声が途絶えると、赤い果実は萎れ、茶色く変色した。
「明らかなファンタジーだな。というかコレ食べれるのか。質問できるのも便利だし、持てるだけもっていこうかな」
まあ、とは言っても目覚めたら鞄も何もなかったから片手に一つずつで合計二つしか持てないけどね。
これはあれか、ここでできるだけ質問しておくのがいいのかな? 知識を得られるのはいいことだ。人間知識がなきゃ犬にも劣る。
よし決めた、いくつか質問しておこう!
______色々わかった。この世界がエルマーナという異世界であること。俺のように別の世界からいきなり来ることは、数百年に一度くらいあるらしい。
他にも現在地から一番近い人間の住処の場所とか。簡単な質問か? ということまで知ることができた。
...結果。辺りが暗くなって来た。
「やらかしたッッッ!!! 情報収集に夢中で日が沈むことを完全に想定していなかった!」
...ただのアホである。
現在、叡智の結晶とも言える知恵の木の上に登っています。罰当たり極まりない、恩を仇で返すスタイル。すみません許してください!
夜は危険、動かず安全なところに避難したほうがいい。これはきっと異世界でも同じだろう。知恵の果実先生も魔物ってやつがいてめっちゃ怖いよって言ってたし。
夕暮れ時、知恵の果実を齧りながら周囲を警戒していた俺の耳が、物音を検知した。
「ッ!? ...ゴブリン」
物音がした方向を見ると、醜悪な外見に、奇怪な鳴き声。この森に生息している魔物であるゴブリンがそこにはいた。
知恵の果実曰く、弱いが群れを作り、人間の村を襲うこともあるらしい。人間に好戦的なこの森の生物を聞いたところゴブリンのことを説明してくれた。
いや待て落ち着け、知恵の木は太い、無理やり落とされることはないし、まだ気づかれてもいない。焦ることはない。静かにやり過ごせば...
「あっ、やばい」
急に体に力が入らなくなり、バランスを崩して木の幹から足を滑らした。驚いて必死に枝を掴もうとするが、枝は俺の手をすり抜けていく。
遠くなっていく枝を何故だかゆっくりと感じつつ、背中に強い衝撃を感じた。
横目をそらすと、そこには醜悪なゴブリンが少し驚いたようにこちらを見ていた。
「な、なんでこんな時に。どういうことだ?」
咄嗟に口からでたその問いには、ご丁寧にも知恵の果実先生が答えてくれた。
『魔素中毒。
魔力への抵抗力が低い者が発症する中毒症状。
空気中に存在する魔力を抵抗なくその身に受け入れてしまい、倦怠感、吐き気と共に体が変異する。
転移者の多くが強力な力を得ている理由は、魔素中毒による体の変異によるものである。しかし、そのまま死亡する転移者も数多くいる。
...知恵の果実という高純度の魔力をもつ食物を口に入れたため、急激な変異が始まった』
「...聞いてないっす、先生」
醜悪な生物の眼光は、俺のことを完全に捉えていた。
ゴブリンはその醜悪な顔を歪めると、手に持った棍棒を振り上げ、俺の体へと何度も殴打を続ける。一発食らうごとに意識が遠のいていく。
ゴブリンの後ろから熊のような巨大な魔物が現れた瞬間、俺は意識を失った。
初投稿です!!!
書きたい話を趣味全開で書かせていただきますのでブクマお願いします!!!