第8話 字が読めねぇ……
国に納める分の大根は、他の村の大根をネスノ村産の大根と偽装することが決まった。
クレアが言うには、王国ではどの程度偽装してバレないかギリギリを競う、不敬極まり無いチキンレースが、密かなブームらしい。
偽物だと気付かず、「やはり、一流のぶどう酒は最高だわい!」など自慢げに語る王族や貴族の姿を、笑いこらえるのが一番の難所だとか。
某格付け番組だと、速攻で映す価値なしになるのだろう。
大丈夫かこの国……?
俺達は話しを終え、村長宅を後にした。
結局、ジェイクが来た意味は何も無かったが。
クレアが先程と違い、顔をしかめていた。
「クレア団長、どうかしたか……?」
ここでジェイクが初めて口を開く。
ジェイクの問いにクレアが頷く。
「さっき、この……大根殿が言っていたが、あのトトンヌというヌートリアは、あれほどの強さでコックだとは信じられない」
……トトンヌがコック?
あぁ、カピバラ人族の飯屋って言ったからか。
確かに、あの実力で魔術師ではなく、飯屋と言うこと。
つまり、邪竜に乗っていたヒパビパとかいうカピバラの実力は、それを悠々と超えるのだろう。
手を出さなくてよかった。
……はて? 彼は本当に飯屋と名乗っていただろうか?
よく、覚えていない。
それはともかく、問題は他にもある。
この村にある『宝』の事。
裏切る予定であったが、休戦を結んだまま、トトンヌは去ったので、またすぐに攻めてくる可能性は、彼の性格から推測して極めて低い。
だが、向こうには邪竜カピバラゴンがいる。
俺はデカいだけのカピバラだと思っていたが、この世界では『世界を滅すやもしれぬ脅威』であると、村長とクレア、それにジェイクも言っていた。
村からでも謎の飛行生物は、見えたらしいがカピバラゴンだとは、思わなかったらしい。
まぁ、こんな村に伝説の邪竜が現れるだなんて、思わないしね。
邪竜を使役してまで、こんな村に来るとは、『カピバラ人族の宝』は、世界を揺るがす物なのかもしれない。
俺はこの世界について調べる事にした。
クレアとジェイクにこの村に図書館なる場所を訪ね、二人と別れた。
あの二人、ジェイクとクレア・フィンバックは、たまたま『ジェイク』と『フィン』であるが親友ではないし、友好的にも見えない。
二人の『冒険の時間』は無さそうである。
あと、ジェイクがついて来た理由は最後まで無かったと思う。
教えてもらった村の図書館ことニック爺さんの家に、お邪魔させてもらった。
爺さんの孫であろう10歳くらいの女の子が、こちらをチラチラ見てくるが気にはしない。
根っこ触手は便利だ。
普通なら大根の背丈では届かない本も楽に取れる。
この世界の歴史について書かれている本を探す。
「……これは?まぁ、そうだよなぁ」
本を読む前に一番大事なことを忘れていた。
「文字……読めないな」
自分で呟き、心の中で「そりゃそうだ」とセルフツッコミを入れる。
この世界に転生し、今まで普通に言葉を理解し、聴き、会話もして来た。
だがしかし、ここで使われる文字は平仮名でも、片仮名でも、漢字でもない。
見たこと無い文字であった。
初歩的な事を忘れていた俺は、ニック爺さんに一言告げ出て行った。
そういえば、行く宛てが無い……。
字が読めなかったので、来た道をトボトボと戻りながら、ふと思った。
どこいけば良いのだろうか?
村の出入り口、俺とクレアが来た畑側ではなく、逆の位置にある、本来の出入り口前まで来た俺は、この先について考えていた。
まず先に文字を覚えたい。
クレアか、それとも村長か?この二人なら教えてくれそうだが、立場的に忙しそうであるので、無闇に邪魔は出来ない。
そうこう悩んでいる俺の前に、ある人物がやってきた。
ミーナだった。
一度別れてから、彼女は無残にも散らばった野菜獣大根の死骸、つまり傷物になった大根の片付けをしていた。
残念ながら、魔物化した野菜や動物を食べる事は出来無いらしい。
ただ、それは自然的に魔物化したという前提である。
俺らは、トトンヌの魔術によって動ける様になった。
しかし、命を与える魔術や秘術は、聞いた事も見た事も誰も無いらしい。
一応、危険なので、処分という事だ。
「えっと、大根さん? 元気無いみたいですけど、何かありましたか?」
ミーナは気遣う様に聞いてきた。
俺は文字が読めないこと、文字の読み書きを教えてくれる人を探している事を彼女に告げた。
「それなら、私が教えましょうか?」
「え?いいの?」
「はい、いいですよ……」
彼女は自分で良ければと提案してきた。
俺は嬉しいが、彼女は畑仕事が忙しい。
そんな事は、俺が動かない大根の時から知っている。
それに、大根を全て失ったのだ。明日からかなり忙しくなりそうな感じである。
「でもミーナさんは、畑仕事が忙しいのでは?」
「気遣ってもらって、ありがとうございます。 ……でも、一日中仕事してる訳じゃないですから。時間がある時に教えますよ」
彼女は本当に優しい子だ。
こんな俺の為に貴重な時間を割いてくれるのだ。 泣ける!
という事で俺は、文字をミーナから教わることになった。彼女は他にも、人を当たってみるといっていた。
そこまで、してくれんで良いのに。なんて良い子。
それとは別に、「もし私で良ければ、大根さんの名前を考えても大丈夫ですか?」と言っていたので、俺は「お願いします」と答えた。
名前が無いと不便だからな。また野菜獣大根が現れた場合、名前が無いと困る。区別するために『大根』と書いて《彼》とルビを振る事にもなる。
とはいえ、彼女なら命名を信用しても良さそうだ。
どっかの馬二頭の様な名前になる事は回避できた。
あんなに優しい子だ。
きっと良い名前を付けてくれるんだろうなぁ。
俺の脳内は、まさに春。桜咲き乱れる常春よぉ!
それからしばらくして、村に複数の武装した人物がやってきた。
おそらく、クレアが団長を務めているネスノ護衛団の方々だろう。
魔物の討伐に疲れた姿は、金曜日の帰路を足を引きずりながら歩くサラリーマンのようだ。
今回は『護衛』出来てませんでしたね。
……皮肉じゃないよ?
彼らの帰りを聞きつけ、クレアが彼らに集合を掛けている。
俺も顔を見せた方が良いだろう。
俺はクレア達の方に向かった。
「団長!うしろ!うしろ!?」
団員の一人、赤髪ロングに、露出度が高い装備をしている物のドラム缶体形の女戦士が、某コントの様な台詞と共に、俺に指をさしてきた。
「落ち着け、シオン。みんなに紹介する。彼がこの村の英雄の大根だ。」
クレアが俺を紹介した。
英雄とは大袈裟だな。ジェイクの援護によって、飛び蹴りをしてから俺は実質、何もしていないぞ。
礼ならジェイクに言った方が良いと思う。
「どうも、大根です」
適当に団員の方々に挨拶するが、これで良いのだろうか。
敵も大根。味方も大根。
実にややこしい。
早く、固有名が欲しいものだ。
生前の名前や人生とは完全にお別れしたいのでこの先、人間の頃の名前を名乗る事は無いだろう。
「だ、大根って、この村荒らしたヤツじゃ無いんすか!?」
声を上げたのは先ほどと同じく、シオンという女戦士だ。
「……いや、違うんだシオン。この大根は私達の仲間だ。だからこうして紹介しているんだ」
「つまり、仲間割れってヤツですかね?」
「それでも無さそうだが……」
「もしかして、仲間の振りをして油断させるスパイってヤツっすか!?」
「そうでも無いと思うぞ……」
シオンという娘は理解が追いつかない様で、話が有らぬ方へと展開していき、団員の皆様も「?」が頭上に浮かんでいるように見える。
「とりあえず、この大根は仲間の大根だ。問題無い。」
クレアは面倒くさくなり、無理やり話を閉めた。
シオンは、まだ理解できて無いようだ。
「それと団長!やっぱ確認しときますが!?」
「ん?なんだ?」
「目と鼻の周りが赤いっすよ!?」
シオンは観察力が高いな。
クレアが泣き喚いていた事に気づいたらしい。
「あー、これはだなー、ゴミが入ってしまってなー」
台詞は棒読み。視線はキョロキョロ。
クレアさん……嘘のつき方が、ステレオタイプなヘタクソ具合ですぞ!
「やっぱり、そうなんすね……」
全てを察したシオンは、ため息をついた。
俺は最初、シオンはクレアにとって妹分のような立場だと思っていたが、例の場合によっては、その立場が逆転するようだ。
「一応、みんなも自己紹介をするように。彼がいなければ、今頃村は侵略され、私も死んでいたかもしれないのだ」
クレアがそう言うと団員は一人ずつ挨拶してきた。
全員で10人ちょいくらいの人数だ。
「どうも、副団長のトムってモンだ」
副団長のトムと名乗った男は文字通りトムだった。
つまり、見た目に関して金髪オールバックという事以外、特徴が無かった。
まるで中学英語の教科書に出てきそうなくらいに特徴が無いのだ。
トムはそれ以外何も言うこと無く、トリをシオンに押し付けた。
「同じく副団長の……シオンだ。その、団長を救ってくれた事には感謝する……けど、オレは認めてねぇから!ナメたマネしたら、マジでアレだかんな!」
クレアに対している時と態度が全然違うやん。
シオンは俺を信用していないようである。
「シオン、口が過ぎるぞ?」
クレアに注意され、彼女はやれやれと言った感じである。
このドラム缶ことシオンは、腕や腰、脚は重装備で固めているが、肝心の胸部はサラシのみ、腹部と太ももは露出しまくっている。
何故、隠さ無かったのか、不明であるほどに。
「クレアさん、あまり怒ってやりなさんな。ムカムカしている気持ちも分かりやすよ」
俺は、おおらかに聖人アピールをする
「調子乗ってんじゃねぇ!」
と、いきなりシオンが槍と斧が合わさった武器、ハルバートで襲いかかって来た。
まぁ、俺の態度がいけ好かなかったのだろう。
クレアもトムも他の団員も反応が遅れる。
重甲にも関わらず、シオンの瞬発力は素晴らしい。
きっとこれが、あべこべな武装の所以なのだろう。
しかし、トトンヌの『連射火炎弾』の方が遥かに、早かった。
俺は根っこ触手で襲いかかるシオンを縛り、飛び蹴りを食らわす。
弱体化した飛び蹴りを更に加減したつもりだったが、シオンは気絶してしまった。
「?」
俺を含めクレアやトム、団員の誰もが困惑した。
一瞬の出来事だったが。これで理解した。
シオンは強い。
そして、クレアはそれよりも強い。
しかし、トトンヌの火炎弾や、あの動きは、シオンより早いのだ。
そして、俺自身。
自己評価は今まで低かったが、トトンヌの猛攻をすべて避けた。
その事実と、今一瞬にしてシオンを返り討ちにしたという事。
どうやら、俺も相当強い部類になるらしい。
……となると、俺を完封したマサ子が、現在最強という事になるのだろうか?
世界は広い!




