第49話 修行、たいぎー!
俺はアドミラール・ライオネル指導の下、フーリーに勝つために修行をしているのだが、その内容が、川で皿を洗うという地味なものだった。
それにはちゃんと理由があり、俺に足りない集中力、忍耐力を身につけさせるというものらしい。
ライオネルは、俺が既にフーリーに対抗できる力があると見込んでくれているのだが……。
ずっと俺は皿洗いをしている。延々とな!
俺は大根だが、潔癖症のアライグマではない。
流石に限界である。
「いつまで洗えばいいんだよ!?」
俺のイライラ度数は、MAXとなった。
アライグマ人族のために、広島弁で今の心境を報告すると『修行、面倒!』である。
「いつまでって?そりゃわしが、終わりを指示するまでじゃろ?」
「いいや、もう限界だ!洗い始めて何日経ったと思ってんだ? 3日だぞ?この間にアンタの友人が峡谷を磨いて、町に大雨を降らすって言ったよな?こんな事してる間にも、向こうに先を越されちまうよ!」
俺は、分身が受け取ったヌーターンの手紙に書かれていた事を、既にライオネルにも告げている。
峡谷が時間が経つにつれ、ピカピカになっている。
午前中は、日陰になっているが、正午を過ぎると日光が磨かれた峡谷に反射し、いかに磨かれているかが、よくわかる。
「何言っとるんじゃ? アホかワレェ? 普通なら、何年もかける事を、一週間で済ませようとしとるんじゃろが。その結果、一番手っ取り早いのが皿洗い。他に何かあるかのぉ?」
「ほかにだと?」
ライオネルの言葉に、俺は思い当たる節があった。
俺の目の前には川。
つまり全身浸かれる程の水。
「あぁ、他にもあった!」
「ほう、それは本当かのぉ?」
ライオネルは信じようとしない。
ならば実証するのみ。
俺は川に飛び込んだ。
「はぁ〜……文句ばっかタレおってあのだらず、今度は何やっとるんじゃ?」
ライオネルのため息混じりの呆れた声が聞こえた。
そんな事になど構わず、俺は水の流れが強い場所に留まる。
大根という身では、呼吸をする必要が無く、永遠に潜水する事も出来る。
俺は体内のエネルギーを、絞り出す感じで全身に力を入れる。
俺は『神をも殺せる力』を覚醒させる事にしたのだ。
幾ら、皿を洗ってても強くなれる訳はない。
強くなれる確証を持ってない皿洗いより、神から貰った能力を覚醒させる方が良いと俺は思った。
突如、体の深部から全神経を電流が疾る感覚が表れる。
俺の周りを緑色の稲妻が駆け走っている。
それが現れると同時に、体を巡る電流が激痛を引き起こした。
「イッター!?ああああああああああああああああ!!?」
俺は突然の激痛に耐えられず、水中からロケットの様に飛び、陸へと墜落した。
アホみたいな悲鳴をあげてしまったが、けしてマーモットどもに影響、インスパイアされた訳ではない!
陸に上がり、症状は治まったが、まだ全身がひりひりする。
身体中に唐辛子を塗りたくった感じだ。辛子じゃなくて、わさびかもしれない。それはどうでもいいか……。
どういう訳か、新能力を覚醒させることに、今の俺では耐える事が出来ないようだ。
「何がしたいんじゃ?……もしや、トビウオのモノマネか?だとしたら、ヘッタクソじゃのぉ〜」
「……」
ライオネルは川から飛び出た俺を見て、愉快そうに笑っている。
屈辱だ。
アライグマにバカにされるなんて、人類史、大根史にそんなバカがいただろうか?
おそらく居ない。
俺はアライグマにバカにされる第一人者となってしまった。
この汚名は、死んでも語り継がれるだろう。
名誉挽回のはずが、汚名挽回となってしまい、俺の自尊心は無価値に等しくなった。
ならば吹っ切れよう。
「わかった!わかったよ!ひとつひとつ丁寧に洗えばいいんだろ……? アラーインスレイヴの磨き具合よりも綺麗に洗いこんでやる」
俺の中で、自尊心と一緒に猜疑心もついでに衰弱した。
俺はライオネルが何を指示しようと、一切疑わず実行するだろう。
とりあえず時間が無い。
峡谷の壁は日に日に綺麗になっていく。
いつ積乱雲が発生し、大雨が町を襲うかわかったものではない。
一時間でも早く、フーリーとの戦い方を学びたい。
という事で、修行の経験をより多く得たいため、分身を作り、俺と同じことをさせる。
さすれば、修行の経験値を短時間で多く得る事が出来る。
ライオネルに、この案が許諾されたので、言葉に甘えて俺を増やす事にした。
・・・
俺はレイラに分身するための大根を、出来る限り多く集めてくるようお願いした。
収集できた大根は4つと意外と少なかった。
レイラ曰く『お一人様4本まで』と決められていたらしい。
ミーナちゃんにも頼みたいが、彼女は今、エキノコックスに感染したシオンを、根性論による治療に精を出している。
つまり、大根3号は線香花火になれず、無様に敗北し、今はミーナちゃんのキーホルダーとなってしまったのだ。
普通なら、意識を共有しているため、大根3号の負の感情が俺や他の分身にもやってくるが、本体の権限で、今は3号との意識の共有を遮断しているのだ。
そんなこんなで、俺を含めて5本の大根で皿を洗い続けた。
大根がアライグマに指導され皿を洗う、絵にしたら物凄くシュールな絵面になるなこれ。
皿の種類によって役割分担しようとしたが、ライオネルにその提案は却下された。
分身するのは良いが、分担するのはダメらしい。
皿を洗い続け、半日が経過し、変化が起こる。
「おい、ダイコン!そろそろ本格的な修行を始めようや」
「え?」
俺(本体)は唐突な提案に驚き、目を点にした。
「なんで、そがな面しとるんじゃ?いよいよ本格始動じゃ!ワシが直々に、しごいたるけぇのぉ!」
ライオネルは十分にやる気のようだ。
「本当にちゃんとしたものか!?皿洗いじゃなくて」
「何べんも言うとる通りじゃ。 ……話ばっかしとっても強なれんで?はよやろーや」
どうやら彼は本気らしい。
俺は分身を放置し、ライオネルの元へ行く。
「どっからでも、いつでも、何をしてもええで?好いた時にかかって来い」
ライオネルは、俺に対し攻撃を誘っている。
ならば、お言葉に甘えて、なんでもしてやろう。
俺はゲスな笑みを浮かべる。
俺は既に、ライオネルの足元に、根っこ触手で編んだ罠を仕組んでおいたのさ!
この罠は、以前トトンヌを引っ掛けようとしたら、くっころ騎士クレアが、引っかかった罠と同じものだ。
俺は、罠を発動させる。
根っこが地中から現れた根っこは、瞬く間にライオネルを束縛する……はずだった。
ライオネルは既にこちらが、仕掛けている事を見抜き、飛び跳ねるようにして、根っこを避ける。
そんなライオネルを追うように、俺はネッコボルグを無数に作り、ライオネルに投げつける。
何本、何十本投げただろうか?
一本もライオネルに擦りすらしない。
こうなったら奥の手だ。
俺は、倒れたシオンから、ミェルニルを返却されていたので、分身からミェルニルを受け取り、赤筋大根の力を解放させる。
ライオネルは、精神的な攻撃はしてこないだろう。
ならば、赤筋大根の敵にはならない。
巨大ヌートリアや魔猪との戦いでは善戦した形態だ。
赤筋大根の圧倒的な力ならば、アライグマ1匹くらいゴリ押しで斬りふせるなど容易い事だ。
赤筋大根と化した俺は、根っこ触手で、自身を高速で飛ばす。
その勢いのまま、飛び蹴りの姿勢に移り、ライオネルの腹を蹴り飛ばす……はずだった。
「そがなもんじゃあ、当たらんで?」
紙一重の所で、ライオネルに避けられてしまう、
俺はライオネルにそのまま頭を叩かれ、バランスを崩し、転げまわる。
「何が、おきたんだ?」
理解が追いつかない。
赤筋大根の飛び蹴りは、通常よりも早く飛ぶ。
それなのに、赤子の手を捻るように、俺はこのアライグマにあしらわれた。
「そがにええ力持っとるのに、残念じゃのぉ……。お前さんは『蹴る』と言ったら、そのまま、蹴るだけなんか?それ以外何も考えとらんのか?失敗した後、防がれた後の事とか考えとらんのか? もし考えてないなら、お前さんは、アホアホのアホでしかないけぇのぉ」
ライオネルの挑発は止まらない。
だが彼は、良いヒントをくれた。
確かに、今までの俺は、その時その時、現在進行形のアクションを成功させることしか、考えていなかった。
将棋や囲碁、チェスにしろ、あれらボードゲーム等は、数手、数十手先を既に考えながらやっているという。
じゃあ、俺は今まで数手先を考えていたか?
おそらく、ほとんど考えていなかった。
トトンヌの時も、鳩尺様と魔猪の時も、結末のシナリオは考えていたが、細かな事は考えていなかった。
いつもアバウトに動いていた。
今までは、自分の持つ能力に勝たせて貰っていたに過ぎなかったのだ。
なら今回は、今回からは、自分の力で暴れてやろう。
考えてわかったが、さっきまでの皿洗いという地味な作業は、忍耐力や集中力の向上以外に、雑多な種類の皿を洗い分ける事で、『切り替え』という事を覚えるものだと俺は思う。
『攻撃』と『防御』
この二つを、状況によって瞬時に使い分ける事が大事なのだ。
俺はフーリーと相対した時、攻撃することしか考えていなかった。
「ライオネルの師匠!なんとなくだが、理解できた気がする!」
俺は、ミェルニルを手放し、通常形態に戻った。
「ほう、顔つきが、前よりは良くなっとるのぉ。なら、ワシが『なんとなく』と『気がする』とかいう、半端なモンを確信に変えたるけぇのぉ!覚悟せーや!」
こうして、ライオネルによる一対一の実戦的な修行が始まった。
制限時間は残り3日。
それまでに、力をつけなければ、この町シギアゲートは、アードバーグ派のアライグマ人族と『げっ歯類連合』の構成員、キツネ人族のフーリーによる大雨、洪水によって破壊されてしまう。
それとは別に、シオンは大丈夫なのだろうか?
大根3号からの情報だと、彼女はエキノコックスの苦痛と、ミーナちゃんの理不尽な根性論による苦痛に悶えながら、泣くこともなく耐えているらしい。
とりあえず、ミーナちゃんには後で物申さなければならない。
俺でも我慢してるのに、シオンを弄るなんてズルいんだもん!




