第5話 邪竜カピバラゴン
俺はくっころ騎士改めクレア・フィンバックを、根っこ触手からさりげなく解放し、トトンヌと戦わせる事にしたのだった。
それは、子供がカブトムシを戦わせる感覚と同じものであろう。
「すげぇ……」
俺はアホみたいな声を出した。
目の前で行われている、トトンヌとクレアの一騎打ちに。
トトンヌは現在、魔力が無く、本人も「死ぬかと思った」と言うような、斬撃を受けていながら、クレアと互角。
否、それ以上に渡り合っていたのだ。
トトンヌが近接戦にて、クレアを上回る実力だったため、クレアは最初に見せた、剣先から雷電を纏わせた斬撃を飛ばす遠距離戦に持ち込んだ。
一方、俺は棒立ちで二人の戦いを、アホみたいな顔で眺める。
「ん?」
ただ、突っ立っているだけの俺の頭部の先。つまり葉と茎に違和感を感じた。
ふと振り返ってみると、クレアが乗って来た馬が俺の髪(大根なので葉)を、モシャモシャしていた。
「何しとんじゃ!ワレェ!?」
俺は馬に突っ込みを入れる。
馬は何構わず、モシャり続ける。
「おい、マサ子!?それは食べ物ではない離せ!」
この状況に気づいたクレアが馬に一喝する。
馬は何構わず、モシャり続ける。
この馬は、マサ子と言うのか……。
突っ込みは後にとっておき、今はこのピンチから、いち早く抜け出さなければならない。
クレアは今、戦いで忙しい為、一喝しか出来ない。
「うお!?」
馬(マサ子)に体を持ち上げられた。
本格的にモシャモシャが始まった。
もはや、モシャモシャではない。モグモグだ。
「よくないなぁ、こう言うのは……」
俺はマサ子を優しく、諭してみる。
だが、無意味だ。
馬の耳に念仏である。
俺の堪忍袋は限界だ。というか、緒がキレた。
「お前……死にたいんだってなぁ?
希望通りにしてやるぅううう!?」
俺が叫んだと同時に嫌な音が聞こえた。
それは『大根の茎が折れる音』だった。
何の音か理解した時には、俺はマサ子から解放され、落下していた。
・・・
運良く根元から茎が折れる事は無かったが、相当短くなった。
「フザケルナ! フザケルナ! バカヤロー!うわぁあああああああ!」
俺は、何処かの外道のように叫び泣き、マサ子(馬)に抗議する。
マサ子は、「ざまぁwww」と言わんばかりに歯茎を全開にして笑い、いななき、煽って来た。
「ぐぬぬ……」
俺は何も言わず、馬から離れ、安全に観戦することにした。
俺がマサ子と戦っている間に戦況は変わっていた。
あのヌートリアは、強かった。
青白い雷撃。更にそれを絡めた、飛んでくる斬撃を次々と繰り出すクレアの猛攻を、捌きながら奴は距離を詰めて行く。
「スゲー。……もう、笑うしかねぇな」
俺は笑いながら呟いた。
一気に距離を詰めたトトンヌは、クレアの懐に潜る。
その事を、読んでいたのであろう。クレアはトトンヌに蹴りを放つ。
だが、当たらない。
トトンヌはクレアの後方に回り、彼女の膝に体当たりした。
クレアは体制を崩す。
その隙をつき、クレアから稲妻を纏う剣を奪い、使おうとしてみたものの、自分の体格にその剣が合わなかったのでトトンヌは投げ捨てる。
……うわぁ、これヤバいな。
クレアの実力は、素人目から見ても無駄な動きが無く、キレのある実力者だ。おまけにあの剣の力がある。
鬼に金棒だ。強い。
しかし、トトンヌはそれを上回っていた。
しかも、本来の力を出せない状態で。
クレアは自分が負けた事にショックを受けているのか、『ヘタリ』と座り込んでいた。
彼女の黒いポニーテールもションボリしてる様に見える。
そんな彼女を見ていたせいか、俺の中で何かが吹っ切れた。
色々、どうでもよくなった。
裏切りとか。
実力差とか。
馬に負けたとか。
俺は駆けた。
トトンヌに飛び蹴りをお届けしないと、気が済まない。
クレアの仇……では無いが、一矢報わずには、いられなくなったのだ。
……が、俺の弱体化した飛び蹴りが、奴の元に届けられる事は無かった。
俺やクレア、トトンヌにマサ子は、急に影に包まれた。
上空を見上げた。
ひょっとして、日食!? と思ったがそうでは無い。
……何かいるのだ。
蝙蝠のような翼を持った、バカでかい生き物が。
「なんだありゃあ!?」
「おお!やっと来たか!? 待っておったぞ!」
どうやら、トトンヌの迎えらしい。
・・・
バカでかい謎の、飛行生物が着陸した。
そいつの正体がわかった。
カピバラだ。
その、バカでかいカピバラを見て唖然している俺を見かねて、トトンヌが話しかけて来た
「あれはカピバラであって、カピバラではないぞ。かつての大戦で生まれし、竜族とカピバラ人族の混血種、邪竜カピバラゴンだ。」
いや、当然のように言われても、わからんがな!
邪竜という名前にしては、かなり大人しそう。
翼が生えている事と、大きさを抜きにすれば、外見はただのカピバラだ。
「トトンヌ御大よ、ご機嫌いかがですかなぁ?」
カピバラゴンの背中から誰かが声を発した。
「……すまない、ヒパビパ殿。作戦は完全には行かなかった」
ヒパビパと呼ばれたカピバラゴンに乗っていたそいつは、トトンヌより倍近くの体格をしたネズミだった。
ジェイクよりも大きく、トトンヌに似ている外見をしているものの、尻尾は無く、毛の色は薄い茶色。
彼は本物のカピバラ人族だ。
シルクハットに片眼鏡、燕尾服にステッキという、手品師のような格好が特徴的だ。
「畑の大根をすべて、野菜獣にできた時点で作戦は成功ではありませんか?」
トトンヌにフォローするカピバラ人族のヒパビパは、次にこちらに視線を移す。
「あちらが例の特異点ですか。
どこか、トトンヌ殿と同じ雰囲気を感じますね。」
何を言ってるんだ、アイツは?
俺とトトンヌが同じな訳ないだろう。
それからまもなく、トトンヌとヒパビパを乗せた邪竜カピバラゴンは、大空に羽ばたき消えて行った。
不意打ちを、入れても良かったのだか、ヒパビパという実力が未知数な奴がいる為やめた。
例えトトンヌより、実力が下だとしてもだ。
何せ、異世界に転生してから今日初めて動き回ったのだ。
変な事ばかりで疲れた。
実際、倒れそう。
そういえば、巨大カピバラのインパクトのせいか、クレアの事を忘れていた。
彼女は未だに座り込んでいる。
そこまで、ショックなのだろうか。
よく考えてみれば確かに、団長という地位にいながら、ヌートリアに負けたとなると、死にたくなるだろうな。
という訳で、優しい大根の名で通したい俺は、彼女に労いの言葉をかける事にするのさ!
「いや〜、クレアさんは頑張ったよ〜!俺なんか、馬に負けたんだからさぁ、ヌートリアに負けるくらい平気だって〜!」
あれ?これって励ます、というよりも、煽っているよね? まぁ、いっか。
クレアの近くにいた俺はクレアに「パシッ」と叩かれた。
そうなるよね。
「ほ、本当に申し訳ない所存であります」
謝ると彼女と目が合った。やはり、目には涙が溢れていた。
「うええええええええん! 大根がしゃべったぁあ!怖いよ、ママー! びえええええええん!」
「えぇっ!!?」
まさかの反応だった。
何か言われるかと思ったが、まさか、子供みたいにギャン泣きされるとは……。
まるで意味がわからんぞ!?
明らかに様子がおかしい。
トトンヌが魔術で何か、したのだろうか?
「びぇええええええええん!」
「ほらほら、良い子だから泣かないで……」
今、俺に出来るのは、子供の如く泣き叫ぶクレアをあやす事のみである。
・・・
クレアの部下であり、ネスノ護衛団の副団長の一人シオン・クーパーは団長クレアの事が心配だった。
現在、魔物の討伐を終えて村に戻っている途中だ。
魔物の数は多けれど、特に問題なく遂行した。
「団長……大丈夫かなぁ。マジでヤベーのに……」
「またかよ、シオン。 団長が村の援護に行ってからずっとそれじゃねーか?」
「トムは黙ってろ」
シオンと同じく副団長のトムが彼女に話しかけるも、一蹴される。
シオンや団員は、団長があの聖剣『ラビ・ラコゼ』を、手放してしまった場合、どうなるか知っていた。
「でも、あの可愛い団長も好きなんだがなぁ」
「たしかに」
他の団員はクレアの心配をするというよりも、剣を落とした姿が見たいという談笑をしている。
「オメーらなぁ……、団長が剣を手放したら、泣き虫の子供になっちまうんだぞ!?」
シオンは団長想いの良い部下である。
今まで団長クレア・フィンバックが剣を手放し、子供の如く泣きわめく事が幾度かあった。
元に戻すには、別に剣でなくとも、棒状だったり握れる物ならなんでも良い。
以前、剣を川に落とした時は、剣が見つかるまで、ナマズを持たせて、落ち着かせた事もあった。
団長の心配をするシオンを見て、ニヤついたトムがシオンに一言、呟いた。
「でも、そんな泣き虫の時の団長が大好きなんだろ?
いつも目を輝かせてお守してるもんな!ぬへへ……」
「うるせー!トムは黙ってろ!次、喋ったら殺す!」
顔を真っ赤にするシオンを見て、団員は皆、笑い転げた。