第37話 明日使えない無駄知識
レイラは日が暮れる頃には、擬似屁をマスターしてしまった。
もう俺が彼女に教えてやれるくだらない事は、何もないだろう。
今夜にでも作戦実行したいが、問題は主に2つある。
まず1つ、レイラの件と並行して悩んでいた川を渡る事だ。
アライグマ人族が飼っていたワニが野生化し、この川に無数のワニが存在している状態なのだ。
現にさっきも河岸にちらほらとワニを目撃した。
橋が無い以上、船を使うしか無いが、襲われる可能性もある。
数匹程度なら問題は無いだろうが、予想では約500匹はいるらしいので、物量で押されてしまうだろう。
ダメ元で、レイラに『水面を走れるか?』と聞いたが、『そんなん無理に決まっとるがな!』と突っ込まれてしまった。
そこで悩んでいた俺にミーナちゃんが声をかけてきた。
俺はダメ元で彼女にワニについて相談した。
「やっぱり、口を封じるのが得策ですかねぇ」
確かにワニと言えば、口が最大に注意しなければならない物だ。
「でもワニの顎の力、マジやべぇじゃん?そう簡単にできるのかなぁ?
あの強靭な顎を封じて縛るのにかなりよ力を費やすイメージがある。
俺だけなら簡単だが、ご丁寧にワニ1匹ずつ対処する訳にもいかない。
「デロちゃん、大丈夫です!確かにワニの噛む力は相当な物、噛まれてしまったらデスロールによって全身の骨を砕かれ、まず助かる事はないでしょう。けれどワニの顎を開く力はとても弱いんです」
「え、そうなの!?」
初耳だ。
ワニの噛む力と口を開く力は同じ力量かと思っていた。
「そうですよぉ、口を開く力はとても弱いので、子供やお年寄りでも塞ぐ事が出来るんですよ」
なんて事だ、ここに来て衝撃の事実。
もちろん現物は暴れるので、口のみを注意をする訳にもいかない。
尻尾によるペシペシ攻撃とかも注意しなければならない。
しかし、ワニの口は俺の根っこ触手で縛ってしまえばもう怖い事は無いだろう。
あとワニがどれくらいの速度で泳ぐのか気になるな。
この橋を渡るのに使う、手漕ぎの小舟では満足なスピードは出せないだろう。
「……ちなみにワニってどれくらいの速さで泳ぐか分かる?」
「えーと……だいたい30km/hくらいだと思います」
……うん、そんな速度で泳がれたら、俺はともかくレイラが心配だな。
川はゴリ押しで渡るしかなさそうだ。
「おい、ダイコン!少し良いか!?」
そこで、さっきまで子供に弄ばれていたヌーターンが俺を呼んでいた。
「どうした?子供の面倒なら変わらないけど」
「違うのだ!少し気になる事があるのだ!ワタシも同行させてくれ!勿論、無償で協力はさせてもらおう!」
どうやら、ヌーターンも川の向こう岸に行きたいらしい。
そこで俺は、ワニの話を思い出した。
「なぁ、ヌーターン?お前って泳ぐの得意か?」
「ふっふっふー!何を言うかと思えば、ワタシを誰だと思っている?ヌートリア人族の騎士王だぞ?泳ぐなど朝飯前よ!
逆流だろうと荒波だろうとワタシに泳がせたら、全てを置いてけぼりにする速さになるだろう!」
本人曰く、とても泳ぎが得意らしい。
ここで俺は1つ、疑問に思った。
時速30kmで泳ぐワニと、ヌートリア人族はどちらが早いのだろうかと。
・・・
重巡ダイコンデロガさん(自分自身)からの投稿。
『ヌートリアは泳ぐのが得意な動物。
その進化した個体であるヌートリア人族は、とても早く泳げるそうです。
そこで疑問に思いました。ここ近辺の川に住み着いたワニとヌートリア人族を水泳で競わせたらどちらが勝つのでしょうか?
これってトリ○アになりませんか?よろしくお願いします』
「このト○ビアの種、つまりこういう事になります。
ワニとヌートリア人族が水泳で早さを競った場合、勝つのは『 』」
「なかなか、おもしろそうだな、それ……」
標準語で話す事になったクール系なレイラちゃんも興味があるようだ。
ここから下が確認のVTRです。
・・・
ヌートリア(学名Myocastor Coypus)とは、カピバラ、ビーバーに次ぐ大型げっ歯類であり、泳ぎを得意とし川辺に巣穴を作って暮らす動物である。
性格は凶暴で、繁殖力が高く、日本では岐阜から西、中国地方にかけて生息している特定外来種でもある。
この世界では、そんな彼らは獣人と進化している個体がおり、運動能力はワニと互角ではないかと思われる。
げっ歯類を始め、動植物に詳しい兄を持つ、ミーナ氏はこう語る
Q ワニとヌートリア人族、水中ではどちらが早いと思う?
「ヌートリア人族の水中の運動能力は、兄から『凄い』と聞いています。しかしこの川にいるワニは、私の見解だと、5〜7mと最大かつ最も獰猛なイリエワニだと思うので、どちらが勝つのか私にもわからないですねぇ……」
わからんのかーい!
ついでにヌートリア人族で今回の協力者、ヌーターン氏にも聞いてみた。
Q ワニに勝てそうですか?
「いやいや!何を言っているのだ!?幾ら何でもワニ相手はキツすぎr……」
自信満々のようだ。
今回、どの様に検証すれば良いか、今回特に活躍しなさそうなシオン氏はこう語る。
Q どの様な形で、勝敗を決めれば良いか?
「オレに聞くんすか!?……そうっすねぇ、向こう岸にヌーターンがたどり着けたら彼の勝ち、途中でワニに噛まれたらワニの勝ちとかどうですか?」
Q もっと面白い事言えないの?
「……」
シオンは黙ってしまった。
ルール説明。
ここナン・モネーナ村の側に流れる川、全幅600mをヌーターンが対岸まで渡りきったらヌートリアの勝ち、種目は自由形、途中で泳ぎ方を変えても良いものとし、武器や魔術の使用は禁止とする。
今回、ヌーターン氏と相対するワニはここの川に野生化しているイリエワニ500匹である。
イリエワニ(学名Crocodylus porosus)とは、淡水、汽水、海水のいずれにも生息し、最大級の大きさを誇る獰猛なワニで、人喰いワニとして知られている。
地上では持久力は無いが人並みの速度で走り、水中では時速30km/hで泳ぎ、獲物に遅いかかる。
それでは、検証開始。
「よし、レイラ!?ヌーターンが囮になってくれる間に俺達は川を渡ろう」
ヌーターンにはこの村で狩られているシカの臭いを染み込ませ、ワニの気を引きつけやすいようにした。
「了解……」
俺とレイラは舟に乗り、根っこ触手をオールのように使い、より早く向こう岸へと渡る。
ヌーターンの周りでは、ワニの注意をひきやすくするため、ミーナとシオンに大きな音をなんでも良いので出してもらっている。
大きな金属音と、シカの臭いに惹かれワニが集まりだした。ここに集まったワニは現在、500匹中10匹程度だが、この先どうなるかわからない。
ミーナとシオンは潮時だと理解し、走ってその場を離れた。
「こうなったら、ワタシの可憐な泳ぎを見せてやる!速すぎて見失っても知らんぞ!?」
ヌートリアの代表としてヌーターンが覚悟を決めた様に感じた。
イリエワニ達はヌートリアをご馳走だと、心を躍らせているだろう。
シオンはワニから逃げる際に前方不注意で転んでしまい、ミーナに介護された。
それぞれの思いを乗せ、実験は開始された。
「うおぉおおおおおおおお!!」
ヌーターンは雄叫びを上げ川に飛び込んだ。
ワニが彼に噛み付こうとしたが、陸上ではヌーターンを捕らえることは出来ない。
ヌーターンはヌートリアなので、他の動物のような前後の足で水をかく泳ぎ方で進みだした。
彼を追うように多方面からワニが迫りくる。
「ヌートリア……案外、早いな」
俺の隣で観戦するレイラが声を漏らす。
確かにヌーターンが思っていたよりも泳ぐのが早い。
しかし、ワニは確実に差を詰めていく。
ワニが口を開きヌーターンに遅いかかる。
そこでヌーターンに動きがあった。
「泳ぎ方、変えた……!?」
レイラが驚きの声を出した。
確かにヌーターンは泳ぎを犬掻きのようなものから、豪快なドルフィンキックで水を蹴り、両手で同時に水をかいて泳ぎ出した。
「バタフライじゃねーか!」
俺は無意識に突っ込んだ。
ヌートリアの泳ぎ方は平泳ぎから変化した泳法、バタフライだ。
というか、ヌートリアがバタフライで泳ぐ方がトリ○アに出来そうな感じだ。シュールすぎる。
ずんぐりむっくりとしたヌートリアの体格からは想像できない程、豪快に彼は進んでいく。
速度はワニと同等、否、僅かであるがそれ以上だった。
バタフライという泳ぎ方は平泳ぎと同じく、視界は良く、前方から迫りくるワニを避ける事が出来る。
これが、背泳ぎやクロールには無い利点なのだろう。
速度の遅い平泳ぎでは、ワニに追いつかれてしまう。
まさに、バタフライこそがこの場に適した泳ぎ方。
前世界でバタフライが開発されたのは、20世紀中頃らしい。
そもそも20世紀以前にはクロールすら無く、平泳ぎが唯一の泳法だったとも言われている。
「まじかよ……ヌートリア人族、進んでんな」
この中世ヨーロッパ頃の世界で画期的な泳ぎ方をしているヌートリア、獣人族とは恐ろしい存在なのかもしれない。
500mを越えた頃、ワニがヌーターンを追う事を諦めてしまい、ヌーターンはバタフライのまま、対岸に到着。
なんとも竜頭蛇尾な結果になってしまった。
こうしてこの世界にまた1つ新たなト○ビアが生まれた。
ヌートリア人族とワニが水泳した場合、ヌートリア人族がバタフライで泳ぎ、対岸へ逃げ切る。
・・・
予想してなかった事だが、俺が舟を進めるより、向こうの方が早く、先に向こう岸に到着したのは予想外というか、よくよく考えれば水中で30km/hもでるのだ。手漕ぎの舟がいくら頑張ろうが、先に出発していようが、ワニとヌートリア組の方が分かりきっていた事だった。
獲物を見失ってしまったワニが、腹いせに俺達の方に襲いかかってきて舟が大破し、俺達の方が被害が大きかった事は隠蔽しなくてはならないだろう。
喰われて死ぬ事は無いと思っていたが、まさかヌートリアがあんなに速く泳ぐとは思えないじゃん?
捕捉として、ヌーターンがやったバタフライという泳ぎ方は平泳ぎと同じく、視界は良いため、前方から迫りくるワニを避ける事が出来る。
これが、背泳ぎやクロールには無い利点。
一方、速度の遅い平泳ぎでは、ワニに追いつかれてしまう。
まさに、バタフライこそがこの場に適した泳ぎ方だったという訳だ。
なお、皆さまは泳ぎに自信があっても、例え川でワニを見かけたとしても、一緒に泳ぐ事は大変危険ですので絶対に真似しないでください。
それでは、レイラちゃんにこのトリビ○の種から生まれた新しい○リビアが、どのぐらい素晴らしい物だったか、評価して頂きます。
「では、レイラちゃんにお聞きします。このトリ○アの種、何分咲きでしょう?」
舟から落ち、びしょ濡れのレイラ氏が俺の問いに顔を上げ、口を動かした。
「……こんなん最低だっちゃ!なんでワニ、こっち来るだいや!んも!少し一人にさせて!」
ご覧ください。レイラは不機嫌となってしまったようです。
つまりこのト○ビア、零分咲きです!




