第3話 カピバラとヌートリア
どうやら、この筋肉モリモリの大男は、助けた村人の中に身内がいたらしく、事情を知りここまで来たんだとか。
名は、ジェイク。
その見た目とは裏腹に魔術士であり、得意分野は土属性魔術と物理魔術。
さっき俺がトトンヌに攻撃を当てれたのは、彼の魔術によってトトンヌの動きを封じていたからだ。
「ぐぬぬぬぬ……」
現在、トトンヌはジェイクの土属性魔術により拘束され、再び土の中。
今度は下半身が埋まってる。
そういえば、先ほどジェイクはトトンヌの事をカピバラではなく、ヌートリアと呼んでいた。
トトンヌ本人は『カピバラ人族』と名乗っていたはずだが……。
「あのぉ、ジェイクさん? こいつカピバラじゃないんですか?」
「どう見ても害獣人族のヌートリア人族だろ? カピバラ人族の体格は俺より大きいし、まずカピバラには尻尾が無い。 コイツは、毛が濃い茶色だし、前歯はオレンジ、完全にヌートリアだ。カピバラじゃ無いぞ……」
「違う!我はカピバラ人族だァ!ヌートリアでは無い!」
ジェイクの辛辣な評価に、真っ向から意見するトトンヌ。
トトンヌの正体はカピバラかヌートリアか?
ジェイクの話を聞く限り、俺は先ほどトトンヌの尻尾を掴んで地面から引っこ抜いた。
掴めるほど長い尻尾を持つという事は、やはりトトンヌの正体はヌートリアなのだろう。
トトンヌ本人は「違う!」と首を横にブンブン振り続けているだけである。
結論、トトンヌはヌートリアである。
慈悲は無い。
『トトンヌ』って名前がヌートリアぽいし……。
そうこうしてる間にトトンヌが地面から這い上がってきた。
本来ヌートリアは地中に巣穴を作る生き物だ。
案外、地中に埋まっていても、自力で脱出できる。
そんな事、俺は知らなかったが。
ジェイクはその事を知っているようで、動きを多少封じる程度で魔術を使っていたようだ。
まるでヌートリア博士だな。
「もう許さん!我の力を思い知らせt……」
「『巨岩砲弾』」
「!?」
ジェイクは隙を見逃さない。
いつの間にか、ここから少し距離をとっており、
魔術によって生み出した、軍艦に使われそうなくらい大きな岩砲弾を、トトンヌに撃ちこむ。
着弾。
トトンヌは反応に遅れ、岩砲弾を避けられなかったようだ。
頭の奥で反響する程の爆音と、砂煙が俺を巻きこむ。
むせるわ、これ。 目に砂が入って辛い。
ここは、村や畑とあまり離れて無い。 なのに派手に魔術をぶちまけて良いのだろうか?
合理的だが、流石に容赦なさすぎだろ……。
おまけに、俺も巻き込まれちまったよ。
俺は砂埃にまみれながら、ジェイクを睨む。
「申し訳ないと思っている」
「……」
ジェイクから無機質な謝罪を頂いたが、何も言い返す気にはならない。
だが、これで悪は去った。
「「勝ったな……!」」
俺とジェイクは互いに賞賛の言葉を掛け合った。
この砂煙が晴れたらトトンヌの亡骸があるだろう。
「……」
「……ん? ジェイクさん、どうしましたのん?」
ジェイクが顔を真っ青にして手を下腹部に当てている。
先ほどとは顔つきが違う。
まさか、トトンヌが無傷だったとか!?
「こんな時に持病か……くっ」
どうやら俺の予想は違った。
どこか古傷でも痛むのだろうか?
「トイレ、行ってくる……」
ジェイクの口から出た言葉は、空気を読まないものだった。
なんで、このタイミングでトイレに行くんだ?
どこの世界に、戦闘中にトイレに行く奴がいるんだよ! マイペースか!?
「もともと腹が弱くてな……大根に襲撃されてた時も、トイレに篭っていた……。
すまない、もう限界だ。後は任せた。妹のミーナを救ってくれた事には感謝してる……」
それだけ言い残すと村の方へと全速力で「フルパワー!」と叫びながら走り、彼の姿は一瞬にして見えなくなった。
トイレ……間に合うといいな。
突然、加勢に現れて
突然、岩砲弾をぶっ放して
突然、帰って行く……。
嵐のような男だった。実際、荒らしていったしね。
そろそろ砂煙が晴れる頃だ。上空には先ほどまで、キノコ雲があったが、風に流されていった。
「……我に深手を負わせるとは中々の男よ。 この村には勿体ないくらいだ」
「あぁ、筋肉ってどこの世界でも凄いんだなぁって…………え"え"!?」
俺の隣には、いつの間にか砂埃まみれになった、薄汚いトトンヌがいた。
「うわぁああああ!? い、生きていたのか!?」
流石にビビる。
それにしても、さっきから『いつの間にか』移動してる奴ばかりだなぁ……。瞬間移動でも使えるのかコイツら。
とりあえず、トトンヌから距離をとる。
トトンヌの足元には穴があった。どうやら爆心地からここまで、穴を掘ってきたのだろう。
ヌートリアとしての能力なのだろう。
「お前、穴掘れたのか……凄いなぁ」
取り敢えず褒める。
「フッ、我はカピバラ人族の救世主だ。これくらい他愛ない。」
なるほど、ヌートリアの飯屋とはマルチに活躍できるものなのか。
トトンヌは岩砲弾を食らったお陰かどうかは分からないが、彼の怒りゲージは柔んでいるようだ。
火の弾を撃たれなくて助かる。
もしやジェイクは、トトンヌが生きている事に気付き、逃げたのではないだろうか……。
「……大根!」
「うぁい!? ……な、なんでせう!?」
あれほど強烈な攻撃をまともにくらった筈なのに、ほぼ無傷。そんな奴に声をかけられ、応答がバグる。
トトンヌの見た目と、やってる事のバカバカしさに騙されていたが、実際はかなりの手練れだ。
素直に詫びて和解したい。
「休戦をしないか?」
「休戦!?」
トトンヌの口から出た言葉は、思ってもいない提案だった。
もちろん、俺は賛同する。
なにせ、こちとら能力がクソだからな。
「もちろん、いいですとも! 俺は村の『あの子』さえ無事ならそれで満足なんです!」
あの少女を守ると、自分で勝手に誓った事なので、絶対破らない。
俺はそう言う人間だった。自分で決めた事には忠実である。
それは大根となった今でも変わらない。
「我はさっきの、岩砲弾から身を守るため、莫大な魔力を使ってしまったからな……」
トトンヌは敵前の筈なのに、躊躇なく己が現在無力となった事を暴露した。
俺の事は脅威と思われていないのだろう。
つまり、今が奴を殺るチャンスという事である。
「我はこれより、仲間に迎えを寄越すように、魔術交信をする。くれぐれも、裏切るような事はするなよ?」
「へい、天地神明に誓って裏切らナイヨー」
……という事で、せっかく貰ったチャンス! 俺は裏切るタイミングを、考えることにするのだった。
・・・
トトンヌを蹴った時から体に違和感を感じていた。
周りの気配も掴めなくて『いつの間にか』移動してるように感じ出したのもその時からだった。
改めて、自分の体を見て見ると、毛の様な根が、全身から生えている事に気づく。
それは側根と言う。
俺自身、つまり大根本体は主根と呼ばれる部位であり、更にそこから生える細い根は側根と呼ばれる。
と言う情報を昔、学校だかテレビ番組だかで聞いた事がある。
トトンヌによって、動ける大根になり地上に進出した際には、気にするほどでも無かった。
少し力を側根に集中させて見ると、自分の意思で動かせる事が分かった。
それに伸ばしたり、引っ込ませたり出来る事にも気づいた。
「こりゃ、すげぇや……」
俺の体は葉の部分を省き、手根部分だけだと40cm程度である。
大根としては、大きいかもしれないが、この世界で生きていくには不便すぎる体だ。
だが、この触手。仮に『根っこ触手』と名付けるが、これがあれば出来る事は大幅に増えるだろう。
伸ばしてみると10m以上伸びた。
この力があれば、あんな事こんな事が出来る。
触手は男のロマンだ。
古事記にはそう書かれていない。
しかし、飛び蹴り同様、弱体化してしまう事も有り得る。
それが無い事を祈るしかない。
しばらくするとトトンヌが交信を終えたようで、根っこ触手の扱い方を練習してた俺は、根っこを引っ込め彼の元に向かった。
今こそ、裏切る時である。
次回、新ヒロイン登場