7話 封印されし悪魔
「リタ、久しぶりじゃないか」
「久しぶり、グレン」
リタの声が震えている。
大男が近づいてくる。
大男は短い黒髪で戦士というより武道家のような格好をしている。
鎧ではなく道着のような格好だ。
背中には大きな斧を背負っている。
「お前は誰だ?」
俺は死ぬ覚悟を決めた。
こんなマッチョに殴られた日には死ぬ未来にしか見えない。
「俺はリタの彼氏だ」
今の俺達の関係をなんて言えばいいのか分からないが間違ってはないだろう。
怖い、俺はここで死ぬ覚悟を決めた。
それでもここで嘘を言って逃げるのはダメだ。
「本当なのか?リタ」
「う、うん」
リタが小さく頷く。
「よろしく、俺はグレン、リタに聞いてるかもしれないがリタと同じ村出身だ」
グレンさんは殺気を見せることなく手を差し伸べてくる。
それはそれはとても良い笑顔で白い歯がキラリと光っている。
リタの話を聞いていなかったらただの良い人にしか見えなかっただろう。
握手をしたらいきなり俺の手を潰しそうで怖いがここで拒否するわけにはいかない。
「あぁ、よろしく」
戸惑いつつもその大きな手を握り握手する。
「久しぶりにリタの顔を見て安心したよ、勇者たちが待ってるからもう行くな」
「うん、ありがとう」
小さな声でリタが返す。
そのままグレンは来た道を戻り一人の少年のところに戻っていった。
その少年はこちらを見て一礼して何処かへ行った。
金髪のイケメン。
あれが勇者なのだろうか。
「もうリタの事を諦めてるんじゃないのか?」
「わからない。村でも二人きりじゃない時はあんな感じだったから」
完全にリタのテンションが下がっている。
「今日はとりあえず宿屋に戻ってもう休もう」
俺の手を引き来た道を戻る。
宿屋は街の入り口の近くに集まっているらしい。
高級宿屋は都心にあるらしいが泊まるのは低級宿屋だ。
宿屋の判断はできないのでリタに先導してもらう。
果たして、リタは一部屋取るのか二部屋取るのかが気になるな。
「おじさん、一人部屋で一泊お願い」
今、一人部屋で一泊って言ったよね?
同じ部屋でいいんですか!!
リタが落ち込んでいるにも関わらず、テンションが上がっていく。
「銀貨2枚になります」
亭主に案内され部屋に行く。
入った部屋はかなり狭く荷物合わせてギリギリ過ごせるぐらいだ。
家具もベットがあるくらいで他には何もない。
一部屋に2つベットがあると思っていたのだが、一人部屋なので1つしかベットがない。
「晩御飯は食堂に来て頂ければ有料でご提供します。それではごゆっくりどうぞ」
亭主はそのまま受付に戻る。
荷物を置きベットに座る。
リタは口数が少なく、ずっと俺の手を握っている。
「日向」
初めて呼び捨てをされたと思ったら、ベットに押し倒されていた。
気づけばベットの上で二人横になり、リタは俺に全身密着するように抱きついていた。
「日向さんを守らなきゃいけないのに私がこんなんじゃダメですよね」
胸に埋めていた顔を上げて俺を見つめる。
リタが悲しんでるところ悪いんだけど弱さを見せてくるリタが最高に可愛いです、なんて言える訳がない。
「大丈夫だよ、俺はリタの強いところも弱いところも見たいんだ。それにたまには俺に弱さを見せてくれた方が嬉しいかな」
リタの抱きしめる力が強くなる。
ちょっと痛いです。
リタが全力で俺を抱きしめたら背骨が折れるんだろうな。
「ありがとうございます」
リタの顔が近づいてくる。
その柔らかい唇とゆっくりと長い時間をかけて口付けをした。
その後、安心をしたのかリタはぐっすりと熟睡していた。
やっぱり弱いままではダメだな。
リタを守りたい。
グレンに勝てる日は遠いかもしれないが、いつか勝てる程の力をつけたい。
俺は異世界から転生して来たんだ。
これが俺の妄想だろうが何でもいい。
絶対リタを守ってやる。
いつの間にか俺も寝ていた。
外を見ると太陽は完全に沈んでいて真っ暗だ。
時計が無いので何時かわからないが街の中を歩いている人がいないので深夜だろう。
リタは未だに俺の横でぐっすりと寝ている。
密着されてムラムラはするがこの状態のリタを襲うほど腐ってはいない。
とりあえず宿屋を出て少し散歩することにした。
異世界の夜空はとても綺麗だった。
昨日見た夜空とは違うな。
リタが俺に寄り添ってくれたことでかなり心に余裕が持てている。
リタの事が恋しくなったので宿屋に戻ることにしよう。
宿屋から少し離れた所まで歩いた。
神社に似ている場所だ。
見た感じは違うが、雰囲気が神社だな。
なにか少女の石像が飾られているし。
「おい」
後ろから野太い声が聞こえた。
「グレンさん?」
そこには右手に斧を持ったグレンがいた。
グレンの顔には昼間見た笑顔はなく怒りの顔があった。
「お前、日向って言ったな、俺のリタに何をした?」
「別に何もしてないですよ?」
なぜか疑問形で返してしまう。
確かにリタの母性には火を付けてしまったかもしれないが何もしてない、まだ何もしてない。
「とぼけるな!リタは俺の事が好きだったんだぞ!なぜお前がリタの隣に立っている、リタの弱味でも握ったのか?」
グレンの中ではリタはグレンさんにベタ惚れらしい。
リタは無理やり襲われそうになったって言っていたが何故そうなった。
「リタに悪影響を与えるお前は俺が殺す」
ちょっと待ってください、洒落にならないです。
恐怖によって悲鳴すら上げられない。
俺が一歩下がると、グレンさんも同じく一歩進む。
宿屋の方向にはグレンさんがいるので、宿屋と逆の方に走りだした。
だが、敏捷14の俺が勇者パーティーのグレンより早く走れる訳がなく回り込まれてしまう。
「もがき苦しんで死んでもらおう」
あまりの速さと恐怖に腰が抜ける。
足が震えて立つこともできない。
「とりあえず、足を2つとも切断してみようか」
無理だ。
逃げ切れるはずがない。
リタ、ごめん。
俺はリタに何もできずに死ぬみたいだ。
グレンが斧を構え振り落とす。
「私の日向さんに手を出すなぁぁぁぁぁ!!」
リタに両手剣がグレンの斧を止めた。
「何故リタがここにいるんだ、何故そいつを庇うんだ?」
「日向さんは私の大切な人だから!!」
リタが何度もグレンに攻撃をするが全て受け流されてしまう。
「リタはそいつに騙されてるんだ!君は元々俺と結婚の誓いをしてたじゃないか!旅が終わったら一緒に結婚しようって!」
もし、そんな約束をしてなかったらとんだ妄想野郎だな。
「日向さん、今は逃げて!」
リタを置いて逃げる訳にはいかないが俺がここにいても足手まといになるだけだ。
とりあえず、少女の石像の後ろに隠れることにした。
リタとグレンの攻防を見る。
リタが一方的に攻撃を繰り返しているがグレンは受け流すだけでかなり余裕を持っている。
あれだけ強かったリタも勇者パーティーであるグレンを相手にするのは無理そうだ。
「わかったよリタ、あいつに騙されてるんだね、今助けてあげるよ」
グレンが俺の方を向く。
リタの攻撃を弾き、勢いよく俺の方に向かってくる。
「逃げてっ!」
勿論、リタは追いつけるはずもなく俺を守ってくれる人はいない。
再びグレンの斧が俺の前で振り上げられる。
「死ねぇぇぇぇ!!」
あぁ、俺の異世界生活は短かったな。
リタには感謝しないといけないな。
俺が死んでもグレンからは逃げてほしい。
短い間だったがリタとの思い出が走馬灯のように思い出していた。
少女の石像を盾にするように構えるが意味はないだろう。
グレンの大きな斧は石さえも破壊し俺を殺すに決まっている。
「なっ!?」
「妾に盾にするとは勇気のある人間だな」
来るべきはずの衝撃が来ない。
俺が掴んでいた石像はいつの間にか生身の人間のような暖かさと柔らかさがあった。
目の前には少女が立っていた。
身長は俺の胸までしかない少女で真っ赤なロングヘアーだ。
斧を持つことすら難しそうな体の幼い少女はグレンの斧を二本の指で挟み止めていた。
「普通の人間だと思っていたが、異世界人なのか。妾の封印を解くとは面白いな」
斧を塞いでいない方の手のひらを向ける。
「妾に矛を向けた罪は重いぞ?インパクト」
少女が小さく呟いた瞬間グレンの体が後ろへ吹っ飛んだ。
グレンは5m以上吹っ飛び地面の叩きつけられる。
「サンダー」
いきなり現われた雷がグレンへ直撃する。
グレンと共に撃たれた地面は大きくへこみその雷の強さがわかる。
「魔力が無いと力が全く出ないぞ」
ヘタリと地べたに腰をつく少女。
雷に撃たれて倒れているグレンに唖然として立っているリタ。
よし、とりあえず逃げよう。
※なんだかんだ言って日向は強くなりませんw
少しストーリー展開が早いな、悪い癖です。