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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.1《BOY MEETS GIRL》
9/40

8.機構少女の専属整備士


「く、くそぅ、卑怯者めぇ……!」

「徹頭徹尾、自業自得じゃねーか」


 観衆達もそこそこにいなくなった後、都市警察の応援がやって来たことで、灰尊は警察に引き渡されることとなった。

 網の中でもがきながら、灰尊は罵倒する。

 その様を片や呆れながら、片や苦笑しながら、歩とヘレナは見ていた。


「まぁ、ゆっくり反省してよ。どうせ現行犯逮捕待ったなしだし」

「やかましい電脳主義の犬め! 貴様らと違って生身は老いやすいのだッ!」

「じゃぁ換装しろよ」

「r.U.r社なんぞの厄介になれるか! あんなドス黒い闇のメガコーポの改造なんぞ受けてみろ、脳に何を仕込まれるか分かった物ではない!」

「酷い風評被害だぁ」


 あぁ言えばこう言う。

 何が何でも反抗する気の様で、灰尊は獣染みた唸り声すら上げて見せる。

 そんな彼に声をかける者は……。


『今回、貴方の行動を、私はとても残念に思っています』


 ……彼が最も忌み嫌った、RADIUSその人であった。

 彼女はどこまでも無表情で、吊られる灰尊を見下ろす。


「……何だとぅ?」

『貴方は他の人にない意見を提供してくださります。私はもっとちゃんとした形で、貴方と話したかった』

「ハン! 心にもないことを!」

『紛う事無き事実です!』


 強く言い切るRADIUSに、灰尊もヘレナも、作業をしていた警官までもぎょっとする。

 唯一その豹変に疑問を感じなかったのは、RADIUSを良く知らない歩だけだったが、だからこそ彼は、彼女が心底嘆いているのを感じ取れた。

 RADIUSはすぐに無表情に戻ると、ゆっくりと言葉を放つ。


『……管理A.I-RADIUSは常に、次に繋がる意見を求めています。江部灰尊。次は、もっと良い話し合いになることを祈っています』


 RADIUSはあくまでも真摯に、頭を下げる。

 後ろめたいのか、照れ臭いのか。灰尊はそっぽを向いて捨て台詞を吐こうとして……。


「……フン。機械ごときが……ッ!?」


 その目がくわ、と見開かれた。

 その手に持った、最早役に立たぬ制御装置。それが突如飛来した礫によって、破壊されていたのだ。


『――ヘレナ、伊須都様。八時方向、建物の上です』

「な……ッ!?」

「……アイツは!」


 RADIUSの示した方向、半ば瓦礫となった建物の上に、黒い影が立つ。

 最新技術の集まりと伺える黒い甲冑に、古めかしいぼろの黒衣。

 その手に構えるは漆黒の銃剣。兜から覗く眼は、闇より尚、深く昏い。

 歩とヘレナが出逢う前。いや、それよりずっと前からヘレナの前に立ち塞がる強敵の姿。


「……黒騎士ッ!」


 ――黒騎士と呼ばれる怪人が、灰尊を、いや、灰尊の持つ制御装置を狙撃したのだ。


「ど、同胞よ、何を……!」

『同胞ではない』


 狼狽する灰尊に、ぴしゃりと黒騎士は言い放つ。

 偽装目的なのか、その声は遥か遠くからでも聞こえる、低く唸る様な電子音声であった。

 彼は大きく跳躍し、着地の音もなく歩達に接近する。


『私は悪逆。マキナドールの敵。歪んだ義憤に燃える、貴公の同胞には非ず』

「……貴様、馬鹿にしているのかッ!」

『解釈は、好きにするが良い』


 朗々と語られる声に、感情の色は見えない。

 ただ、握られた鉄拳が、ぎりぎりと殺意を示すだけだ。

 口封じ。その言葉が全員の脳裏に浮かぶ。


「させないよッ!」


 誰よりも早く立ち塞がったのは、ヘレナであった。

 彼女の動きに合わせ、歩がヘレナの後ろに動く。

 今の歩は、ヘレナの視界そのものである。それを黒騎士に悟らせる訳にはいかなかった。


『退け』

「退かない!」

『ならば、貴様もだ』


 言うが早いか、黒騎士が拳を繰り出す。

 音すら置き去りにするその一撃を、ヘレナは事もなげに受け止めた。


『……貴様』

「今までの私だと、思わないでねっ!」


 そのままヘレナは腕を絡め取り、背負う。

 戦闘用サイボーグの超馬力が、瞬く間に漆黒の巨躯を持ち上げていく。


『綺麗な背負い投げです』

「よし、そのまま投げ飛ばせっ!」

「おおぉぉッ!」


 RADIUSと歩の声援を受けて、ヘレナはぐっと、足に力を込める。

 下半身をばねにして、黒衣の騎士を投げ飛ばそうとして――。


「……がっ!?」

『甘い』


 ――逆に、投げ飛ばされた。

 歩には、何が起きたのか分からないままに。

 地に叩きつけられたヘレナは、続いて繰り出される蹴りに悲鳴を上げる。

 対照的に、黒騎士は悠然と立ち上がる。一瞬の出来事であった。


「ぐ、ぅ……!」

『視える様になったか。だが、私を倒すには程遠い』

「待……ッ!」


 ヘレナが危うい。それに気付いた歩が駆けだすも、一歩遅い。

 力強く、ゆっくりと。黒衣の騎士の脚が、ヘレナの頭を打ち砕かんと振り上げられ――。


『ヘレナ!』

「……!」


 ――自発的に、大きく跳ね上がった床板によって、それを阻まれた。

 大きく吹き飛ばされた黒衣の騎士だったが、大したダメージを負わずに立ち上がる。

 その隙に歩がヘレナに駆け寄り、様子を見る。

 幸いにも怪我という怪我は負っておらず、彼はほっと息を吐いた。


『……運が良かったな』

「待てッ!」


 RADIUSの介入に形勢不利と見たのか、黒衣の騎士は踵を返す。

 大きく飛び上がろうとした彼の背に、歩の大声が振りかかった。


「……お前は、何者だッ! なんでこんなことを……!」

『私は、黒騎士』


 振り返ることなく、黒騎士は名乗る。

 その背からは何の感情も伺えず、歩の背を僅かに震えさせた。


『悪逆の徒。マキナドールの敵。そして……』


 銃剣が光る。

 そう思った瞬間、歩の頭に鈍い衝撃が走った。

 幸か不幸か、傷はない。だが、当然だ。

 ――その一撃は明らかに、“装置を狙っていた”のだから。


「い、っ……!?」

『……機構少女(マキナドール)を殺すモノだ。覚えておけ、少年』


 言葉の意味を理解する前に、黒騎士は飛び上がり、姿を消す。

 後には悔しそうに歯噛みするヘレナと、呆然とする灰尊と都市警察達。

 そして、言葉の意味を理解し、怖気を走らせる歩だけが残されていた。


***


「……かん、ぱぁーいっ!」

「か、乾杯」

『乾杯』


 三つのグラスを重ねる音が、店内に小さく響いた。

 ここは上新宿のファミリーレストラン。

 百年前はこういった店でも人間が働いていたそうだが、自動化の進んだ今は全てロボットが行っている。人件費がかからない為、こういった企業が率先して自動化を進めていった結果であり、少子化に伴い人材を集められなくなった結果でもあった。

 各席に取り付けられたディスプレイで注文をすれば、数分もかからずに配給される形式は、二一一六年のスタンダードである。


「……ぷはーっ! この一杯がたまらないっ!」

「おいおい……」


 そんなファミレスで、ヘレナが真っ先に頼んだ物を見て、歩はやや呆れた様に呟く。

 彼女が手にしているのは、安物のハイボール。つまりお酒だ。

 見た目十三の少女が至福と言わんばかりに安酒を飲む様は、多くのファンを嘆かせるオッサン臭さがあった。


「アンタ、いくつだよ?」

「ふっふーん。女の子にぃ、歳を聞くのはタブーなんだぞーぅ?」

「もう酔ってやがる」


 顔は少しも赤くならないものの、その言葉は妙に間延びし、明るくなっている。

 未成年はそもそも注文出来ないので、少なくとも成年には達しているのだろう。

 そう結論付け、歩はメロンソーダを口に含む。甘ったるく弾ける炭酸が、歩の喉で暴れ、脳を癒していた。

 ちなみにRADIUSは、注文ディスプレイの中で赤ワインを呷っている。

 勿論何の意味もない飾り用データなのだが、何故だかその様は、妙に似合っていた。


『兎にも角にも、二人とも、お疲れさまでした。報酬は後ほど用意させて頂きますね』

「はいはーい! 歩くん、今日はおねーさんが奢ってあげるから、好きなだけ食べていいよっ!」

「いいって、自分で払えるから。……ま、まぁ、お疲れ様」

「えへへー」


 ぶっきらぼうながらも真っ直ぐな労いに、ヘレナは嬉しそうに声を上げる。

 それに居た堪れなくなった歩が、またもぶっきらぼうに話を逸らす。


「いつも、あんな事してるのか?」

「うん。仕事だから、っていうのもあるけど……色々あって、ね」

「そうか……」


 困った様に笑う彼女に、歩は重く頷いて返す。

 色々、という部分を踏み込むには、まだ二人の距離は遠い気がしたからだ。

 少し空気が重くなったのを感じたのか、ヘレナが慌てて明るい話題を提供する。


「あ、でもでも、やってて良いことも沢山あるんだよっ? 色んなトコにタダで行けたり、美味しい物を食べられたりっ!」

『専ら政府提携企業の宣伝ですね』

「仕事じゃねーか」

「や、やりがいのあるお仕事だから……」


 目を背けて、酒を舐めるヘレナ。

 そんな彼女はやがて、照れ臭そうに語り始めた。


「……ホントに、やりがいはあるんだよ?」

「そうなのか?」

「うん。今日みたいに悪いことした人をやっつけるだけじゃなくて、困ってる人の手助けしたり、皆が困らない様にこの身体を使うこともあるんだ」


 身振り手振りを交えて話す様は、酒の力というより、本当に“マキナドール”という職務に好意を持っているからこその様に思えた。


「勿論、痛いことや怖いこともあるよ。無駄に終わったことも沢山ある。……でも」

「でも……?」


 思い出を振り返る様に、自身の活動内容に触れた彼女は、やがて愛おしげに微笑む。


「……それでも、私の頑張りで、幸せになる人達がいる。RADIUSがそう信じさせてくれるから、私も頑張れるんだ」


 その微笑みは、芯に固い信頼と信念を感じさせて。

 歩は少しだけ、RADIUSのことが羨ましく思えた。


『ヘレナ』

「ありがとう、RADIUS。これからも、よろしくね?」

『……私の出来る限りを尽くしましょう』


 ディスプレイの奥で、当のRADIUSは困った様に眉尻を下げ、嬉しそうにはにかむ。

 わざとらしく咳払いした彼女は、話題の矛先を――。


『さて。それより、伊須都様の処遇についてですが』

「「へ?」」


 ――ぼんやりとヘレナを見ていた、歩に向けた。

 呆気に取られた二人を余所に、RADIUSは淡々と告げる。


『伊須都様、貴方が改造したクライン・ポッドですが』

「な、何だ……?」

『違法です』

「ひぃっ」

『クライン・ポッドの改造は、法的に禁止されています。貴方もお分かりですね?』


 突き付けられた言葉に、歩はだらだらと冷や汗を流す。

 そう、ヘレナの窮地を救ったあのクライン・ポッドという意識転送装置は、国際的にその改造を禁じられているのだ。

 これは、装置が他人の意識へ干渉することから、二一一六年において最も重要とされる「人間性及び意思の尊重」を大きく侵害するのではないかという配慮からである。

 土壇場で、ヘレナの同意があったからとはいえ、歩の改造は故意に行われたものだ。

 情状酌量の余地がないのは本人が一番自覚しているだけに、RADIUSの冷たい語調は何よりも恐ろしい。


「で、でも、RADIUS? 歩くんは私の為に」

『ヘレナ』

「はひ」

『三分ほど、マナーモードでいてください』

「……ぷるぷる」

「ぶるぶる……」


 触れる物を傷つけかねない冷笑に、ヘレナはフォローの機会を失い、震えることしか出来なかった。

 その様を見た歩もまた、震えて沙汰を待つ他ない。

 何せ目の前の人工知能はこの都市の奉仕者であり、裁定者であり、独裁者なのだ。

 紛れもないクロである歩には、最早どうすることも出来なかった。


『しかし、その改造こそが犯人逮捕の一因であり、伊須都様がいなければヘレナが下東京で死亡していた可能性もあります。その点を鑑みて……』

「…………おう」


 腹を括った歩が、祈りを捧げるヘレナが。固唾を飲んで続きを促す。

 場違いなドラムロールがディスプレイから流れ、シンバルの音が響き……。


『……“伊須都 歩”は、ヘレナの任期満了まで。彼女の専属整備士として就労する事とします』

「「えっ」」

『おめでとうございます。 貴方は今日から、“機構少女の専属整備士マキナドール・クラフトマイスタ”です!』

「「えぇーっ!?」」


 ……満面の笑みで、彼女は歩の就職決定の旨を報告した。

 驚愕に目を見開いて、二人は矢継ぎ早に質問をぶつける。


「ら、RADIUS、どういうこと!?」

『どうもこうも。私の持つ職務の一つを、処罰免除の代わりに負担して頂くだけですが』

「ほ、法的に! 法的に良いのかソレ!?」

『私が法です』

「「独裁政治!」」


 混乱に体力を持って行かれたのか、ぜぇぜぇと、二人揃って肩で息をする。

 そんな二人の追及をのらりくらりとかわしたRADIUSは、悪びれなく問いかけた。


『お嫌でしたら、牢獄に繋ぐことも検討いたしますが?』

「う……!」

「そ、それは……」


 困惑と共に、顔を見合わせる歩とヘレナ。

 二人は少しだけ照れ臭そうに見つめ合った後、ゆっくりと口を開いた。


「私は、歩くんと一緒にお仕事出来たら、嬉しいけど……歩くんはどうかな?」

「……お、檻に入りたくはないからな。……やるだけやってみるよ」

「……うんっ!」


 二人が固く、しかし痛まない様に握手する。

 RADIUSは鷹揚に頷くと、電子契約書に筆を走らせた。


『では、契約成立、ということで』

「よろしくね、歩くんっ!」

「……おう!」


 契約書にサインをして、歩の市民IDが書き換えられる。

 職業欄に書かれた“機構少女の専属整備士マキナドール・クラフトマイスタ”が、これからの人生を物語るかの様に、妙に眩しく見えた。


stage.1 (完)

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