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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.1《BOY MEETS GIRL》
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6.ガジェット・メイキング

「戯言を、ぬかすなァッ!」


 戦慄から逃れ、激昂した灰尊が、手元の機械を操作する。

 それに呼応して、鉄の大蟹、解体工事用ロボット(キャンサー)が喧しい駆動音と共に大爪を振り下ろした。

 強烈な破砕音と共に、壊れた床材とロボット達が宙を舞う。

 その様から容易く予想出来る惨劇に、思わず目を背ける歩達。

 だが、恐る恐る目を向ければ、大蟹の爪先には崩れた床があるばかりで、肝心のヘレナの姿は見当たらなかった。


「何処に……!?」

「こっちだ、よッ!」

「ぐおぉッ!?」


 突如、ぎしりとキャンサーが傾く。危うく転げ落ちかけた灰尊が見たもの、それはキャンサーの八つの脚部、その一本に取り付いているヘレナであった。


「どっ……せぇぇいッ!」


 そのまま両腕で、キャンサーの脚部を抱えると、ヘレナは思い切り引っ張りだす。

 強靭な合金の脚が徐々に大きく悲鳴を上げ、遂には喧しい金属音と共に引き千切れた。


「うおぉぁぁっ!?」


 堪らず灰尊が、揺れるキャンサーにしがみつき、動きが止まった隙に、ヘレナが距離を取る。

 脚一本が壊れても、キャンサーのA.Iは姿勢制御を行い、倒れることはない。

 しかし、キャンサーの全体重は一〇〇トン。このまま脚を失っていけば自重を支えきれず、倒れる事は想像に難くなかった。


「……凄い」


 彼女の優れた手腕に、歩は見惚れる。

 歩だけではない。どの観客も歓喜を顕にし、目はヘレナの活躍に釘付けになっていた。

 

 マキナドール・ヘレナ。彼女は十年前に設計された戦闘用サイボーグである。

 脳髄を除き、全身を機械と人工臓器に換装した彼女は、時速三〇〇キロを素で耐え、攻撃を俊足で避け、金属の塊を引き千切るなど、人間の限界を越えた身体能力を持つ。

 しかし、それだけが彼女の持ち味ではない。


「……でも、アレで倒せなかったのはキツいな。何本動かなくなれば倒れるんだ……?」

『倒れなかったのではありません』

「どういうことだ?」

『倒さなかったのです。キャンサーから落ちた場合、江部氏の生命が危ぶまれますから』


 ヘレナの真の強みは、“戦闘の巧さ”にある。

 攻撃を避け、接近し、脚をもぎ取る。

 一見するとシンプルな行動だが、その動きには一切の無駄がなく、キャンサーの真上にいた灰尊すら、組み付かれるまで気付かない程に迅速である。

 RADIUSから送られた情報を元に、瞬く間に攻略法を構築。それを実戦に活かし、功績を上げる。

 奇は衒わないが堅実で、故に強い。

 それを成す“戦術眼”が彼女の最大の持ち味であった。


 ……だが、“眼”は開いていなければ意味が無い。


「どうかな、降参する気になった?」

「喧しいッ! 退くものか……退けるものかァッ!」


 灰尊の咆哮と共に、キャンサーによる横薙ぎの一撃が振るわれる。

 ヘレナは回避を試みるべく、超人的な脚力で跳び上がる……が、しかし。


「ぐぅ……っ!?」

「ヘレナッ!」


 僅かに跳び上がるタイミングが遅かったのか、ヘレナの片足が攻撃に巻き込まれてしまう。

 疑似痛覚が脳に走り、顔を歪めて落下するヘレナに、歩もまた悲痛な声を上げた。


 視覚とは、最も情報量の多い知覚である。

 文字、映像、様々な情報を得られるのは全て視覚由来であり、その恩恵を受けられない事は、社会的な生活は元より、生存にも厳しい状況を強いられる。

 そして当然ながら、盲目は戦闘にも厳しい状況を与える。

 敵がどこから攻撃するか、敵が何で攻撃するか、防御するのかしないのか、そこにいるのかいないのか……その全てを、瞬時に判断する事が出来なくなるのだ。

 これは“戦術眼”を活かして戦うヘレナにとって、致命的と言っても過言ではなかった。


「ヘレナ……!」


 そんな彼女の状態をよく知るからこそ、歩は焦って飛びだした。

 あまりにも無茶な行いだ。しかし、無策ではない。


「――作業、開始(クラフト・ワーク)ッ!」

 息を呑む観衆達も気にせず、歩は走りながら、未だ手に収まる相棒、手袋型(ハンド)立体形成機(3Dプリンター)を起動させる。

 力場が形成され、粒子の糸が指先から溢れだす。それを歩はぐちゃぐちゃに掻き乱し、幾つもの細やかな粒子に戻していく。

 効率性も何もない全力疾走に息を切らしながら、それでも歩は手を止めず、粒の形成を開始する。

 ヘレナの下に走り寄り、灰尊へと対峙した時には、手元にはずっしりとした感触が収まっていた。


「歩くん……っ!? 何してるの、早くあっちへ行って!」

「退け、小僧! 私は大義の、人類の為なら何だってやる! 貴様やマキナドールを、コイツで叩き潰す事もな!」

「どっちもうるさいってェ、のッ!」


 言うが早いか、歩は握りしめた粉塵を、思い切り投げつける。

 撒き散らされたそれらは、空中でキラキラと光輝き、キャンサーと灰尊を包み込んだ。

 粉塵が口や目に入り、もんどり打つ灰尊。

 だが、彼だけが粉塵の影響を受けた訳ではない。


「ぺっ、ペッ……! おのれちょこざいな……おぉぉっ!?」


 灰尊が歩達の下へ前進しようとした途端、急にキャンサーの動きがぎこちなくなった。

 右へ、左へ。まるでどこへ前進すればいいのか分からないと言うかの様に、キャンサーの脚部がふらつき、灰尊を揺らす。

 その効果に観衆は驚愕し、歩はニッと笑うと、急いでヘレナの脚を診始めた。


「な、何が起きたの?」

『簡易的なチャフをばら撒いたのでしょう。キャンサーは赤外線センサーによって動くので、前後不覚に陥っています』

「パトロール・ポッドの目眩ましによく使うんだ。……何で目眩ましするかは聞かないでくれよ?」

『今回だけですよ』


 歩はいたずらっぽく言うと、手に残っていた粉粒をヘレナに触らせる。

 それは小さく軽いアルミの粒で、触れたヘレナの手にきらきらと張り付いていた。

 このアルミの粒はロボットの赤外線センサーに干渉し、「そこに獲物がいる」と誤認させる効果がある。

 これをキャンサーを包み込む様にばら撒くことで、一時的に動きを止める事に成功したのだ。


 勿論、灰尊が直接操作すればすぐに抜け出されるだろうが、今までのキャンサーの動きから、灰尊の持つ機械はキャンサーに指示を与えるもので、あくまで駆動制御はキャンサーが行っているものと歩は睨んでいた。

 現に今、灰尊は揺れるキャンサーから振り落とされない様にするので手一杯であり、チャフは時間稼ぎとしてよく働いていた。


 そうして稼いだ時間を利用して、歩はてきぱきと修理に取り掛かる。

 当たりどころが良かったのか、ヘレナは脚甲の一部がひしゃげただけであった。

 歩行に支障を来している為、歩はRADIUSの誘導の下、手早く装甲を外していく。


「よし、動くか?」

「……うん、大丈夫。ありがとね、歩くん」

「……おう」


 盲目により覚束ない足取りを、歩は全身で支える。

 落ち着いたところで、RADIUSはいつもより冷たい調子で音を発した。


『今です。撤退してください』

「……RADIUS」

『今、都市警察の機動隊を動員中です。到着までおよそ十五分。その程度なら、私だけでも周囲の安全を確保出来ます』

「RADIUS、ねぇ、待って……」

『今の貴方では、危険が多過ぎます。任せてはおけません』

「……そんな」


 縋る様なヘレナの声に、RADIUSは耳を傾けることはなかった。

 徐々に沈んでいくヘレナの顔を見て、歩はぽつりと尋ねる。


「……諦めたくないのか?」

「……うん」

「なら、頑張れ」


 ぽん、とヘレナの頭を歩が撫でる。

 幾らか手を伸ばして行われたそれに。


「…………うん」


 ゆっくりと、ヘレナが頷く。

 次いで、漏れだす様に、彼女の口から言葉が出て来る。


「確かに私は、役立たずの旧式サイボーグかもしれない……でも、私は、マキナドールだ」


 気を引き締める様に、彼女は一歩前へ踏み出す。

 一言一言を発する度に、ヘレナの憂いが、迷いが消え去っていく。


「マキナドールは、色んな人に支えられて、色んな人を守る仕事なんだ。私は……まだ、皆を守りきれてない」


 握り拳を構えれば、もう沈痛な面持ちの少女は、どこにだっていやしない。


「だから、私はまだ……諦められないよ、RADIUS」


 そこに立っているのは、十年前にRADIUSが見ていた――何事にも折れず、立ち向かい続ける正義の少女(マキナドール)であった。


『……しかし』

「今の状態じゃ危険過ぎるのには、俺も同感だ」


 絞り出す様なRADIUSの言葉を遮って、歩が言う。

 だがその顔はヘレナをどこか心配げに見つめながらも、不敵に笑っていた。


「だから……その目、俺がどうにかする」

「……出来るの?」

「出来る。でも正直に言うと、あんまり良い方法じゃない」

「わかった、やろう」

「……マジかよ」


 即答するヘレナに、歩は軽く吹き出す。

 考えているのかいないのか。きっと彼女は、「皆を守る」ことだけを考えているのだろう。

 容易に想像のつく答えに苦笑しながら、歩は頷いた。


「OK。その代わり、揃えたいのが幾つかある」

「何が要るの?」

「アンタの市民IDと……機材だな。機材の方は、俺がどうにかするから……」

「IDが欲しいのね。……RADIUS、お願い」

『よろしいのですか、ヘレナ』

「うん。歩くんなら、きっと大丈夫」

『……了解しました。伊須都様、お手持ちの端末を』

「おう」


 歩が手を翳せば、手袋型立体形成機に情報がインプットされる。

 市民IDは、持ち主の脳波を元に作られた特殊なIDであり、上東京市民はそのIDであらゆる社会福祉(サービス)を利用出来るのだ。

 脳波の動きによって変動し続ける為、第三者の悪用は難しいが、一度本人がRADIUSを介して送ってしまえば、その悪用を止める事は難しい。

 それ故、市民IDの交換は「強い信頼の現れ」として上東京では受け入れられていた。

 無論歩もそれを知っていて、ダメ元で提案したのだが、思った以上にあっさりと受け入れられ、面食らうと同時に、面映ゆい気持ちになる。


「……ありがとな」

「ううん。あ、悪用しちゃダメだよ?」

「うん、それ無理だわ」

「えぇっ!?」


 だからこそ、ショックを受けた様子のヘレナに、歩が可笑しさを抑える事は難しかった。

 いたずらっぽく笑うと、歩は勢い良く駆け出す。


「……今から悪いコトをして、その眼をなんとかするんだよ! 五分でいい! 時間を稼いでくれ!」

「えっ、あ、うんっ! わかった!」


 意図を察し、ショックから立ち直ったヘレナは、ゆっくりと灰尊へと向き直る。

 チャフが強風で飛ばされ、体勢を立て直した灰尊もまた、顔を真っ赤にしながらヘレナを睨みつけた。


「えぇい、小癪なッ! 覚悟しろ、マキナドールッ!」

「……それは、こっちのセリフかなっ!」


 両者が勢い良く踏み出し、大爪と鉄拳を交え始める。

 観衆がまた野次と歓声を飛ばし始める中、ヘレナの脳裏で、歩の声が小さく励ましていた。


***


「……クッソ、見つからない!」


 歩が駆け出した先、灰尊によって倒壊させられたショッピングモールには、商品や瓦礫が散乱していた。

 辺りには人っ子一人いない。怪我人や死体もない辺りに、都市警察の弛まぬ努力が伺えるのだが、今の歩にそれを気に留める暇は無い。


『如何されるおつもりですか?』

「要は、ヘレナが視覚を取り戻せばいいんだろ! だったら、それが出来る機械を作る!」

『本当に、ヘレナの手助けをするおつもりですか』

「じゃなきゃこんな走り回ってないだろ!」


 女性人格としては低く冷たい声に、歩は熱く声を荒げて返す。

 そもそも、彼女の手助けをする為だけに歩は時速三〇〇キロの恥辱飛行に耐えて来たのだ。今更投げ出す程度の男ならば、最初の最初、彼女が下東京へ落下してきた時点で見なかったことにしていただろう。

 RADIUSもそれが分かっていて聞いたのか、返答を聞くと暫く黙りこんでしまう。

 代わりに、倒壊寸前の照明が、一つの瓦礫の山に光を照射した。


「RADIUS?」

『……機器類であれば、そちらの家電販売店だったものに多くあるかと』

「……助かる!」


 不承不承、といった風に、RADIUSは言い放つ。それに礼を言うと、歩はすぐさま瓦礫を掻き分け始めた。

 あれでもないこれでもないと探し回ること二分半。遂に歩はお目当ての物を見つける。


「……あった、これだ!」

『“クライン・ポッド”。|全没入型VR誘導機《フルダイブ・バーチャル・リアリティ・マシン》ですか』

「そう! 設計図出せるか!?」

『はい、直ちに』


 歩が手に取ったそれは、ヘルメット型の“クライン・ポッド”と呼ばれる機械であった。

 二一〇〇年代より少し前、脳科学が進歩した事により発達した技術はサイボーグ技術だけではなく、A.I技術やVR技術も大きく前進した。

 蔵印社から発売された“クライン・ポッド”は、そのVR技術の集大成である。脳波や電波を中継機に送受信することで、ネット上に意識の全没入を可能にした機械だ。

 歩は設計図から、幾つかの必要ない機能を探り当て、的確に取り除く。少しだけ軽くなったソレに、歩は更に細工を加えていく。


「後は、送信先をヘレナのIDにすれば……!」

『あまりよろしいとは言い難いですね』

「だからさっきからそう言ってるだろ!」

『そうでしたね。しかし……』


 RADIUSの半ば呆れた様な口調に、歩はやけくそ混じりに言い返す。

 この方法が倫理的にも、法律的にもグレーゾーンを通り越している事は歩も重々承知している。だからこそ一度は首を横に振ったのであり、今も自棄になりながら行っているのだ。

 それでも歩が手を止めないのは、ヘレナが今も戦いながら、歩を待っているからであった。

 良案とも言い難い提案をあっさり受け入れ、大事な市民IDを託した彼女を裏切りたくない。彼女の期待に応えたいという想いが、迷える少年の尻を蹴り押していたのである。

 だからこそ……。


『……これなら、この事件を解決出来ます』

「あぁ! ヘレナの下へ、急ぐぞッ!」


 ……ジャスト五分。少年は己の持つ技術を駆使し、この状況における「最良」を造り出した。



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