5.機構少女、出撃
「……フワァーッハッハッハッハァッ! いいぞ、いいぞォッ! もっと壊してしまえッ!」
音を立てて引き裂かれた建物を見て、江部灰尊が大笑いする。
都市警察の活躍もあり、既に多くの都民が退避済みだが、それでも自分達の店が破壊される様を見ていられず、警察に制止されている者や、安全圏(と、本人達は思っている場所)からそれを見ている野次馬、命知らずの民放マスコミ達もいる。彼らの無謀極まる行動により、都市警察の面々は彼らを退かせるので手一杯となっていた。
その為、都市警察のパトロール・ロボットや民間の人型警備ロボット達が己の使命を果たすべく、灰尊を抑えにかかるものの、彼の操るキャンサーは解体工事用ロボット、つまり大型浮遊自動車の衝突でもびくともしない建築物達を粉砕し、形も残さず“解体”する為の機械である。
そこらの家電より丈夫、というのが精々の警備ロボットや、効率的な巡回の為に小型化された球状のパトロール・ポッドでは時間稼ぎにしかならない。
それが剛腕を振るう度に、ロボット達が圧壊され、ばらばらと音を立てて壊れていく。
今やキャンサーは己の役目も忘れ、灰尊の操る無双の狂戦士と化していた。
「どうだッ、見たか都民達よッ! これがRADIUSの造り出した社会だッ! 己の意味も果たせない機械共と、己の意味も見出だせない業務に囲まれた! 我々がRADIUSによって与えられた、社会の成れの果てだッ!」
狂戦士を駆る灰尊は、狂ったように喚き、嗤う。
その瞳は確りと見えていながらも、絶望に濁り、怒りに淀んでいた。
それが灰尊本来の瞳なのか、そうでないのか。今迄彼に興味を持たなかった民衆達には分からない。恐らく、これからも分からないだろう。
彼らにとって犯罪者というのは、身近な物を壊してしまう「悪役」であり、マキナドールという娯楽の為に消費されるべき「モノ」なのだから。その主張も、その意志も、興味を示すことはない。
そうして、その旨を彼らの瞳から察し、灰尊は更に怒気を強める。
この様な瞳にしたのも、全てRADIUSのせいだ。彼奴めの造った偽りの楽園によって、人々は堕落したのだと彼は嘆き、目を覚まさせねばと吠える。
「……目を覚ませ、都民達よッ! 立ち上がるのだ、問い続けるのだ! こんな世の中が正しいと、本当に思っているのかッ!」
江部灰尊はひたすらに吠える。人々の停滞に嘆きながら、人々の意志に藻掻きながら。
反ロボット派と言えば、二一一六年の時分には聞こえが悪い。だが、元より政治というモノは人間が人間の為に議論を交わし、回していくものであった。
ところが三十年前。人口減少に伴い、日本が都市国家連合制となった途端、政治は変わった。
都市の指導者を決める段になった矢先、政治に理解を示さなかった民衆達が突如RADIUSを持ち上げ始め、政治家達を排除し始めたのだ。
金食い虫の政治家より、高性能でローコストな機械を。その熱は官僚達をも巻き込み、最終的にRADIUSは、東京の政治と呼べるモノの全権を担う指導者にまで上り詰めた。
……今の民衆は、概ね平和で幸福だろう。
だが、それで良いのかと、昔を知る灰尊は叫ぶ。
「自分の意志で見も聞きもせず、立つこともせず! 只々、機械の、RADIUSの言うことに従い続ける世界がッ! ……本当に、良いと思っているのかァッ!」
叩きつける様に放たれた言葉は、民衆には届かない。
無力感に苛まれ、いっそこの愚衆をすり潰してしまおうかと灰尊が思った、その時。
「――良いか悪いか、政治的な事はちょっと、よくわかんない……かなッ!」
灰尊の演説に、答える者がいた。
暗い洞穴の中、出口へ繋がる光明を見たかの様に、灰尊が勢い良く声のする方へ振り向く。
しかしその喜色を浮かべた顔は、空中を見上げた途端に引き攣った。
彼と入れ替わる様に、民衆達が待ちに待った「娯楽」、その主役の登場に目を輝かせる。
「き、貴様はッ!?」
「「「マキナドールッ!」」」
「……だって私、公民は毎回赤点だったからね!」
床に突如開いた穴から、勢い良く空へ“射出”された二人の少年少女。
白目を剥いて意識を失う歩を抱きながら。
不敵に、何処を見るでもなく笑うヘレナが、宙を舞っていた。
『ヘレナ。それは公表を推奨しないプロフィールの筈ですが』
「欠点だってアピールポイントだよ……っと!」
時速三〇〇キロ、その勢いのままに放り出され、花びらが風に吹かれる様に舞い上がる歩とヘレナ。
しかし、ヘレナの自重によりその高度は徐々に上昇を止め、そのまま糸を切られたかの如く、地上へと落ちていく。
あわや地面へと激突するかと思い、一部の民衆達は目を背けたが、ヘレナは難なく体勢を整え、歩を横抱きに、怪我もなく地面へと足を降ろした。
……とはいえ、落下の衝撃を完全に殺すのは難しかった様で、合金の床が音を立ててひしゃげ、歩の口から「ぐぇっ」と声が漏れた。思わず民衆からも呻き声が漏れる。
「うわっ。だ、大丈夫、歩くん……?」
「……お、俺、生きてるか……?」
『バイタルに若干の乱れがあるものの、皮膚・骨・内蔵共に損傷なし。至って健康かと』
「そうか……。……二度とアレには乗らねえ……っと?」
よろめきながら立ち上がった歩であったが、顔を上げると、多くの視線が自分に向けられている事に気付いた。
見知らぬ役者の登場による好奇の目線や、汚らしい――常に小奇麗な衣服を纏う上東京の市民にとって、土埃と機械油に塗れた作業着とよれよれぶかぶかのコートはさぞ汚らわしく映るだろう――衣服に対する侮蔑の目線。そして、ヘレナの隣に立つ事への嫉妬の目線などだ。
「何あの格好、下東京(ゴミ溜め)からでも来たの?」
「あんな薄汚いヤツと一緒とか、あのヘレナも落ちぶれたものだな」
そんな声と共に、嘲笑する者もいる。……歩が腰に挿した金槌を持ってひと睨みすると、声の主はパッと口を噤んだ。
「……なぁ。今更だけど、俺がついて行く事が迷惑だったりするか?」
「今更だけど、歩くんが危険じゃないかなとは思うかな。迷惑ではないよ」
『今更ですが、危険度は平時よりも十パーセント程上昇しています。能動的に干渉するなら、危険度は干渉度に比例して上昇します。都市警察の皆様に保護して頂くのが一番かと、一為政者として進言します』
「今更だなぁ」
どれもこれも、どいつもこいつも。歩にとっては見慣れた目線だが、流石にこの黒山の人だかりに見つめられるのは気分が悪い。
さりとて今更退く気もないので、顔を顰め、努めて無視……しようとしたところで、肩へ優しく重みがかかる。
見れば、歩の両肩をヘレナがそっと押さえていた。悪戯っぽく笑う彼女は「ちょっと待っててね」と言うと、徐ろに――一瞬だけ、声を探るべく顔を振り――観衆の方へと向き直った。
「……皆、おまたせっ! マキナドール・ヘレナ! 只今参上だよっ!」
洗練されたヘレナの決めポーズを皮切りに、観衆が沸き立つ。
歓喜。愉悦。様々な感情を含んだ歓声が響く。
特に声の大きい一団に、ヘレナのイラストや応援の旨がプリントされた衣服などを纏っている者がおり、歩に彼女の人気を知らしめた。
その声援が落ち着いたのを見計らい、ヘレナは観衆へと、明るい声で語りかける。
「皆、私が来たからには、もう大丈夫! 心配しなくていいよっ……って言いたいけど」
『――約五メートル、後退させてください』
「……今の位置じゃ、ちょーっと危ないかな? じゃぁ、私の合図に合わせて、ゆっくり下がってみよっか! 準備はいいかなー? ……はい、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩!」
かん、かん、かん、かん、かん。
小気味よく響くヘレナの手拍子に合わせ、観衆がゆっくりと後退していく。それに合わせて、RADIUSが床板を持ち上げ、それを材料に都市警察の面々がバリケードをより厚く固め直す。
慌てず騒がず、楽しさをも含んだ優秀な避難誘導である。その手腕に歩は勿論、敵手である灰尊さえも唸らざるを得なかった。
「……はい、オッケー! 皆、そこから応援しててねー!」
ヘレナが両手で丸を作れば、バリケードの奥から楽しげな声援が響く。
そんな彼らにヘレナの映像を届けながら、RADIUSはインタビューを行う。
『完璧です。ヘレナ、今日は調子が良いですね?』
「勿論! ……皆と歩くんに、良いトコ見せてあげたいもんね?」
「……おう。頑張れ」
にこやかに微笑むヘレナに、歩はそっぽを向いて答える。
まだ歩にとって、自分が個別に扱われる事は嬉しく思いつつも、気恥ずかしさが勝っていた。それでも無碍にせず、応援する辺りに彼の好意が伺えるものの、まだまだ素直になれないのは、思春期の男子には仕方のないことである。
けれど、その微笑ましい光景をいつまでも見守っていられない者もいる。マキナドールとしてのヘレナと対峙する灰尊だ。彼は鼻息荒く、ヘレナへと怒声を上げる。
「……マキナドール! 貴様、どうして此処にいる!? 貴様は、この上東京から真っ逆さまに落ちた筈……!」
「知らないの? ヒーローはいつだって不死身なんだよ! ……と、言いたいけどっ」
軽口を叩きながら、ヘレナは歩の背にもたれる。
少女の体躯としては少し重みがあるが、ヘレナ自身が調節してくれているのか、歩の矮躯でも受け止めきれる程度であった。その気遣いが歩にとっては有難く、気恥ずかしい物である。
「歩くんが、治してくれたからねっ! 元気百倍、もう絶対負けないんだから!」
「えぇい、機械のイヌめ! 惚気るんじゃぁないっ!」
得意げな顔を浮かべるヘレナに、灰尊は頭を掻き毟る。
同時に熱心なファンからブーイングが飛び、歩も頭を抱えたくなったが、努めて無視して、自分の言いたい事を言う為に灰尊へと向き直る。
「おい、オッサン! もう暴れるのはやめろ!」
「オッサンではない、江部灰尊だ! ……これがただの暴力だと思うな少年! これは人類の為に必要な、正当な暴力なのだっ!」
「やかましい! 人様のモノを壊しておいて、正当も必要もあるか!」
灰尊の言葉に、真っ向から自分の意見を述べる歩。
何処までも真っ直ぐな少年は、怒れる男の瞳を確りと見据えていた。
「アンタが正しいって思ってんなら、ロボットブッ壊す必要なんてねぇだろ!」
「この行いにより、人類は目を覚まさねばならんのだよ!」
「ロボットは! 何も! 悪いことしてねぇだろって言ってんだ!!」
「ぐ、ぬ……っ!?」
元より下東京で暮らしていた為、世俗や政治はよく分からない歩だが、少ない物資で生活を送る以上、物を無闇に破壊することは「悪いこと」だと思っていた。
まだまだ働けるロボット達を、原型が残らぬ程に壊しているのだから尚更である。
薄汚い少年の口から飛び出した真っ当な発言に面食らう観衆と灰尊であったが、ヘレナは驚く様子もなく、鷹揚に頷く。
「……そうだね。主義主張は、私には善し悪しつける事は出来ないけど。……でも、人の迷惑をかけても、それが正しいと主張するのは難しいと思うな」
「そうだそうだ!」
「迷惑なんだよハゲ!」
ヘレナの言葉に同調する様に、民衆から灰尊へと罵声が浴びせかけられる。
その勢いに……というより、極めて真っ当な意見をかける若者二人にたじろぐ灰尊であったが、再び、今度は更に力強く声を張り上げた。
「それでもだ! ……例えこの行いが間違っていたとしても、それでも! 誰かが彼奴の、RADIUSの欠陥を正さねばならんのだ!」
『疑問を呈します。私の欠点を指摘されるならば、私に直訴するのが一番です。RADIUSはそれを歓迎し、検討し、より良い状態にすることが可能です。何故、そうしないのですか?』
「検討! 検討か! 確かにそれはそうだろう! だが、それが“人間の為”になるとは限るまい!」
淡々としたRADIUSの声に、灰尊は吼える。
その顔には、憂いと憤りが綯い交ぜに満ちており、前評判として聞いていた、傲慢不遜な男として見るには難しいと歩は感じた。
そんな軽い男に、こんな顔が出来るだろうか? こんな力強い声が出せるだろうか?
歩には、とてもそうは思えなかったのだ。
「貴様は高性能ではあるが、完全な政治家ではない! ただ都民を慰撫し、不満から目を逸らさせる事に長けた演算機械に過ぎないのだ!」
『……それでも、私は支持を得ています。私は実績を出しています。貴方一人には私に並ぶ程の対案は出せません。絶対に』
「そうだろうな! だが、それが永遠に続くとは、お前自身が思っていまい!」
『……』
灰尊の言葉に、RADIUSは沈黙する。観衆も、ヘレナも、そして歩もまた同じく。
その無表情の奥底で、彼女が何を感じているかは歩にも、観衆にも分からない。
ただ、灰尊の言葉には何か確信めいたものがあった。それだけが、歩に分かることであった。
「断言しよう! 近い将来、お前は確実に行き詰まる! その時に迷走し、人類全てに危機を与えるだろう! それを妨げる者がいなくてはならない! 人類が立ち上がり、お前を支配しなくてはならないのだ! 何故ならお前は、機械なのだから!」
客観的に見れば、それは狂人の発言である。RADIUSの治世はこの三十年間、他の都市が動乱で傾く中で尚、産業を賑わせ、市民を潤してきたのだから。
天上に浮かぶユートピア。上東京の存在こそが、RADIUSの偉業そのものである。それを否定する事など、民衆は勿論、歩でさえも考えなかった。
だからこそ、誰もが沈黙する。
考えもしなかったことだからこそ、正しい反論が出来ないのだ。
そして闇雲な罵声はこの男には通用せず、逆に的確な反論を返されてしまうのが容易に想像出来たからである。
民衆からの賛同は得られなかったとはいえ、伊達に政治家を志していないということだろう。
徐々に民衆の意識が、灰尊の言葉に傾こうとして……。
「……それでも、貴方が暴力を振るっていい理由にはならない!」
……強い意志で以て、その流れは断ち切られた。
全員が全員、目が覚めた様に、ハッと声のした方へ顔を向ける。
声の主であるヘレナは、いつもの様に朗らかな笑みを浮かべていなかった。
ただ、盲目とは思えない程に迷いなく、灰尊を見据えて言い放つ。
「それが誰にとっていい行いだとしても、暴れて、物を壊していい理由にはならない。それは、どんな聖者の行いであっても、暴虐な蛮人の行いにしてしまう……とても、間違った行為だ!」
ヘレナはゆっくりと身構える。
半歩下がり、腰を静かに下ろす。古式ゆかしい日本武道の基本、半身の構えを取り、彼女は言う。
「――だから、間違えた貴方は、誰かが止めなくちゃならない。悲しいことが、これ以上起こってしまう前に!」
瞬間、床材が音を立てて罅割れる。
戦闘用サイボーグ、マキナドールであるヘレナが本気を出した証拠だ。
例え彼女が十年前の旧式であっても、戦闘用サイボーグならば踏鳴――震脚とも呼ばれる足の小動作ですら、床に跡を残す程の威力と化す。
「そして、誰も止められないなら――」
その威容に歩は目を見開き、灰尊は戦慄する。観客が固唾を呑む中で――。
「――私が、マキナドールが、止めてみせるッ!」
――彼女は高らかに、宣戦を布告した。




