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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.4《ROSSUM'S UNIVERSAL ROBOTS》
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10.ヘレナとプリムス


「……豚野郎ッ」

『ホホホ! 子供の負け惜しみは快い』


 歩の悪態に、贅肉を揺らしながら簿寸満ボ・スーマンは嘲笑う。

 この悪党の私欲によって、どれだけの人が、機械が不幸に遭ってきたかを思えば、ヘレナの人生がどれだけ狂わされたかを思えば、歩の肺は自然と熱くなる。

 目の前で佇む灼眼のマキナドール(ヘレナ)が、この男の悪行を象徴していた。


「ヘレナに、何をした」

『決まっているだろう? “商品”としての加工だよ』

「お前……ッ」

『あァ、お前達の頑張りはちゃァんと見ていたよ。後で編集したモノを放映し、特別会員の皆様のお愉しみとさせて貰おう……。

 題名(タイトル)は、“人形兵隊の裏切りとその末路”でどうかな?』

『センスがまるでないな』

『よろしい。ではお抱えのクリエイターに任せようか』


 新たな遊びを思いついた、という風に出された簿の提案を、プリムスは素気無く斬り捨てる。

 歩の熱い怒りも、プリムスの冷たい殺気も、モニター越しの簿寸満にとってはただの娯楽に過ぎない。

 彼が愉快そうに顔を吊り上げる様は、まさに醜い豚であった。


『とりあえず、締め括りを撮ろうじゃないか。

 ……素材は多いほうがいいから、長生きしてくれたまえよ?』

『走れ、少年ッ!』

「……応ッ!」


 勢い良く歩は反転し、ヘレナから距離を取る。

 その一歩一歩を見送る彼女は、まるで人形のように表情が消えていた。

 そんな機械人形(マキナドール)に、簿が命ずる。


『餓鬼を殺せ。惨たらしくだ』

「……命令、受諾」


 ヘレナがゆっくりと、感情味もなく動き出す。

 一歩、一歩が徐々に速まり、長くなる。

 そして遂には、歩の百歩を一歩で追い越さん程に加速した。


『……チィッ!』

「障害の排除、開始」


 その行く手を阻まんと、プリムスが銃剣を抜き放つ。

 放たれた弾丸は、真っ直ぐにヘレナの胸部へ飛び――彼女の掌に掴まれた。


『ッ!?』


 掴まれた弾丸が、その回転を止めるよりも早く。

 ヘレナはまるで手裏剣を投げるかのように、弾丸を弾き返した。

 一瞬の隙を突かれたプリムスが、銃剣で己を庇う。

 炸薬による科学現象よりも遥かに素速く飛んだ弾丸が、銃剣を破壊した。


『莫迦な……ッ!』

「目が、視えてるっ!?」

『ホホホ! 我が社の最高級品が、十年そこらで壊れるとでも?』


 驚くべきことは、銃以上の威力で弾丸を放ったことではない。

 弾丸を捉え、掴み、目標へ放つ。

 これらの動作には、“視覚”という要素が必要不可欠なのだ。

 それが出来るということは、ヘレナの視覚が回復していることを指し示している。


『失明と思って絶望するマキナドール・ヘレナは、裏番組でも大人気のシーンでした!

 いやぁ、どう思ったでしょうね?

 どう足掻いても戻らないと思っていたら、裏で最も信頼していたRADIUSに光を奪われていたなんて!』

「テメェ……ッ!」

『あァ、心配ご無用! ただカメラ・アイから来る視界を、RADIUSが強制遮断していたに過ぎません!

 我が社のサイボーグ技術は安心・安全! 十年先まで動作保証です!』


 コマーシャルを述べる簿の目には、愉悦の色が湛えられていた。

 希望に走る少年を嘲り、その背を庇う機械を踏み躙り、その背を追う少女を嗤わんとしていた。

 その悪趣味さに、プリムスは臍を噛む。

 だが、彼女の相手は強力無比にして冷酷非情と化したマキナドール・ヘレナである。一切の油断も、支援さえも許されなかった。


「排除、開始」

『……いいだろう』


 プリムスは脱力し、両の拳を握る。

 姿勢を真っ直ぐに保ったその立ち居振る舞いは、一見して抵抗を止めたように見えるが、実態は真逆である。

 それはプリムスが長きに渡り研鑽し、突き詰めた対マキナドール用格闘術。


『時間を、稼がせて貰おうか』


 システマ(Система)である。


『殺れ、マキナドールッ!』


 簿の声をゴングに、マキナドール・ヘレナが拳を振るう。

 音を置き去りにした正拳突きは、プリムスの胸を穿つことなく、彼女の腕に絡め取られた。

 空いた片腕に殴られる前に、プリムスはその肘でヘレナの鼻を潰す。


「……!」

『拳が鈍いな』


 僅かにぐらついたヘレナだったが、即座に絡め取られた腕を更に前に押し出す。

 そのまま組み付けば、ヘレナは肩を犠牲にプリムスを押し倒し、瞬く間に寝技へ持ち込むだろう。

 しかしそれを避ける為にプリムスが腕を離せば、忽ちの内にヘレナは歩に肉薄する。

 この一瞬でその二択を強いるのが、マキナドールとしてのヘレナの真骨頂である。


『少しは弱体化して貰えない、か……っ!』


 当然、黒騎士として戦い続けたプリムスが、そんな二択を取るヘマはしない。

 彼女はヘレナの懐へ入り、前へ押し出される勢いを背に負う。

 両の膝をバネに相手を浮かせば、一本背負いにヘレナを床に叩きつけた。


『く……ッ!』


 それで勢いが止まることを祈る間もなく、ヘレナは身を捩り、足を振り回す。

 強烈な足払いが、プリムスの膝をへし折った。

 バランスを崩された彼女は、倒れ込む勢いのままにヘレナの頭を穿たんとする。

 気絶による機能停止を狙ったその一撃は、更に身を捩られ、床に穴を開けるだけに終わった。


『ガ……グガッ』

『いいぞ、殺せ! 殺せ!』


 立て直す間もなく、プリムスは裸締めを受け、その喉を潰される。

 身を捩りながら、プリムスは暫し、ヘレナの無機質な瞳を睨みつけた。


『……チッ。この身体は大事にしようと思っていたんだがな』

「……」


 やがてみしみしと音を立てていたプリムスの頚椎が、派手な音と共にへし折れる。

 それと同時に、彼女の首と胴は分かたれた。


『ハッハー! いいぞ、残虐ショーだ!』

「……排除完了」


 生気を失ったプリムスの首が、だらりとヘレナの手に提がる。

 歩は既にいなくなっていた。

 探すのには時間がかかるだろうが、不可能ではない。


「追跡、再開」


 無機質に、無感情にヘレナが囁く。

 その瞳が……わずかに、揺れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一応今でも待ってはいるのです。 いつか再開しないかなぁ、ぐらいには。
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