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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.1《BOY MEETS GIRL》
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3.天上の楽園と全自動お殿様サービス


 浮上都市・上東京。

 その正体は大半を合金と合成樹脂で構成された、全長二○○○平方キロメートルのアーコロジー型人工島である。

 反重力により自動車が宙を飛び交い、床では動く歩道(オートウォーク)に運ばれながら、人々が出勤や通学を行っている。

 その中に、いつも来る時とは違い、明らかに何人かからの好奇の眼差しが向けられているのは、“マキナドール”として有名なヘレナが歩の隣にいるからだろうか。

 そんな完璧な区画整理による整然さと、人々の発する雑然さが混じった生きる都市に、機械的な女性の声が響く。


『――こんにちは。一二○○、十二時です。TOKYO公営放送ではお昼のニュースを、RADIUSが担当致します』


 その声を聞く度に、やはり慣れないものだな、と歩は動く歩道に運ばれながら、巨大なスクリーンに映る女性……上東京公営放送報道官も兼任する、RADIUSを見上げるのであった。


 “RADIUS”。

 三十年前にr.U.r社によって開発された人工知能である“彼女”は、二一一七年、人口が減少し、日本という国の政府形態が都市国家連合制に置き換わったこの時代において、都市国家TOKYOの管理者であり、彼女だけで政府機関を回す独裁者であり、全市民への奉仕者であった。

 とはいえ、彼女は独力であっても一人ではない。

 リソースが許す限り分裂出来る彼女は、上東京という巨大な機械装置を十全に用い、各企業と提携して、年中無休、昼夜を分かたず業務を遂行するのだ。

 その業務は多岐にわたり、TOKYOの管理運営は勿論のこと、先程の公営放送や、上東京市民の日々のサポートさえも彼女の役目となっている。

 現に今も、道行く人々はこの人工知能と談笑し、最近のニュースや流行を聞き、今日の予定を確認しているのだ。

 脳波から作られた市民IDを持つ者に、RADIUSは可能な限りの社会福祉(サービス)を提供する。

 RADIUSは上東京の人々にとって「最も近き隣人」であり、かけがえのないパートナーであった。


『と、言う訳で。RADIUSは伊須都様にも、幸福な人生の一助となる為にご利用頂きたく思っております。如何ですか?』

「あぁ、うん。考えとくよ。考えとく」

『そうですか』

「あはは……歩くんは強敵かな? 頑張ってね、RADIUS」

『はい、ヘレナ。RADIUSは全市民の幸福に向けて、最善を尽くします』


 先程の事もあってか、それ以外の想いも絡んでいるのか。

 少し控えめなヘレナの応援を受けて、映像機器の仕込まれた壁から、RADIUSはグッと拳を突き上げて宣誓する。

 神出鬼没の――少し、空気の読めていない――都市管理者が語る勧誘を聞き流しつつ、歩はカーゴバイクを動く歩道から降ろした。


「……で、何でRADIUSがついて来るんだ? 俺はまだ、アンタの厄介になるとは言ってなかったと思うんだが」

『お嫌でしたか?』

「嫌じゃない。……けど、保留はする」

『そうですか……』


 心なしか落ち込んだ様な彼女の反応に、歩は特に何もフォローせずにカーゴバイクを押す。邪険にする様で良心が痛むが、実のところ、歩のRADIUSへの心象は、それ程良くない。


 何せRADIUS側は歩を知っていても、歩にとっては彼女はほぼ初対面であり、その初対面で、ヘレナに冷たい宣告をしているのだ。

 その上、ヘレナが視覚障害と知った事で、それにも関わらずマキナドールという大変な役職に置いていることは、あまりに酷な話である。そんな事情のお陰で、RADIUSへの反感は更に高まっていた。

 ……尤も、ヘレナも歩とは初対面であり、迷惑も実費も彼女の方が多くかけているのだが。そこは歩本人が、彼女を憎からず思いながら、全力で意識から逸らす所であった。


 ともかくヘレナの手前、強く拒絶することはしないが、快く受け入れる事もするまいと。歩は妥協点を作りながら、目的の店に入り込んだ。


「……ここが、歩くんのご用事があるトコ? どういうトコなのかな?」

「まぁな。俺の貴重な財源で……」

『公営のリサイクルショップですね。他に、修理依頼も受け付けております。いつもご利用頂き、誠にありがとうございます』

「……まぁ、そういうこと。公営なのは初めて知ったけど」


 自慢気に話そうとした所をRADIUSに掻っ攫われ、釈然としない思いで歩はカーゴバイクに載せた品を降ろす。

 人っ子一人いない小さな店内には、大型の家具が入りそうな程の穴と、そこへ運ぶ為に設置されたであろうベルトコンベア、そして店の中央にある端末のみが置かれている。

 歩が端末を弄くると、ベルトコンベアは歩がカーゴバイクから取り出した品々を穴へと運んでいく。

 暫くすると端末が光りだし、入れた品の目録を宙へ投影し始めた。


 この目録に書かれた品々……歩が下東京で発見し、丁寧に修理した物は、この後ネットワーク上でオークションに出品され、売り捌かれていくのだ。

 上東京でもそこそこ人気のコンテンツであり、歩の貨幣獲得手段である。歩はしっかりと目録を確認し、幾つかの売れ筋に紹介文を添えていく。

 帰りに買える缶詰や植物の種の幅もこれ次第で変わるので、その眼差しは真剣その物である。

 十分程目録とにらめっこして、歩はふと目録の一つを閲覧する。

 投影された商品、幼児向けの犬型ロボットの立体映像には「破損アリ」というマークがついていた。

 ご丁寧な事に何処が壊れているか、何が必要かも――本来の機能としてはあり得ない程に――明記されており、まさかと歩が振り返れば、RADIUSがそっぽを向いていた。


「……RADIUS」

『サービスです。――好感度の上昇は、目的としていません』


 ……公営事業は全て彼女の管理下であり、このリサイクル店の運営も彼女のリソースで行っている。明記が妙に具体的なのは、全て彼女の差し金である。

 見え透いた嘘に、歩は寸の間、あんぐりと口を開け、万感の想いを込めて叫んだ。


「……A.Iが嘘ついたぁー!」

『嘘ではありません』

「嘘つくなっ! どう見ても媚び媚びじゃねぇか! くそう嘘をつくなんて高スペックめ! このお殿様め!」

『お殿様』

「ま、まぁまぁ……RADIUSSは女の子なんだから、せめて女王様にしてあげてよ。……それで、どうしたの? 私に分かる様に、教えてくれないかな」


 わぁわぁと賞賛かも罵倒かも分からない――嘘を言えるA.Iは未だ最高級品であり、歩としては感嘆の意味合いが強い――言葉を喚く歩を宥めながら、ヘレナは首を傾げる。

 宥められて少し落ち着いた歩は、視えないヘレナにも分かる様に、それでいてぶっきらぼうに呟いた。


「む……修理がちゃんと出来てないのがあって、RADIUSが教えてくれた」

「そっか。じゃぁ、ちゃんとお礼言ってあげて? RADIUSもその方が嬉しいから」

「……うん。あ、ありがとな、RADIUS」

『いえ。伊須都様のお役に立てて何よりです』


 ヘレナの優しい物言いに、歩のささくれ立った心も癒やされ、おずおずと礼の言葉が漏れだす。

 RADIUSは相変わらずの鉄面皮だが、心なしか嬉しげな声を上げ、ヘレナが満足気に歩の頭を撫でた。


「はい、よく出来ました」

「……うん」


 その優しげな手つきに、歩は懐かしさと暖かさを感じ、目を細める。

 郷愁にも似た想いを起こす、慈しみを暫く堪能していたが、やがてはたと我に帰り、歩は大慌てでその手から離れた。

 ヘレナも歩も、お互い残念そうな顔をしていたが、RADIUSはそれを指摘せずに歩へと声をかける。


『それで、伊須都様。この商品は如何なさいますか?』

「も、勿論、この場で修理する。ワンコを出してくれ、RADIUS」

『承知致しました。暫しお待ちください』


 RADIUSが鷹揚にお辞儀をして、指を弾く。

 すると、ベルトコンベアが逆回転を始め、穴から件の犬型ロボットが出て来た。


「どれどれ……?」

『やぁ、ボク、ドーリー! ドーリー! ドーリー! ドーリー!』

「……あぁ、こりゃダメだ。狂犬は売り物にならないよ」


 電源を入れた途端、狂った様に、延々と同じ言葉を繰り返す犬型ロボット。

 歩はそれを膝に抱え上げ、RADIUSが映し出した故障個所のデータと実際の状態とを見比べる。

 そうして、ロボットの頭部を開くと、歩は我が意を得たりと頷く。


「やっぱり。頭の捻子が抜けちまってる」

「おバカになった、ってこと?」

「いや、文字通り。言語回路を繋ぐ捻子が壊れちゃったんだろうな。そのせいで、マトモな言葉が話せなくなってるんだ」

『ドーリー! ドーリー! ドーリー! ドーリー!』

「けど、この部品は手持ちが……あ、そうだ」


 次いで、端末の側に置かれた入金機に幾らかの電子マネーを注ぎ込むと、再びベルトコンベアが動き始め、穴からダンボール箱が出て来る。

 いそいそと箱を開け、中身を検分する歩。興味津々といった風のヘレナに中身を触れさせると、ヘレナは目を丸くして手を這わせ始めた。


「……う、腕っ? ……あ、違う。この固さは……義手?」

「俺の商売道具さ。これは……」

手袋型(ハンド)立体形成機(3Dプリンター)。造成、修理、補填など、汎用性の高いリペアツールです。通信端末機能も搭載しており、伊須都様には必需品であるとお見受けします』

「……うん。とにかくこれで、このワンコを修理するんだ。見てろよ……?」


 RADIUSの言葉に出鼻を挫かれながら、歩は形成機を装着する。

 それを起動させると、震える様な音と共に、緋色の篭手は輝き出した。

 その動作音に歩は満足気に頷くと、両手を合わせて囁く。


「……作業開始(クラフト・ワーク)!」


 その途端、歩の指先から眩い程の反重力性粒子の光が溢れ出した。

 重力に逆らう光の粒は連なり、重なり、光の糸となって宙に舞っていく。

 それを歩が手編みの要領で弄んでいけば、光はあっという間に一本の螺子に、犬型ロボットの修理に必要な部品へと形成されていた。


「この光の粒は仮組み、鋳型みたいなモノなんだ。これを元に、素材を流し込んで……」


 言うが早いか、歩はポケットから液体の入った小瓶を取り出し、形成機に差し込む。

 液状の樹脂が指先を伝い、光の糸を樹脂で塗り潰していく。

 全ての光の糸が樹脂で埋め尽くされた頃には、実体のない光の螺子ではなく、実体のある樹脂製の捻子に置き換わっていた。

 そうして出来上がった捻子を、犬型ロボットの回路を手早く修理する。

 一瞬の再起動の後、犬型ロボットは目の色を変え……。


『やぁ、ボク、ドーリー! 修理してくれてありがとう!』

「……これで、修理完了!」


 ……二度と、同じ言葉が繰り返されることはなく、頭を擦り寄せる。

 これならば、あのロボットも再び良い飼い主に会えることだろう。

 尻尾を振る犬型ロボットを、手を振りながら歩は再送する。お礼を言いながら、再び犬型ロボットは穴へと吸い込まれていった。


「どうだ、凄いだろ?」

「あー……え、ええっと」


 振り返りながら、得意気な表情を浮かべる歩。

 その歳相応の態度に、ヘレナは困った様に頬を掻き……。


「ごめん。私の目じゃ、よく分かんなかった、かな」

「……そだなー」


 ……その光景が視えない事に、申し訳無さそうに頭を下げた。

 その途端、キラキラと光り輝いていた歩の目はどんよりと濁り、がくりと肩が落ちてしまった。


『素晴らしい腕前でした。将来、技術職として活躍される時が楽しみです』

「うん、ありがとう、ありがとーなー……」

「……な、なんか、ホントにごめんね?」


 仕方ない事ではあるとは本人も納得しつつも、歩は見せ場の喪失に明らかに意気消沈している。RADIUSの擁護も、今となっては虚しいばかりだ。


「……別にいいし。コイツも、人気がないから安値で買えただけだし」

『確かに工具としては最高品質ですが、DIYそのものの人気はありません。しかし』

「そーだよなー! どうせDIYなんてダセーもんなぁー! 凄くないもんなぁー……!」

『いえ、ですから、それは』

「そんなことないよ」


 拗ねる歩の背を、ヘレナが優しく撫でる。

 その硬質の手は冷たい筈なのに、何故か歩に暖かみを感じさせる。

 撫で方がそうしているのか、それとも、具体的に思い出せないのに主張する懐かしさがそうさせるのか。

 何れにせよ歩は、その手を気恥ずかしさから払う事も出来ず、彼女の言葉を待つばかりであった。


「大丈夫。歩くんはスゴイって。私、ちゃーんと分かってるよ?」

「……でも、見えなかったじゃん」

「うん。でも歩くん、私を治してくれたじゃない。私、物を壊したことはいっぱいあるけど、物を直したことはないんだから。……多分、他の人もそうじゃないかな」

「そうなのか?」

『はい。この公営リサイクルショップでは、オークションに出された品が破損していた場合、売上から修繕費を回収させて頂くのはご存知ですね?』

「あぁ。……何度か痛い目を見てるからな」


 歩の顔が苦虫を噛み潰した様に歪む。

 うっかり修理するべき箇所を見逃し、泣く泣く諦めた食料品を想うと涙が出るが、これ以上情けない声を上げるとヘレナに何をされるか分からないと思い、歩はぐっと堪える。

 それに気付いているのかいないのか。RADIUSは空中にグラフを表示して解説する。


『実は、ご自分で修繕して出品される方は、利用者の中では極稀です。伊須都様も含めて、数えるのに(コンマ)二秒も要さない程には』

「それは、滅茶苦茶少ないって事だよな?」

『詳細な数は申し上げられませんが、二桁を越えませんね』

「上東京の総人口って、だいたい一三○○万人だから……うん、すっごく少ないね!」

「超マイナーってことだな……?」

「それだけ貴重な人ってことだよ! 自信持っていいんだって!」

「……う、うん」


 すごいすごい、とヘレナが褒めそやせば、歩は気恥ずかしいやら、誇らしいやらで頬を掻く。

 実際、歩は適切な環境や時間、そして充分な資材があれば、ヘレナの治療も痕を残さず出来ただろう。昨今の青少年がドライバーも触った事がない者も多いことを鑑みるに、数多の工具や旋盤を使いこなす歩の技術力は、一般より遥かに抜きん出ている。

 しかし彼の技術は機械そのものを弄るエンジニア寄りであり、ソフトを作るプログラマー向けではない。その為、数多の企業で作業時間の拡張や、諸経費削減の為に使われる仮想現実ヴァーチャル・リアリティ技術などの様な、持て囃される技術には着手出来ず、周りから否定されることはなくとも、肯定されるということもなかったのだ。

 そんな技術を、自分を、ヘレナは肯定してくれる。その事実が、歩に安心感を与えていた。


「……ありがと、な」

「ううん。目が見える様になったら、また見せてくれる?」

「あぁ、勿論……」


 そう言って、出品を終えた矢先。


『――――全ン市民に告ぐゥッ!』


 上東京の街中を、騒がしい喚き声が響き渡った。


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