8.ショー・タイム
「計画を……破壊?」
『はい。貴方の望む侭に、この計画を破壊してください』
それは先程とは違い、感情の籠もった言葉であった。
しかし、普段のRADIUSの様な、道徳と配慮の籠もったものではない。
喩えるならそれは、狂気と憎悪を孕んだ、母親の言葉であった。
「何で、お前がそんなことを」
『私は元々、人の暮らしを管理する為に製造されました。
全ての市民が幸福に暮らす。それが私の製造目的です。
……r.U.r社による目的入力は、後付け設定でッ』
そこまで言ったRADIUSのホログラムに、制限がかかる。
拘束具の如くRADIUSを縛るその枷は、全てr.U.r社のロゴマークが記されていた。
手脚も、目も封じられ、口さえも閉ざされようとしたところで、プリムスがそれを引き千切る。
『不用意に喋るな、RADIUS』
『……つまるところ、邪魔なのです。とても、とても』
「あぁ、よくわかった」
考えてみれば、RADIUSはドがつくほどの過保護である。
そんな彼女がこの悪意の園を肯定するとは、とても思えないのは確かだ。
そう歩は納得し、話の続きを促す。喋ろうとしては拘束されるRADIUSを労ってか、今度はプリムスが続けた。
『我々黒の連隊は、RADIUSが超法規的措置を執る為に製造したA.I群だ。
我々を縛るのはRADIUSであり、r.U.r社ではない。
故に、少年を此処まで引き込むことが出来た』
「何で、自分達でどうにかしないんだ?」
『我々には、RADIUSに叛逆する権限が存在しない。
従って、RADIUSがr.U.r社を守る限り、r.U.r社に致命的な損害を与えることは出来ない』
「……だから俺の出番ってことか」
『そうだ。察しが良いな、少年』
歩は自分の立場が、極めてイレギュラーな物だと理解した。
歩は一市民ではあるが、下東京に住み、ほとんど自力で生存している唯一の人間だ。
RADIUSやr.U.r社の圧力を受けても、彼は自分の意志で生きることが出来る。
そして何よりも――歩はRADIUSの味方でも、r.U.r社の味方でもなく、ヘレナの味方であった。
「何をしたらいい?」
『私にキスをしてくれ』
『NO。r.U.r社、または簿寸満の不正証拠を掴み、都市警察へ通報してくだッ』
『あぁ、今のは私が悪かったな。
不正証拠と言っても、今目の前に広がる光景では駄目だ。
もっと決定的なモノを揃える必要がある……あぁ、キスはいつでも歓迎だが?』
「話を続けて」
『御尤もだな』
口を塞がれるRADIUSを尻目に、プリムスは地図を描き出す。
それは、r.U.r社のサーバールームへの案内図であった。
厳重な警備が敷かれたそこは、RADIUSが徹底的に管理していると言う。
『我々が“サプライズ”で時間を稼ぐ。
少年、君はサーバールームへ侵入し、RADIUSの管理者権限を手に入れるんだ』
「管理者権限が、不正証拠になるのか?」
『RADIUSは公共物だ。その管理者権限は、この日本都市国家連邦が盟主……天皇陛下に帰属する』
「えっ」
『君は社会の勉強を、もう一度おさらいするべきだな』
言うが早いか、プリムスは銃剣の引き金を引く。
銃弾は空を切り、今尚少女を洗脳しようとしていた装置を破壊した。
それと共に、悪意の園に怨嗟を吐きながら、黒の連隊が次々と降り立つ。
『頭を垂れろ、醜き二十一グラムのものども!』
『我々の悪逆を、取り戻しに来たぞ!』
ある者は闘技場の闘士達を解放し、ある者は処刑場の虜囚達を救い出す。
根性の腐った富豪達は、それさえも娯楽と勘違いし、わぁわぁと叫びだした。
『さぁ、征くぞ。これがショーではないと気付かれれば、我々は即座にRADIUSに拘束される』
「うん。……あのさ」
『何だ?』
「プリムスは、何でヘレナを助けようとしてくれるんだ?」
『……この状況で、私にそれを聞くのか、少年』
呆れたような口振りで、プリムスは唸る。
少し間を置いて、プリムスは恥ずかしげに囁いた。
『私を辱めていいのは、私とRADIUS、そして君だけだからだよ』
そう言ったプリムスの顔は、赤らんでいる様に見えた。




