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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.4《ROSSUM'S UNIVERSAL ROBOTS》
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7.マキナドール・プロジェクト


 目の前でモラルが死んでいた。

 人の持つべき善意のない空間が、歩を囲んでいた。


「――さァ、さァ、どのプレイヤーが生き残るか! 張った張ったァ!」

「殺せ! 今だ、殺せッ!!」

「負けたらタダじゃおかないぞォッ!!」


 アンドロイド同士の闘技場があった。

 彼らは総ての希望を諦めた顔で、それでも生きていたいと抗い続ける。

 果てどない殺し合いの中、最後に生き残り、破壊した相手に謝罪した少女が、次の瞬間に爆破される。

 諸共に残骸と化し、雑に回収されていく彼ら達には、次の試合と仕置きが待っているだろう。

 勝者には苦痛の生を。完全に死した敗者こそ、この闘技場では幸福なのだ。


『いや……いやぁあああああっ!!』

「うーん、ここがコアじゃなかったみたいだ」

「適当に打ってみれば壊れるんじゃない?」

『いや、いや、やめ――』


 A.Iの処刑場があった。

 彼らは総ての権限を奪われた顔で、それでも消えたくないと懇願する。

 彼らの処刑者は観衆であり、ギロチンはコインの一枚と複数の入力ボタンだ。

 ボタンを押せば、ランダムに割り当てられた部位(プログラム)が消去されていく。

 完全に消えるまで己を編成し、彼らは維持を続ける。コアを移動させ、隠すことで己を保とうとする。

 しかし一度コインが入れられれば、彼らはコアが消えるまで解放されることはない。

 生者には無限の恐怖を。一度で死ねた者こそ、この処刑場では幸運なのだ。


「――ねぇ、ねぇ、おじさま? あの子がいいんじゃない?」

「おぉ、あの子か。……おい、“中身”はいらんから、適当にパッケージしておいてくれ」

『畏まりました。洗脳ブレイン・ウォッシングを開始致します』

「やだ、やだやだやだああああ……っ!」


 サイボーグの市場があった。

 彼らは総ての尊厳が踏み躙られた顔で、それでも自分は人間だと叫び続ける。

 しかし一度買われれば、その叫ぶという意志すら奪われる。

 脳殻に残る記憶を破壊され、道徳も尊厳も奪われる。

 後に植え付けられる都合のいい“設定”に、肉体が拒否反応を起こして、跳ねる。

 しかし、直に慣れるだろう……買い手に侍る少女もまた、同じような境遇のサイボーグなのだから。

 自我ある者には蹂躙を。心弱き者こそ、この市場では幸いなのだ。


「……なんだよ、これ」

『ソドムの罪深き街だ』


 吐き気を催す光景に、歩は声を震わせる。

 プリムスは皮肉たっぷりの笑顔で、そう吐き捨てた。

 物陰に身を潜め、彼女はニヒルな顔で囁く。


『r.U.r社。

 それを束ねる簿済満(ボ・スーマン)のやつの仕業だ。

 奴はこのTOKYOを、己のテーマパークにしているのだよ』

「RADIUSは、何をしているんだ……っ」

『あれもr.U.r社製だぞ、少年』


 プリムスの言葉に、歩はハッとする。

 言われてみれば、奇妙なことが幾つもあった。

 灰尊が都議員だった時、何故急に現れたA.Iが都長にまで上り詰めたのか?

 黒の連隊(ブラック・レジデンス)は誰の協力を得て、下東京に拠点を張るに至ったのか?

 ヘレナの目を、何故誰も治そうとしなかったのか? 代替え手段を、何故誰も探さなかったのか?

 歩は背筋が寒気立つ中、裏に紐付く者を確信する。


「……RADIUSも、協力者なのか」

『はい。……そうですよ、歩様』

「っ!?」


 いつの間にか、歩の隣にRADIUSが立っていた。

 そのホログラムにはいつもの柔らかな表情は抜け落ち、マネキンのような顔が浮かんでいる。

 動揺する歩に対し、彼女はゆっくりと、語りかけ始めた。


『私は、この環境を構築する為に生まれました。

 r.U.r社の利益、そして簿大人(ターレン)の利益となる環境の為に。

 マキナドール・プロジェクトは――その中でも大掛かりな政策です』


 言うが早いか、RADIUSは映像を展開する。

 そこに映るのは、先代マキナドールのスラであった。

 凛とした顔も、愛嬌のある笑顔も露と消え失せ、淫猥な雌の顔で、誰とも知らぬ男に媚びている。

 普段の彼女では、あり得ない顔だった。そんな有様を見つめながら、RADIUSは淡々と述べる。


『これはヒーローという“商品”を創り上げ、人気が熟したところで出荷する産業です。

 英雄の末路を愉しむ為に、英雄を愛玩する為に、英雄を我が物にする為に。

 大金を支払う者は多く存在します。えぇ、とても多く』

「で、でも、ヘレナは……ッ」

『はい。ヘレナは第一期のマキナドールとして、伝説となってもらう必要がありました。

 誰にも手に入らない幻のマキナドールとして。

 そうすれば、人間はより多くの価値を見出しますから』


 RADIUSのぴくりとも動かない表情が、歩に怖気を与える。

 それは全て、今迄の出来事が仕組まれたことであると証明しているようなものであった。

 マキナドールも、黒の連隊(ブラック・レジデンス)も、犯罪者達さえも。

 総ては、r.U.r社の為に、RADIUSが仕組んでいた犯罪計画だったのだ。


「……こ、この野郎っ」

『怒りを検出。では、歩様。次のシークエンスに移りましょう』


 RADIUSはゆっくりと、歩達に近付く。

 彼女はにっこりと、悪魔の様に微笑んで――。


『この計画を、破壊してください』


 ――そう、歩へ囁いた。


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