6.侵入
プリムスはヘレナに似ていながら、その本質は大きく異なる。
ヘレナが子犬のように甘えるのが好きならば、プリムスはまるで猫のように気まぐれだ。
しかし、勢いで行動に出ることは、変わらないようで……。
「……うぉおおあああああああァーッ!?」
『暴れるな。落ちるぞ』
「もう落ちてるじゃねえかぁああああッ!!」
……たった今、上東京から歩を抱えて飛び降りるなどという、とんでもない移動方法を敢行していた。
全身で風を切り、二人はぐんぐんと下東京の冷たい地面に近付いていく。
勿論、歩の装備にパラシュートなど存在しない。形成する時間も、余裕もなかった。
『焦るな――グライダー、起動』
無論、無策で飛び降りるプリムスではない。
その背が音を立てずに変形し、黒い翼膜を張り出す。
あっという間に一対の黒翼が風に乗り、下降の勢いを弱めていった。
「お、おお……」
『少年、感覚共有を。君の視界も使って探る』
「え、プリムス……脳、あるのかっ?」
『マキナドールよりはあるとも』
言うが早いか、感覚共有バイザーにプリムスの市民IDが送られてくる。
恐らくは偽造品であり、体重に関してはシークレット表示されていたのがその動かぬ証拠であった。
見て見ぬ振りをしながら、歩はプリムスへ自分の感覚を流し込む。
プリムスが恍惚とした吐息混じりに、これはいいと呟いた。
『生身の感覚とは、こういうものか。嗚呼――いいな。悪くない』
「……何かこっ恥ずかしいんだけど」
『性癖だ。慣れたまえ』
「どしがたい……」
もっとクールな奴だと思ったのにと、歩はややげんなり気味に地上を見やる。
何処からも照らされない下東京は、まるで闇の城だ。
地上から見ればとても恐ろしくも寂しげな光景ではあるのだが……上空から見ると、気付くこともある。
「あれ、何だ?」
『企業工業区画だ。彼処が、目的地でもある』
それはまるで、白亜の不夜城であった。
無数のライトで照らされ、落下物避けの電磁バリアで飾られた巨大な建造物。
いっそ荘厳ささえ感じる過剰装飾感は、RADIUSの設計ではないことは一目瞭然である。
そして、その建物を象徴するかの様な、歯車の内に収められたハートマークに、歩は心当たりが合った。
「……r.U.r社!?」
『そうだ。……侵入するぞっ』
翼膜が二人を包み、僅かな電光を帯びる。
急速な落下物に対し、電磁バリアが反応しようとするが……二人の身体は難なくそれをすり抜け、音もなく着地した。
「バリアに同調したのか……道理で、色々侵入出来る訳だよ」
『東京の防備は、我々とのイタチごっこで出来ているのさ』
そう言いながら、プリムスは歩を解放する。
急に手を離されてたたらを踏む歩だったが、向き直って見るプリムスの口は、厳しく引き結ばれていた。
『此処からは、かなり厳しい物を見ることになる。……覚悟は?』
「出来てる」
『よし。ならば行こう』
プリムスは歩の手を再び繋ぎ、奥へ奥へと足を運ぶ。
僅かに震えるその指を、歩はしっかりと握った。
少しだけ力が緩んだ後、再び強く、握り返されていた。




