5.黒の騎士と契約整備士
女の子はデートに遅れるもの。
男の子は遅刻に寛容であること。
そんな話を、どこで聞いたんだったかと、歩はずっと考えていた。
そうして、下東京で拾った古い映画だと思い出した時。
待ち合わせの時間から三時間過ぎていることを、腕時計が指し示した。
「……遅い」
ここは上東京、軌道エレベーター前。
歩はここで、ヘレナとデートの待ち合わせをしていた。
最初はまだかまだかと待ちわびていた歩も、今ではすっかりやさぐれている。
そうして暫く。突然歩は奇声と共に頭を掻き毟ると、旧式のスマートフォンを取り出した。
「RADIUS!」
『なんでしょう、歩様』
「ヘレナが来ない!!」
『困りましたね』
スマートフォンから流れる音声は、RADIUSのものであった。
彼女はやれやれと言わんばかりに、道を照らし始める。
『ヘレナの家までナビゲートしましょう。どうぞ、ついてきてください』
「頼む!」
逸る足取りで、歩は光を追いかける。
向かうはヘレナの家。
デートは出来ずとも、歩はなんとしても、彼女から答えを聞かなければならなかったのだ。
”””
「いない」
『困りましたね』
そうしてヘレナを捜すこと、実に十二時間。
歩達の根気強い捜索にも関わらず、ヘレナはまるで見つかることがなかった。
ヘレナの家も、都庁のマキナドール・ガレージも、都市警察署も、ヘレナの行きつけの店まで、上東京の至るところへ足を運んでも、彼女は影も形もなかったのである。
これには流石の歩も打ちひしがれ、思わず涙が零れそうになっていた。
『気を取り直し、次の地点へ向かいましょう。次は……』
「……もういいよ、RADIUS」
『歩様』
「もう、いいんだ」
それは余りにも悲痛な感情を孕んだ、諦めの言葉であった。
拒絶されたのだと、歩は確信を持ってうなだれた。
「帰るよ、下東京に」
『ですが』
「ヘレナによろしくな、RADIUS」
『歩様』
引き留めようとするRADIUSの言葉を背に受けながら、歩は軌道エレベーターへと踵を返す。
何故受け入れられると思っていたのか。自分は一度、彼女を見捨てたも同然だというのに。
そんな考えが、後悔となって歩を責め立てる。
逃げるように、逃れるように足早になりーー。
『おや。では少年は、今はフリーということか?』
「っ!?」
不意にかかったヘレナの声によって、縫い止められた。
どこから、と歩が首を振れば、すぐ真後ろから呼気が吹きかけられる。
たまらず歩が高い声をあ上げれば、声の主はさも愉快そうに
嗤う。
その嗤い方に、歩は覚えがあった。
「ーープリムスっ!?」
『そうとも、少年。プリムス。首位たる者。黒の連隊が首位此処にあり、だ』
それはヘレナと同じ顔、同じ声を持つA.I、プリムスの仕業であった。
再生怪人の如く、以前と寸分違わぬ姿で現れた彼女は、悪い悪いと歩の頭を撫で回す。
その撫で方さえヘレナと同じで、歩は薄気味悪さすら感じていた。
『アーイイ、スゴクイイ……。私の存在証明が達成されるようだ……』
『度し難い』
「……なんで、お前が此処にいるんだよ」
『黒の連隊は滅びない。そこの木偶の坊と違って、低コストで何度でも蘇るのだ!』
『度し難い……』
妙にテンションの高いプリムスだが、彼女が存在しているということは、黒の連隊は未だ活動可能ということに他ならない。
忌々しげにRADIUSが罵倒するのもどこ吹く風と哄笑するプリムスへ、怪訝な目で歩は睨む。
「……何しに来たんだよ、お前」
『少年と、交渉に来た』
「交渉……?」
『そうだ。少年、我々の整備士になる気はないか?』
「はァ?」
いきなりの提案に、歩は何を言っているのだろうと首を傾げる。
確かに歩はマキナドールの専属整備士だったが、今の歩はその任務を退任した身だ。
自分と契約することが、彼女の存在意義に関わるのかどうか疑問を抱きながら、歩は首を横に振る。
「ダメだ」
『いいだろう? けちなRADIUSやヘレナと違って、私は代価を支払うぞ?』
『給与は支払っています』
『なら、巨万の富を、充分な見返りを与えよう。どうかな?』
「ダメだ。悪者に、協力なんて出来ない」
『では、いい子になろう。……手始めに、マキナドール・ヘレナの窮地を救うのはどうかな?』
「っ!?」
思わぬ提案に、歩は目を見開く。
ヘレナの窮地。どうしてそこに考えつかなかったのだろう?
そんなこと、誰かに誘導されなければあり得ないのに……。
そう考えた歩の目の前に……RADIUSの姿は、もうなかった。
「RADIUS……?」
『高度な人工知能は嘘をつく。私もそうだ。だが、そんなことはどうだっていいだろう?』
「……そうだな」
今はヘレナの窮地についてが先である。
そう判断した歩は、改めてプリムスへ向き直る。
彼女はひどく満足そうに笑いながら、言葉を続けた。
『マキナドール・ヘレナは今、存在抹消の危機にある』
「存在抹消……!?」
『主観的な表現だ。だが、君も目の当たりにすればそう思うだろう……』
プリムスの顔が、複雑に歪んだ。
目的を達成したようで、その結果が不本意に終わろうとしている。そんな葛藤を孕んだ顔だと、歩は感じた。
その意図を明かさぬまま、プリムスは歩へ契約を持ちかける。
『私の整備士になれ、伊須都 歩。そうすれば、ヘレナを救う為に協力してやる』
「わかった」
『……即答か。疑わないのか?』
「お前はヘレナに成り代わる気なんだろ?」
歩は嘆息と共に、プリムスへの理解を示す。
それは、善悪を越えた信頼でもあった。
この悪意ある機械人形は、悪逆の限りを尽くしたとしても、決して己の存在意義に嘘はつかない。
「ヘレナなら、こういう時に嘘はつかない。絶対に」
『……それもそうだ』
故に、「ヘレナに似ている」ということも、プリムスにとっては最大の敬意であり、賛辞であった。
満足げに笑うプリムスが、歩の手を愛おしげに取る。
『案内しよう、私の整備士。今宵は私が、君のマキナドールだ』
「……おう。頼むぞ、プリムス!」
そうして、少年と機械人形が走り始める。
時刻は夜の十一時。
日が変わるまで、後一時間であった。




